3話 南瓜のジャラック
知らない街で迷子になったことに不安が強くなる。
見慣れない服装の者たちがこちらの様子をうかがっているのか、ときおり視線を投げてくるものや、なかにはじろじろと見下ろしてくる者さえ居た。
上方にある通路では数人がこちらを見ており、その者たちの談笑でさえ含みのあるように見えてしまう。
そのことにミズキの心はどんどん心細くなっていった。自分の知らない世界に居る、その恐怖に耐え切れず走りだした。
それでも好奇の色を隠さない視線は減らず、すれ違う者から見られているように感じてしまう。怯えるようにして一心不乱に走り続けた。
そのとき、一陣の風が吹いた。ミズキの帽子が舞い上がる。
「あ!」
振り向き帽子の行方を目で追えば通路の外へ向かっていた。
「ま、待って!」
手袋に包まれた手が帽子を掴んでいた。
「おっと、大丈夫ですか?」
「はぁ良かったです。ありがとうございま――ぎゃああああああああお化けえええ!?」
帽子を受け取り見上げたミズキが叫ぶ。
「人を見るなりお化けとは失礼ですねぇ」
ミズキへと声をかけた者は確かにお化けに類するものだった。一言で言うならばカボチャだろう。
目が青く光るジャックオーランタンが燕尾服を着た人の体に乗っている。背は高く、どことなく丁寧な物腰を感じさせた。
「ご、ごめんなさい! 突然でびっくりしちゃいました……」
受け取った帽子で顔を隠すようにして、ミズキは様子をうかがうように見上げた。
「いいのですよ。それよりも走っていましたが、急いでいるのでは?」
「い、急いではないんです。その、迷子になっちゃって……」
恥ずかしさからか帽子に顔を埋め、答えた声はか細い。
「それで、怖くなって逃げだしちゃったんです……」
「そうでしたか。それで先ほどは驚かれたのですね。この見た目では驚いてしまうのも無理ありませんしね」
カボチャの男が目線を合わせるためか、膝に手を置きしゃがみ込んだ。
「それはほんとにごめんなさい……」
「気にしなくていいのですよ、慣れてますから。それに迷子ということでしたがどこへ行きたかったのですか?」
はっとして帽子から顔を上げ、ミズキが思い出したように話しはじめた。
「あ、そうでした。外に行きたかったんですけど迷って全然出られないんです」
「『森の都』は広くて複雑ですからねぇ」
「不思議なのですけど、どうしてみんな迷う素振りもなく歩いているんですか?」
紫の明かりの中、迷いなく朱の道を歩く者たちを見まわしながら尋ねた。
「おやまぁ、もしかして風の導き石を持っていないのですか? 魔女に持たされているはずなのですが」
「え、どうなんだろう? 渡されたのはこのカバンだけなんです」
背中のカバンを手に持つと目の前に掲げる。
「中には何も入っていないのですか?」
「入ってるのかな?」
カバンを開くと腕を突っ込み探ることしばし。
「ないです!」
「それは困りましたねぇ」
「うぅ、どうしよう……」
もしかしたら、といった期待が裏切られ肩を落とした。
「私もほかにやることがありますが、外縁部まででしたらお送りしますよ」
「え、いいんですか!? ありがとうございます!」
ミズキは感動のあまりか、案内人にぎゅっと抱きついた。
カボチャの男が慌ててミズキを引き剥がそうとするが、ミズキの顔が眩しいほどに緩みきっていたことで断念した。
運よく案内人を得ることができ、複雑な道のりを経て外縁部にある昇降機の前へと無事にたどり着く。
昇降機の前にはとても幅の広い通路があった。その分行き交う人々も多く、道は遥か先へと続いている。
「案内してくれてありがとうございます! えっと、すまみせん。名前を伺ってませんでした」
「そういばそうでしたねぇ。私の名前はジャラックと言います」
「ジャラックさんですね。ボクはミズキって言います。あの、もう一度会うことはできますか?」
ジャラックを見上げるミズキがおずおずとした様子で尋ねる。
「できますが繋がりを作る必要がありますよ。いいのですか?」
繋がりを作るということは良くわからなかったが、ミズキは満面の笑みと共に了承した。もう一度会えるとわかり嬉しそうだ。
「カードの出し方はわかりますか?」
「カードってなんですか?」
ミズキが体ごと首を傾げた。
「私たち人形には作られると同時に、いろいろな情報が付与されるカードも作られます。普段は内にあるものですが、〈顕示〉」
小さく光るとジャラックの手には小さい板が収まっていた。
「このようにして私たちに見える形にします」
ジャラックは現れたカードを見せる。それは金属質のようなつくりをしており、表面にはおうとつによって文字が書かれていた。
「すごいです、何もないところから出てきました!」
「ミズキも同じようにしてみてください」
「わたりました、やってみます。〈顕示〉!」
腕を上に伸ばし唱えるとその手にカードが現れた。
「できました!」
「次は友好を思いながらカードを重ねます。では、いきますよ」
二つのカードが触れ合うと小さく発光し音が鳴った。
「……できましたね。これで私たちの居場所がわかるようになりましたよ」
ジャラックはカードをじっと見ながらも、少し早口で説明を続ける。
「それとこのカードには大事なことも書かれていますから、むやみに出してはいけませんよ。必要がなくなったらこうしてください。〈解除〉」
今度はジャラックの手からカードが消え、ミズキもそれに続いた。
「無事に消せたようですね。街の外へはこの昇降機から出られますよ」
ジャラックが顔を向けた先にある昇降機へと、ミズキの肩を押して促した。
「お別れなんですよね」
肩越しに振り返ったミズキが気落ちした声で呟いた。
「そうですね。でも、また会えますよ」
ミズキは少し吹っ切れたように微笑むと歩き始めた。昇降機に乗り込んだミズキは、見送るジャラックへとその短い腕を振る。
昇降機が動きだすと下へと降りていき、格子に囲まれただけの構造は眼下に広がる森が良く見えた。
その横には、窓や通路といった建物の壁がどこまでも続いていた。