170話 ゴライアの最後
戦争が終結し、『森の都』の一角にはボロを纏ったゴライアたち主要メンバーの姿があった。
今回起こった戦争の原因たる結盟として尋問され、庭人や人形に罵声を浴びせられていた。
それも当然のことだろう。
『地の都』に住んでいた庭人は住む場所を失い、騙され参戦した者たちもゴライアと同様、被害の弁済で破産が確定してしまっているのだ。
その怒りと怨嗟は凄まじいものがあり、破産以上にゴライアたちを震え上がらせていた。
尋問が進み、アルフェイを殺したことの事実確認をした際には騒然となり、暴動一歩手前になったほどだ。
騙され、外道に手を貸していたと知った者たちが、なお斬りかからんばかりの勢いで怒鳴り散らす。
しかしそれもオーヴェンが手を上げると静まった。
「……殺した動機は何だ? 答えろ」
オーヴェンが大刀を突きつけ問いただす。
「ち、違う! あたいの所為じゃないんだ。全部、全部あの魔女が悪い! あたいをこんな醜く作って馬鹿にしなければ! 素材だって集めたってのにクソみたいに扱いやがって! それなのにあいつは幸せそうにへらへらしやがって……ッ! だ、だから殺してやった。仕方なかったんだ!」
しかし出てきたのは全て魔女が悪いと、自分には一切の責任など無いという言い様だった。
「魔女の所為だと……? そんなもの、お前一人だけだと思っているのか!? 他の奴らだって辛い目に会っているとは、お前は思わなかったのか!?」
振り上げたままの大刀は怒りに震え、今にも爆発しそうな思いを必死に堪える。
「そうだ、全部あの魔女の所為さ! あたいは何も悪くないッ! 全部全部! それにルーナだッ! あいつばかりいい装備を与えられて、あたいには何も無いのは集めた素材、全部あいつに渡ってたに決まってるからだ! あいつが大事にしてるガキをいたぶって殺してやれば悔しがるだろうと思ったからなぁ! だから殺してやったのさ! ざまぁみろ! ギャハハハハ――ぎゃあああああッ!?」
オーヴェンが怒りのままに腕を切り飛ばし悲鳴が上がる。
「……この期に及んでこうまで開き直るとはな。己の甘さと馬鹿さ加減に嫌気が差す。いっそ殺したいほどだ。そしてお前がどこまでもクズだということはよくわかった」
もう一度大刀を振り上げたとき、ゴライアの様子が変わった。
「へ……? あ……ああああああ、あの魔女!? あたいの糸を切りやがった!? クソ、クソクソクソォオオオオ! あたいがどれだけ我慢してきたと思ってんだ!? ヒ、ヒィィイィィィィ!?」
オーヴェンが振り上げたままの大刀を見て後ずさった。
「い、嫌だ……! 死にたくないッ! 頼む、殺さないでくれ!!」
「お前が……お前がそれを言うのかッ!?」
「全部、全部あの魔女とあいつが悪いんだ! あたいは悪くないッ!!」
「ねぇ」
ゴライアが叫び、今にも大刀が振り下ろされそうなときだった。
感情を押し殺そうとしても押さえきれていない、悲しみのにじむ声がミズキから発せられた。
「なんで、殺したんですか? 自分だって死にたくないって言ってるのに。アルフェイ君だってきっと死にたくなかったはずです」
「ち、違う……全部、全部あいつらが……!」
「もし、アルフェイ君が悪いことをしたなら謝らないといけないです。アルフェイ君は何か悪いことをしてたんですか……? 悪いことをしてたとしても、殺されるほどのことだったんですか……?」
スカーフをつかみ、感情を抑えきれず涙混じりに語っていく声は震えていた。
憎しみもあるだろう。
だが、それ以上に哀しみと悔しさがにじんでいた。
「オーヴェンさん」
「何だ」
「宣戦布告したボクに負けた人をどうするかの権利があるんですよね?」
「そうだ」
「なら……ボクはこのまま解放したいと思います……」
「なッ……! 本気なのか!?」
「はい……。きっとアルフェイ君だって、そんなこと望んでないと思うんです。オーヴェンさんの手が血に汚れるのも嫌だと、ボクは、そう思うんです……」
