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172話 箱庭の為に


「まだ、何かあるんですか?」

「えっと、その、ね……。説明しそびれてしまった箱庭ルヴアの修復方法がですね……危険かもしれないんです……」


「どのように危険なんですか?」

「魂に凄まじい負担が掛かり、結果如何によっては魂が崩壊し消滅する危険すらあります」

「ほんとに死んじゃうってことですね……?」


「はい、その認識で支障はないでしょう。ミズキ、貴方にはとてつもないほどの魔力が内包されています。私たちが箱庭を不安定にして捻出しようとした魔力、その三百年分を優に超えるほどの魔力です」


「さ、三百年分……」

「はい。世界の改変に必要な魔力を確保するのに三百年は掛かってしまいます。それほどの魔力を一度に供給できるのがミズキ、貴方です。普通はそれほどの魔力を内包すれば魂が持たず、すでに崩壊しています」


「ええっ! ボク死んじゃうんですか!?」

「いえ。魂が規格外に頑丈なため、特に問題ありません」

「ほっ……てっきりどかーんってなっちゃうのかと思いました。それでボクが魔力を供給すればいいんですね? 何がそんなに危険なんですか?」


 魔力の供給といえばクーの〈吸収クアード〉に始まり、リティスに装備を作ってもらったときにも大量につぎ込んだことがある。

 わざわざ言うのだから、ただの魔力供給ではないのだろう。


「〈起爆(イルーヴ)〉を使います」

「それなら何回も使ってるので大丈夫ですよ!」

「ただの〈起爆〉ではないのです。言うなれば真なる〈起爆〉といったものになるのでしょうか」


 どういうことなのかとミズキが首を傾げれば説明が続けられる。

 通常の〈起爆〉では魔力の放出は器が壊れるまでの一瞬になる。

 器が消滅すれば、即座に拠点か魔女の領域まで転送されるからだ。


 しかし、今回やろうとしているのは魂を一時的に固定しての全魔力の放出。

 その威力は通常の方法を遥かに上回るが、魂への負担は凄まじいものになるだろう。


「それがどれほどのものになるか。魂への負荷がどれだけ掛かり、耐えられるのか。最悪、魂が崩壊さえしなければ徐々に癒していくことはできます。ですが、規格外の頑強さを持つ貴方でもどうなるか全くわからないのです。確実なことは言えませんが、感覚的ではありますが勝算はあるのです。そして」


 もし、裁可していただけるのならしてほしいと。

 そう真摯に頼み込んだ。


「う~ん、危険ではあるけれど大丈夫そうってことですよね?」

「はい」

「ボクが了承してもしなくてもアルフェイ君は戻ってこれるんですよね?」

「はい」

「でも、何でアルフェイ君を人質にしてでも強要しないんですか? そうすればボクには断ることなんてできなかったはずです」


 ミズキからすれば、アルフェイが無事であるなら必ずしも協力する必要はないのだ。

 これほど回りくどい方法を取らずとも黙ったまま、それこそだましてでも事を運ぶことはできただろう。


「確かにその通りですが、それではダメなのです。世界の改変まではそれで問題は無いでしょう。ですが、そこで確実に失敗します。なぜなら、世界改変の折に箱庭の全てが知られてしまい、私たちの悪行が明らかになってしまうからです。魔力とは魂であり心でもあるのです。不信を抱いたまま、どうして手を差し伸べてくれるというのでしょうか」


 だからこそ、ミズキに疑心を抱かせるわけにはいかなかったのだ。


「故にこその誠意なのです。私たちはあくまでもお願いする立場ですから。今回の協力を断られたとしても、貴方が保護してほしい者を伝えていただければ私たちは可能な限り守り続けます。ですが、箱庭全ての者たちをそうするのは到底不可能です」


