19話 準備はおおよそ順調です
「良ければミズキの魔法箱にも入れてほしいのですが構いませんか?」
ジャラックがそう提案した。
「いいですよ、どんどん入れちゃってください!」
購入したものを魔法箱に入れると別の店へ向かうが、狭い通路には人が多く避けて進まなければならない。
曲がりくねった通路や階段を進み、昇降機で少し上へと向かった。
降りた場所は広場のように少し広い空間になっており、その一角にはポータルが設置されていた。
時折光り人が出入りしている。ジャラックはそのポータルへミズキを連れて行く。
「もう準備は終わったんですね?」
「いや、まだですよ」
「え、でもポータルが……」
ポータルを通ればそこは街の外だ。そのことで疑問に思ったミズキが言いよどむ。
「いえ、このポータルを使って別の場所に移動します。もしかして街中の移動にポータルを使っていないのですか?」
「使ったことないです。街の中をポータルで移動できるんですか……?」
「できますよ。何せ『森の都』はとても広いですからポータルを使わないと大変ですよ。ほかにも移動手段はありますがいたるところに設置されているポータルのほうが便利です」
「知りませんでした……」
そのことを知ったミズキががっくりうなだれる。今までの苦労は一体なんだったのかと、そう思わずにはいられなかった。
ポータルを潜りたどり着いたのは多くの布が陳列された布屋だ。いくつか手ぬぐいや毛布を買い込むとすぐに次へと向かう。
「次は食料品を買いますよ」
「わかりました」
到着したのは探索者用のものを多く置く食料雑貨店であった。棚にはところ狭しと並べられた干した肉、ビスケットのようなものがある。
パンのようなものも多くが詰め込まれ、かごに差し込まれているものもあった。購入したそれらもミズキの魔法箱へと飲み込まれていく。
「パンがいっぱいですね」
ミズキが店内を見渡して呟いた。
「パンですか?」
「え、違うんですか?」
ジャラックには聞きなれない言葉だったようで、ミズキにパンが何かを聞き返していた。
ミズキが先ほどのかごを指差すと、なるほどとうなずいた。
「あれはパニネと言います。ミズキの世界では違う名前なのですか?」
「ボクの知っている名前だとパンって言いますよ」
「なるほど……興味深いです。ほかにもこういうものがあるのでしょうか?」
「どうなんでしょう? 良くわからないですけど、たぶん翻訳されてるんだと思います」
「翻訳ですか」
「こちらに来てすぐのころは言葉もわかりませんでしたから」
今思えば突然言葉のわからないところに呼ばれてしまった。しかし、すぐにリティスが話せるようにしてくれたことは大きいだろう。
知らない場所で言葉もわからないのでは、その恐怖は計り知れなかったからだ。
「確かリティス様が不完全だとも言ってた気がしますし、ほかにもあるんじゃないかな?」
「では機会があればでいいですので、何か気がついたら教えてください。知らない世界の話はやはり興味がありますから」
「わかりました。それでえっと、パニネでしたっけ?」
そういえばと、先ほど購入していたことを思い出す。
「そうですねぇ、やはり探索でも食べなれたものがいいということでしょうか」
「ジャラックさんはパニネが好きなんですか?」
「ええ、パニネも好きですよ。ほかにも好きなものはありますが。ミズキも好みのものがありますか? 持っていけそうなものでしたら追加しますよ」
「う~ん、ボクは甘いものが好きなんですけど。こっちに来てからお菓子しか食べてなかった気がします……」
「それはまたなんとも……あまり日持ちはしませんがひとつ買っていきましょうか」
「ありがとうございます!」
店を出たとき、石のようなものが上の階からジャラックに投げつけられた。ジャラックは瞬時に盾を取り出し弾いた。
「わわ!? びっくりしました……」
違う方向を見ていたミズキが突然の音に驚く。床に転がったそれはどうやら壁材などの一部のようだった。
ジャラックが周囲を見回すが投げた者の影はすでに居ないようだ。
「これは石の破片ですか?」
「ええ、そうです。たまに壁面とかが剥がれて落ちてくるのでミズキも気をつけてくださいね」
「あ、危ないですね……」
見えない悪意にミズキは気づかずジャラックの説明に納得してしまう。
破片を見て怖がっているミズキの手を引き、ジャラックは早めにポータルへと向かった。
そして向かった場所は、先ほどのことなど忘れさせてくれるような甘い匂いを周囲に漂わせている店だった。
店といっても店先が通路に面したつくりで、通路に人が何人か並んでいる。その先では何かを揚げる音が聞こえ、匂いの元はそれだと思われた。
「ここは揚げ菓子のひとつを売っているところです」
「楽しみですねぇ、楽しみですねぇ!」
ミズキの目は店先から一切外れず、興奮のあまりジャラックのズボンを引っ張っていた。
順番が来るといくつか購入し、ジャラックがミズキへと手渡す。棒状の揚げ菓子にミズキの目は釘付けとなり、口からはよだれが垂れそうになっていた。
「今食べていけない訳でもありませんし、良かったら食べてみますか?」
「いただきます!」
ミズキが棒状の揚げ菓子へ小さい口でかじりつく。一口食べた瞬間に表情が変わり、喜ぶ姿は感動の文字が見えるかのよう。
食べ終わったミズキは幸せの絶頂を迎えていた。とろけきった顔のまま、ジャラックに手を引かれている。
「美味しかったです……」
「それなら案内した甲斐がありましたね。次は水を買いに行きますよ」
こうして順調に探索の準備は進んでいった。