嗚咽を漏らしながら続けていく。
それに十分報いは受けているとミズキは思っていた。
弁済による破産もそうだが、先ほど糸が切れたゴライアは悪事を働くことさえできないだろう。
もしそんなことをすれば報復されかねないからだ。
今回の戦争で騙した者たちにも相当恨まれており、いつ襲われるかもわからない。
そんな中生きていくこと自体が罰になるだろう。
しかし、アルフェイを直接知るオーヴェンはミズキの提案を飲み込めないでいた。
提案したミズキ本人も悔しい思いをしていたが、いざ人を殺すとなると躊躇してしまう。
あれほど憎く殺したいと思っていたというのに、断罪するときには二の足を踏んでしまう自分が情けなかった。
「クソ、がああああああああああああッ!!」
大刀が床に叩きつけられ刀身が折れ飛んでいった。
怒りを抑えるのに精神力を使い果たしたオーヴェンが肩で息をする。
「チッ……ミズキの温情をありがたく思うことだな。我慢するのにも限界がある。俺に殺されたくなければ今すぐどこかに行きやがれッ!」
そして精々背中に気をつけるんだなと吐き捨てると、ゴライアたちは情けない悲鳴を上げながら去っていった。
「ありがとう、オーヴェンさん。それとごめんなさい……」
「……気にするな。どうせろくな死に方をしないだろうからな」
オーヴェンは先ほどまでの怒りを飲み込み、憮然としながらもミズキの頭をぽんと叩いた。
それからはファラムによって調整が行われていくこととなる。
今回の被害額のほとんどがアルマから補填されると聞き、ゴライアたちに騙された者らは喝采を上げていた。
無論、何のお咎めも無しという訳にはいかない。
補填するといっても全てではなく、一部はアルマに借金する形となっていた。
一部でも額はかなりのものだ。
しかし、〈千里眼〉と呼ばれるアルマ相手に踏み倒そうと考える者は皆無だろう。
それ以外の悪質な者たちは情状酌量の余地無しとして、全額の弁済が求められていた。
当然、今回の被害を補填したアルマに対し借金をすることになるので、いいように搾り取られ続けるだろう。
そうした話を、ミズキは上の空で聞いていた。
*
ゴライアがオーヴェンの前から逃げたあとのことだ。
ゴライアは『地の都』外縁から伸びる洞窟を、息を切らしながらひた走っていた。
目は血走り、表情は憎しみに歪んでいる。
「ヒ、ヒヒヒヒィ……何が温情だよぉ! あの餓鬼、絶対に許さねぇ……いつか目に物見せてやる……ッ!」
ここはゴライアたちのアジトへと向かう通路のひとつだ。
再起を図ろうと、アジト付近に隠してあった金品を回収しに向かっている最中なのだろう。
もうすぐ到着しようとしていたときだ。
あろうことか、通路の先が途中で無くなってしまっていた。
ゴライアは不審に思いながらも通路を進み、そして絶句した。
途中から無くなっているように見えた通路の先が、文字通り何も無かったからだ。
それは巨大な円柱状の穴。
ミズキが撒き散らした破壊の跡だった。
『陰りし吸魔の暗光』が被害が広がらないよう、横方向への衝撃を無理やりに押さえ込んだ結果、上下に解放された力は天井と地下を貫いたのだ。
上には空が、下には暗黒が広がる。
凄まじい威力は箱庭に穴を開けていた。
「な、なんだよこれ。あたいのアジトは……? 隠してあった金は……?」
そんなものはとっくに蒸発している。
それどころか、『陰りし吸魔の暗光』が抑えていなければ『地の都』そのものが消し飛んでいたほどなのだ。
「畜生……! なんであたいばっかりこんな目に会うんだ! あの魔女に散々コケにされてッ! すましたルーナにばかりいい目を使いやがってッ……!」
「私がドウシタノ……?」
「なッ!?」
慌てて振り向くと、そこには首を傾げたルーナが居た。
先ほどの常軌を逸した言動こそないものの、その目は暗く濁っている。
吸い込まれそうなほどの闇が宿る瞳に、ゴライアは思わず後ずさった。