 『虹』を含む創精霊たちからすれば、ミズキとの敵対は絶対に避けるべきことであった。

 例え断られたとしても、魔力供与の道筋は残しておかなければならないからだ。


 効率は遥かに落ちるものの、通常の〈起爆〉などでも魔力は回収可能であり、箱庭改変に必要な期間の短縮にも繋がるからだ。


「ああ、そういうことだったんですね」


 不意にミズキが呟いた。

 うつむきがちに目を伏せ、どこか悲しそうな声音だった。

 どこか得心したその様子に『虹』が緊張する。

 どこかで間違ってしまったのだろうかと。


「やっぱり『虹』さんは優しいです」

「優しい?」

「だって、ボクが断っても結果的に箱庭は良い方向にいくんじゃないですか? 役目が失われるのが怖いのなら、もっと最初にこの世界を整えることもできたはずですよね。それこそ箱庭の大部分を停止してでも魔力を集めることだってできたはずです。でも、それはしなかった。リティス様に任されたのは創造と管理です。継続ではないのですから、問題があれば最悪止めることだってできたはずなんです」


 何故そうしなかったのか。

 それはやはりこの箱庭においての人形の役割にあるのだろう。

 仮にもし、箱庭の機能を停止し改善しようと努めた場合、何が起こるのか。


 それは用済みとなった人形の処分だ。

 心無い魔女にとっての人形の価値などそれしかないのだ。

 間違いなくやるだろう。

 それができなかったからこそ、限界まで先延ばしにし、影響が小さくなるように、例え箱庭全体が不安定になろうとも、魔力を捻出することを決めたのだろう。


「ボクはずっとこの箱庭について不思議に思ってました。普通、新しい世界を作ろうとしたときに、わざわざ復活するような機能をつけるとは思えないんです。変な世界だけど、まるでゲームのようだなって思ったんです。だって、糸切れの問題さえ無ければどんなに失敗してもやり直せるようになってますよね? みんなが楽しく遊べるようにって、そう思いながら作ったんじゃないかって。心の優しい魔女ならボクたちの失敗だって一緒に悲しんだり、悔しがったりしてくれるはずです。成功すれば喜んでくれると思います。人形と魔女が共に楽しめるような、本来はそんな世界を願って作ったんじゃないですか?」

「…………」


 ミズキが話し終わるも、『虹』は一言も発しなかった。

 否、答えることができなかった。

 まさか全て見透かされるなど予想外もいいところだったのだろう。

 その静かな相貌が今は強張っていた。


 そのときだ。

 虚空から光が集まり始め、光が収まるとはつらつとした少女が現れた。

 髪は紫、目元がぱっちりとした相貌は男勝りな雰囲気だ。

 虹色の少女とは違い、腰に手を当て仁王立ちする少女が笑い飛ばす。


「あっはっは、ものの見事に全部バレちゃったね! もともと世界改変のときに知られちゃう可能性は半々だって言ってたけど、まさか今知られちゃうなんてね!」

「『リラ』……」

「近くで見るのは初めてだけどやっぱりちっこくて可愛いね! あ、僕は『紫』、みんなからは『全て慈しむ紫光(オールター)』だなんて呼ばれてるよ! なんだか偉そうで笑っちゃうよね!」


 そう話しながら、『全て慈しむ紫光』こと『紫』がミズキの頭をわしわしと撫で回した。

 混乱するミズキのことなどお構いなしだ。


「まぁ悪意があって隠してた訳じゃないから許してもらえると嬉しいかな!」


「よ、良くわからないですけど別に怒ってはないですよ。ただ、そのことを話してくれればもっと身を入れて話を聞いてたとは思いますけど……どうして隠してたんですか?」


「やっぱりそう思うよね? そこは『アーリ』がちょっとね~?」


 『リラ』が未だに無言な『虹』をチラリと見やった。


「……話せばいいのでしょう?」

「そうそう、諦めも肝心だよ!」


「はぁ、理由は人の善意を当てにするべきではないからです。先ほど言った誠意にも関わり、失敗するかもしれない不確定要素。露見した際にミズキに疑念を抱かれては世界改変に悪影響が出ます」


「とか言ってるけど、ミズキはどう思う?」

「真面目さんです!」


「やっぱりそう思うよね! 『虹』の考えてることは難しすぎて僕にはよく分からないんだ。いっつもこんな感じに物事を難しく考えて、一人で悩んで、僕たちにできることだって限られてるんだから、もっと単純に考えればいいと思うんだけどね?」


