2話 森の都
「過ぎてしまったことを嘆いても仕方ないわ。それよりもこっちね。えっと、どこにやったかしら」
そう言うとリティスは辺りを探り始める。机の上に平積みにされた本、そのあいだに挟まっていた布の切れ端を引っ張り出した。
手の平に切れ端を乗せると、おもむろに言葉を紡ぎ始めた。すると立体的な光の輪が現れ、幾重にも重なり布へと収束していく。
光が収まると、手の平にはとても小さいがカバンが現れていた。
「はい、これ」
「カバンですか……? ってなんですかこれ! ランドセルじゃないですか!」
ミズキが噛み付かんばかりの不満を顔に出す。受け取ったカバンはフラットランドセルとでも言うのだろうか。
ミズキの居た世界で子供が背負うものよりは大分平べったい形をしていた。
「何が不満なの? 両手も使えるし動いても暴れない機能的な形よ? 頑張って作ったのにひどいわ……」
リティスがわざとらしく口に手を当てふらついた。
「え、え? 確かにそう言われると機能的でもあるのかな?」
「頑張っていいものを作ったのにまさか嫌がられるなんて思いもしなかったわ」
リティスが目尻を下げ悲しそうにする。
「ご、ごめんなさい……」
しかし、ミズキからは見えない手の裏側、その口は笑みに歪んでいた。
そのことにミズキは気づかない。
「う、うれしいです、ありがとうございます!」
ミズキはカバンを背負うと引きつった笑顔で嬉しそうする。
「そう? 良かったわぁ」
「それでこのカバンはなんなんですか?」
背負ったカバンを振り返りながら尋ねた。
「それはあなたたち人形がみんな持っていると聞いた魔法箱よ。
「魔法箱、ですか?」
ミズキが首を傾げれば背中まである髪が流れ落ちる。
「魔法箱は見た目以上に入る優れものよ」
「へ~、たくさん入るんですね」
「あなたたち人形はそれを持って箱庭に行っていろいろ集めてくるのよ。いい素材があれば私が何か作ってあげるわ」
リティスの手がミズキへと伸ばされ、逃げようとしたミズキを押さえる。
「へ? え、わわ!」
「準備もできたことだし」
その手がミズキを持ち上げた。
「箱庭へいってらっしゃ~い!」
リティスは腕を振るいミズキを鏡へと放り投げた。
「ぎゃあああああああああ――」
*
「――ああああああああああ!」
鏡にぶつかることなく通り過ぎたミズキが顔面から着地する。
そのまま床に線を描き顔面逆立ちとでも言うような姿勢で停止した。しかし、すぐに勢いよく起き上がる。
「ひどいです! ひどすぎるのです! 死ぬかと思いましたよ!」
顔を上げたミズキの目に入ったのは、紫光に照らされた『森の都』の景色だ。目の前に広がるのは現し世ならざるもの。
上下左右に連なる木造と思われる建物郡がどこまでも続き、それらを縦横無尽につなぐ無数の通路が駆け巡っていた。
全体的に色味は朱色が多く、特に目を引くのは朱一色の階段だろう。ミズキが滑り落ちたのはその合間にある広場だった。
行き交う者たちに統一感はなく、ある者は着物のようなものを纏い、ある者は煤けたローブの上に大刀を背負っている。
動物の耳が生えている者やぬいぐるみまで歩いていた。
不意に頭の中で声が響いた。
『無事に転送できたみたいね』
先ほどのリティスの声だ。
「この声はもしかしてリティス様? あれ、なんでリティス様?」
『人形の器の機能で強制的に敬うようになっているわ』
「なにそれ怖い!?」
ミズキの反応を気にもかけずにリティスは続ける。
『それに慣れない場所ではつらいだろうと思ったから、自然と前向きな考えになるようにもなっているわ』
まさか、副次的な効果で精神的に幼くなっているなど、ミズキは思わないだろう。気づくことなく聞き返してしまう。
「え、そうなんです?」
そもそもの話、慣れない場所に呼ばないという選択肢はなかったのかとミズキは思った。
『そうよ。それと今から案内するから後ろを見てみなさい』
「階段があります」
振り向けば緩やかに曲がり、上へと向かう朱色の階段があった。
『まずはその階段を登って近くの通路を渡り昇降機で降りてから通路をぐるっと回って階段を下りてからもう一度通路を渡って全階層直通の昇降機で上がると大通りに出るからそこを進めば『森の都』の外に通じる通路や昇降機があるわ』
「え? え、え!?」
リティスのあまりにも性急すぎる説明に、ミズキはついていくどころか全く理解できずに混乱するばかりだった。
そのうえリティスがさらに注文を追加する。
『外に出れば素材もいろいろあるはずよ。まずはそれを集めて何か作りましょう。私は眠いしもう寝るから頑張ってね』
「リ、リティス様!? たどり着けそうな気がまったくしないですよ!?」
ミズキが叫ぶもリティスからの反応は見事に返ってこなかった。
「うぅ……」
仕方なくミズキはとぼとぼとだが、短い足に苦労しながらも階段を登り始めた。
あっちへてくてく、こっちへふらふら、歩けども歩けども目的地にたどり着くどころか、元居た場所すらわからなくなってしまう。
まず昇降機の配置が複雑なのだ。
おまけに向かいたい階に止まる昇降機を見つけたとしても、通路が交差する一方で建物同士が繋がっていないこともあった。
複雑怪奇な構造から目的地への移動は困難を極めるだろう。根本的に目的地がわからないミズキがたどり着ける道理もなく。
「むぅぅぅぅりぃぃぃぃ! 無理だよ! どうやっても着かないよこれ! 完全に迷路だよ、立体迷路だよ!?」
ミズキは床に手を突きうな垂れた。なぜ、周りの者たちが迷う素振りを見せず歩いているのか、ミズキには不思議で仕方がなかった。
打つ手なしかと途方に暮れるが、やがて立ち上がるとよろよろと歩き始めた。
(こんなことで帰れるのかな……)