「なんだよ!? あたいに復讐しに来たってのかぁ!?」
「違うわ……」
「じゃ、じゃあ何しに来たんだッ!」
「アナタを殺しに?」
首を傾げたままの答えにゴライアの喉からかすれた息が漏れ出た。
「や、やっぱりそうなんじゃないかよぉ! あの餓鬼が死んであたいを殺しに来たんだろぉ!? 好きだった餓鬼が死んで残念だったなぁ! どうせもう後は無いんだ! それになぁ! あの餓鬼はいずれ死んでたんだ! あたいを恨むのは筋違いじゃねぇのかぁ!?」
「別ニ、恨んでなんか? ただ、アナタを殺したくて……」
よくわからないといったふうに、ルーナは無表情のまま答える。
「お前の装備だってあたいが必死に集めた素材を使ってるのに、あの魔女もお前もあたいが用済みになったら捨てるんだろ!? いいご身分だよなぁ!?」
「装備?」
「お前が使ってる剣とか槍とかだよぉ!」
「これのコト?」
一対の氷刃を作り出し両手に握った。
ルーナが得意とする氷属性の魔法だ。
「それもあたいが集めた素材で作ったんだろぉ!?」
「こんなものでいいのなら、アゲル」
「ぎゃあああああああああああッ!?」
氷刃で腹部を刺されたゴライアが叫んだ。
その様子に興味が無いのかおもむろに手を離す。
そして制御が遮断された氷刃が砕け散った。
「――ああああああああ!? あ、あああぁ……え? 砕け……?」
「ふふっ変なの。ただの魔法ナノニ」
「ま、ほう……? それじゃ、あたいが集めた素材は……?」
「そんなもの――」
捨てられてるに決まってるじゃない。
魔女に回収された、ゴライアが必死に集めた素材は、ルーナに渡るどころか使われてすらいない。
ただの暇つぶしや憂さ晴らしに、魔女はその嗜虐心を満たす為だけにゴライアを作ったのだ。
その一環として素材を集めさせていた。
そうして得たゴミのような素材が、有効に使われたことなど一切ない。
そのあまりの事実にゴライアは言葉が出なかった。
あれだけ苦労し、魔女に罵詈雑言を吐かれ、それでも死にたくないが為に必死に集めた素材がゴミだったと、誰が思おうか。
「最後に教えてアゲル」
新たな氷刃が作られ、治ったばかりのゴライアの腕が斬り飛ばされる。
「ぎゃ、アアアアアアアア!? 腕! あたいの腕がッ!?」
「本当にアナタのことは恨んでないの。恨んだ時期もあったケレド、今はそんなことどうでもいいの。ただ殺したいダケ。不幸ヲネ、振り撒きたいだけ」
ばたばたと逃げようとするゴライアの足を〈氷槍〉で縫いとめ、先のほうから順に斬り飛ばしていく。
「あああああああッ!? やめろ! やめてくれ!」
「やっとネ、あの魔女の気持ちがわかった気がスルノ」
もう片方の足も同じように切り刻まれていく。
ゴライアがいくら叫ぼうが意に介さない。
飛び散った血によって周りが赤く染まる。
「お願いだッ! あ、あの餓鬼を殺したことは謝る! だから命だけは!」
「ふふ、ふふふふふ……! ナニを言ってるのかしら。アルを殺したのは私なのに、何を謝る必要がアルノ? 本当、おかしなヒト」
「な、何を言って……?」
残りの腕が斬り飛ばされる。
「ぎゃあああああああッ!? ああ……頼む……殺さないでくれ……!」
四肢を失い、血の海に沈むゴライアが顔をぐちゃぐちゃにしながらも懇願する。
だがルーナの凶刃は容赦なくゴライアの体を切り刻んでいく。
残る胴体の腹部を削っていくように何度も振るわれ、その度に粘性のある嫌な音が響いた。
「恨みとか、復讐だとか、そんなんじゃナイノ。これはただ私がしたくてしてるだけ。アナタが傷ついて、悲鳴を上げるとね、少しだけ心が、なんとなくダケレド、私が救われる、そんな気がするから」
「あ、あぁ……」
「じゃあね」
〈氷槍〉に胸を貫かれたゴライアが大きく跳ね動かなくなった。
魂は力を失い、そして数多の粒子となって散っていく。
「きれい……」
ゴライアだったモノの光の粒子が霧散していく中、ルーナは頬を上気させ儚くとも幻想的な光景に見入っていた。