「『紫』は単純過ぎるのよ……」

「でも、ボクはもっと単純でいいと思うんです。結局はボクが了承するかしないかの二択じゃないですか」


 それに、とミズキは続ける。


「今回は無事だと聞いてほっとしましたけれど、アルフェイ君と同じ目に会うかもしれない人だってたくさん居るってことですよね。それもどんどん増えてくって。今でも許せないけど、アルフェイ君を殺したあいつだって魔女が良い主だったなら、逃げ場があれば、もっと違った巡り合わせになってたと思うんです。アルフェイ君だって世界を良くできるって知ったら、きっとそうすると思うんです」


 心の優しい黒猫ならば、自身の危険すら省みずそうするだろうと。

 最後の瞬間に自らの命よりも他人の命を優先してしまうような、そんな子だったからこそミズキもまた、救われていたのだ。


 共に過ごした温もりも、笑いあった喜びも、出会った当初こそ暗くはかない存在であったアルフェイだったが、別れる直前では賢明に生き、そんな姿にミズキはいつの間にか支えられていたのだ。


 優しいからこそ、自分だけ助かったとしてもその表情は曇ってしまうだろう。

 このままでも助けられはする。

 しかし、救うことはできない。


 未だに実感は無いが、救うことができるかもしれない力が自分にはあるのだ。

 無論、不安はある。

 だが、これだけ誠意を持って接してくれた『虹』が勝算はあると言ったのだ。

 それに、ここで諦めてしまっては心に消えない影ができてしまう気がした。

 自分らしく生きろ。

 その言葉が聞こえ背を押してくれた気がした。だから――


「ボクはやりたいと思います」


 意思のある瞳に二人は光を見い出した。

 最低限でもなく、最高でもなく、その光はそれ以上を期待させる輝きだった。

 いつからだったか。

 どうにかしようと足掻あがき続けてきた永い時の中で、ずっと追い求めてきた光。


 『紫』と呼ばれる少女はミズキの言葉に笑顔の花を咲かせ、『虹』と呼ばれる少女は涙した。

 これで報われるのだと。

 無情にも散って逝った、数多の魂が救われるのだと。


「ありがとう、ミズキ」


 それがどちらの言葉だったのか。

 あるいは二人だったのかはわからない。

 か細くも、やっと息を繋げることができたような声だった。


「ほら、『虹』もいつまでも泣いてないでさ! やることは決まってるんだから!」

「えっと、魔力を提供すればいいんですよね?」

「基本的にはそうなんだけど、『ルケ』が自在法陣を持って来ないことにはどうにもならないんだよね! っと噂をすればってやつ?」


 黒い光が収束したかと思えば、黒いぼろのフーデットローブに身を包んだ少女が現れた。

 この少女こそ、『ルケ』こと『陰りし吸魔の暗光(クィハテート)』と呼ばれる三人目の創精霊だ。

 赤黒い大鎌の柄を肩に預ける少女がふよふよと浮き、間延びした声が発せられた。



「おや、丁度いいときに来たみたいですねぇ」

「おかえり『黒』! 首尾はどうだったのさ?」

「ええ、抜かりありませんよぉ。技巧の魔女も快く譲ってくれました」


 その手には輝く宝玉のような光が存在していた。

 光は幾何学模様のようであり、いくつもの文字のようなものが浮かんでは消えていく、時間と共に移り行く立体魔法陣の塊であった。


 上位の魔女ですら認める、凄まじい技量を持つ魔女。その魔女は敬意を込めて技巧の魔女と呼ばれていた。

 その技巧の魔女が全てを賭して作り上げた魔法の核が、この自在法陣である。

 極めて汎用性に富んだ立体魔法陣は精緻にして精密。

 膨大な魔力さえ用意できれば理をも覆すことが可能であった。

 正に究極の魔法とも言うべき代物である。


「ミズキさんには初めましてですかねぇ? ああ、そうそう、やたらめったら自爆してはダメですよぉ? あんな威力をぽんぽん出されちゃ箱庭が穴だらけになってしまいますから」

