5話 解決策は……
魔女エマヴィス・リティスの領域にあるベッドの上、睡眠を貪っていたリティスが目を覚ました。
ゆっくりと起き上がると、机にミズキが戻って来ているかどうかを確認する。
しかしそこには、変わり果て目から光を失ったミズキの姿があった。
「何があったのかしら」
リティスがミズキを手の平にそっと乗せ、覗き込むとミズキが反応を示した。
「あれ、リティス様……ここは?」
「ここは私の領域よ。おかえりなさい」
瞬間、ミズキの目に涙がにじみ始める。
「まったくひどい目に会いましたよ! あんなのやあんなのが居るのなら先に話してくださいよ!!」
急な抗議の叫びがうるさかったのか、リティスは腕を伸ばして遠ざけた。
「ボクがどんな目にあったのか! ほんとにどんな目に、あったのか……うっうっ……どれだけ怖い思いをしたか……うぅ、ほんとに、怖かったんですからぁ……」
ミズキは次第に勢いがなくなっていき、ぽろぽろと涙を流し始めてしまった。
「何があったのかわからないけれど、謝るわ。ごめんなさい……」
泣きじゃくる姿に胸を痛めたリティスが、心配そうに覗き込むもミズキは変わらず涙を流すばかりだ。
「もうあんな思いをするのは嫌です……もとの世界に帰してくださいよぉ……」
「それは困るわ……」
眉尻を下げたリティスがミズキの顔を親指で拭った。
ミズキの顔よりも大きい親指では上手くはいかなかったが、多少の効果はあったのか涙の勢いが少し弱くなる。
「どうにか、ならないんですか……?」
「今すぐ帰られてしまうのは困るから……そうね、集めてきたものは何かあるのかしら?」
リティスの手の平に乗るミズキは泣きながらもカバンを逆さまにした。
それを振るとざっぱざっぱと出てくる出てくる。リティスの手の平に収まらないほどだ。
「こんなにたくさん。すごいわ」
「そうですか……?」
「すごいすごい」
「え、えへへ……」
涙の痕は残っていたが、褒められたことでミズキはぎこちなくも笑顔となった。
「これだけあればいろいろと作れると思うわ。もう疲れたでしょう」
手の平に乗るミズキの服が光ると綺麗に修復された。
リティスはミズキをベッドへと運び寝かしつけ、自分ももう一眠りしようと思いその横へと寝転がった。
*
目が覚めたミズキが最初に見たものはリティスの巨腕であった。勢いよく振り下ろされた腕が、頭のすぐ上へと叩きつけられた。
目覚ましとしては抜群の効果であったが、命の危機を思えば目覚めの気分は最悪だろう。寝汗とは違った汗が体中から噴出し服が張り付いていた。
「し、死ぬかと思った……」
ミズキは起き上がると、抗議のためにリティスの腕を這い上がる。越えたところでバランスを崩し、転がり落ちたがめげずに起き上がった。
腕の持ち主の顔近くまで到達すると両手でぺちぺちと叩く。
「もう! 朝から死ぬかと思いましたよ! 毎日がデンジャラスですよ!」
「うぅん……」
リティスがのろのろと起き上がった。
「えっと、おはようミズキちゃん」
見下ろす目は眠そうにまぶたが下がっている。
「しっかりしてくださいよ! 昨日なんとかしてくれるって言ってたけどどうなったんですか!」
「寝てたわぁ」
「ひどいです!」
口に手を当て欠伸を噛み殺しながらの答えに、ミズキがにらむように見上げていた。
「でもミズキちゃん、寝ることも大切よ? 睡眠が足りなくて失敗なんてしたら目も当てられないわ」
「たしかにそうかもしれないです……」
理由を説明されるとミズキの勢いがしぼんでいった。リティスは机の上にある素材群に目を向け、指で何かを引っかけるように動かした。
すると机に置かれていた素材が宙に浮き、引き寄せられるようにして近くまでやってきた。
そのまま散らばるとリティスの前で回り始め、それらを見つめるリティスが小さく笑った。
「ふふっ、なかなか面白いものがあったわ。これにしましょう」
その内のひとつがリティスの手の平に降り立ち、立体的な光の輪が現れたかと思うと収束していく。
そうしてできあがったものは、リティスの手の上では小さすぎる鎖のようなものだった。それを摘むとミズキへ手渡す。
「はい、できたわよ」
「これはなんですか?」
「それは自壊の腕輪よ。簡単に説明すれば使うと自爆するわ」
何を言っているのかわからず、ミズキは口を開けて放心する。
「威力は折り紙つきだから痛みを感じる間もなく木っ端微塵よ」
自爆の規模によるだろうが、まるで世間話のように話す素振りから、命の保障は一切ないように聞こえる。
「……死んでしまったらだめじゃないですか?」
呆然としつつも死んではたまらない、その思いからなんとか声を絞り出した。
「死んでもここに戻ってくるのだからいいじゃない」
「え、そうなんですか?」
「だから安心していいわ! 私と繋がっている限り絶対に死ぬことはないもの」
満足そうな笑顔で答えるリティスとは対照的に、ミズキの心は晴れるばかりか暗雲が立ち込め、その表情は暗い。
「緊急の脱出手段としては優秀よ?」
「そう、なのかな……?」
腕を組み首を傾げたミズキが眉を寄せてうんうんとうなる。
「あの、前に言ってた活躍って戦うことも含まれるんですか?」
「そうね、ミズキちゃんには魔物と戦ってばったばったと倒してもらうつもりよ」
「ボク、痛いのは嫌ですよ……?」
あんな化け物との戦闘になれば怪我をするのに決まっている。
それどころか、何度でも復活し戦い続けろなどと恐ろしいことを言っているが、そのような修羅の道を行けと言われたとしても、到底できるとは思えなかったしやりたくもなかった。