「え? え?」

「それで、どうするかは決めたんです?」


 『黒』が自在法陣をミズキに渡しながら尋ね言葉を重ねる。


「それと、空間属性と言うべきでしょうか。その自在法陣には希少な素材が使われているんですよぉ。『紫』は何も考えていませんし、恐らく『虹』も気づいていない別の使い道があるんですよねぇ?」


「別の使い道ですか?」

「ええ、ミズキさんは元の世界に戻りたがってましたよねぇ。その自在法陣に使われた空間素材を使えば帰れると思うんですよ。簡単に言えばふたつの世界に穴を開けちゃえばいいんです」

「そんなことができるんですか?」

「……可能だわ」


 ミズキの問いに『虹』が答えた。

 空間素材の用途のひとつとしては空間の拡張、箱庭にある『摩天楼(プリニバス)』が挙げられる。

 さらに言えば、箱庭を作ったときにも使用されたものだ。


 そして人形が行き来できるように境界を曖昧にし、魔女の領域と箱庭とを繋げる門を作りやすくしている。

 そのことを踏まえれば、別の世界との境界を曖昧にし門を作ることは可能なのだ。


「ごめんなさい……そうした手立てがあることまでは考えが及んでいませんでした……」


 しかし、『虹』がそのことに気がつくのはかなり厳しかっただろう。

 箱庭内から動かない、もとい箱庭を管理し続ける必要があり動けないからだ。

 一方で『黒』は基本的には箱庭の外で活動している。

 箱庭を外から見ることができるからこその発想だったのだ。


「やはり、帰りたいですか?」

「それはもちろん帰れるなら帰りたいですけど……別に二度と手に入らない訳じゃないんですよね?」


「……そうですね。生成するのに長い年月が掛かるか、あるいは『黒』に調達してきてもらうこともできますが、いつになるかは分かりません」


「なら安心です! そのうち手に入るなら前みたいに時間を繋げてもらえばいいですからね!」


 ミズキにとっては朗報であった。

 いつになるかはわからないが、現状は時を司る素材を大量に消費しての帰還しか方法が無かったからだ。

 しかも短時間しか帰ることができず、すぐに引き戻されてしまう。


 それを考えれば本当の意味での帰還が可能となる。

 そのきっかけをくれた創精霊たちには感謝しても仕切れない。

 ずっと追い求めていた道が開かれたのだ。

 ならば、あとは突っ走るだけだろう。


「ばーんと世界を変えてから帰るだけです! だからやりましょう!」

「ありがとう。ありがとう……ミズキ」


 『虹』は表情をほころばせミズキを抱きしめた。

 やっと、この閉塞から脱出できるのだと。

 終に、真の意味での箱庭たる世界をもたらすことができるのだと。


「それで、できれば全部終わった後に素材を都合してもらえたら嬉しいなって思うんですけど……ダメですか?」


「もちろん構いません。むしろそれくらいしか無いのが申し訳ないほどです」


「まぁそれくらいはお安い御用だよね! やっぱりミズキにはもっと初めから頼み込めば良かったと思うし、『虹』はいろいろ考え過ぎなんだって!」

「それはどうでしょうねぇ。ミズキさんは単純そうですし半々といったところでしょうか」


「ボクの評価が割りと酷い!?」

「すみません、冗談です。空間素材が手に入った暁には完璧な穴を世界に開けてあげますから」


 そこには数奇な運命を持つ人形と、それを取り巻く三人の創精霊の奇妙な和があった。

 『虹』だけでは世界を動かすのは無理だっただろう。

 『紫』が加わっても足りず、『黒』を入れてもなお不足していた。

 しかし、そこに類まれなる人形が加わった瞬間、全てが回りだした。


 カボチャ頭の紳士に出会わなければ、世界を探索することすら覚束なかっただろう。

 そして、不器用な天使と寒がりの魔法使いと出会い、力を合わせて強敵を打ち砕いた。

 未熟だった子狐は成長し、またミズキも慰められ勇気付けられた。

 そして黒猫と、黒猫を中心とした多くの人形たちに出会い、互いに手を取り合い助け合った。


 そうした出来事を経て世界を、箱庭を、ミズキは好きになったのだ。


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