17話 エンカウント?
そのまま採取を続けていると何かの気配が忍び寄る。草木が風に吹かれ、葉がこすれる音ではない。それは確実に近づいてきていた。
警戒しているとキノコの陰から歩くキノコがひょっこり現れたではないか。
その姿はキノコに手足が生え、柄の部分に顔があった。その歩くキノコがミズキを見ている。
「あらお嬢さん、キノコ好きなノン? でもノンノン、この辺りのキノコは有毒のものが多くて大変やで?」
妙になれなれしく、また胡散臭そうに喋るキノコでもあった。
「え、えっと、毒キノコを探してたんです……」
「なんやて、そないなけったいなもんを探すなんて不思議な嬢ちゃんもいたもんやなぁ」
「リティス様が集めてきてほしいって言ったので……えっと、キノコさんでいいのかな?」
ミズキの言葉が気に触ったのか、喋るキノコが腕を変化させ小刀のようなものを作り出した。
思わず逃げるために重心を低くしたミズキだったが、そのキノコは予想外の行動をする。
その小刀を掲げると自分へと振り下ろしたのだ。傘が、柄が、顔が削ぎ落とされていく。
先ほどまでは笑顔を貼り付けていたが、断面から出てきた顔は気力のない暗い顔だった。
「はぁ……キノコさんでええよ。なんか話すんもだるうなってきたわ」
「えっと、あの……」
「なんや珍し客がおる思うて忠告しに来たんに、毒キノコが目当てとか期待はずれやわ……」
「ご、ごめんなさい……」
キノコは無気力そうにもう一度自身の顔を削ぎ落とした。出てきたのは目が笑っていない笑顔。
「ハハハハハ、勝手に期待した自分が悪いんやから気にせんといてえな。話すだけで楽しなるから」
ミズキは目の前の光景についていけていなかった。キノコは顔を削ぐたびに顔と雰囲気が変わり、ミズキは混乱するばかりだ。
「せや、ここで一番うまいキノコ知っとるか? 良かったらなんやけどそこまで案内してもええよ?」
キノコが恥ずかしそうにもじもじとしながら、チラチラとミズキを見て提案した。
「えっと、お、お願いします……」
「わかった。うちがんばるで!」
キノコの顔がもう一度スライスされ、次に現れた顔は能面であった。
急に喋らなくなり、スライスされ幾重にも重なる自分の顔だったものに、キノコが倒れ込んだ。それきりキノコは喋ることも動くこともなかった。
「え……キノコさん?」
動かないキノコにミズキはおそるおそる歩み寄った。案内すると言ったそばから倒れるとは、一体なんだったというのか。
そういえばと、ミズキは名前を知らないことに気がつき鑑定をした。
〈陽気なる鑑定〉
『喋り百面茸』
【おいしい】
まかさの自身が美味しいキノコだったことが判明した。しかし、さっきまで喋っていたキノコを食べる勇気はミズキには湧いてこなかった。
どうしたものかと思案し。
「リティス様なら食べれる……よね?」
なるべく顔を見ないようにスライスキノコをカバンへ詰め込んだ。
それからミズキはカバンを背負うと〈帰還〉と唱え、しばらくすると光に包まれその姿を消した。
*
魔女エマヴィス・リティスの領域にミズキの明るい声がした。
「ただいまです~」
「おかえりミズキちゃん。収穫はあったのかしら?」
「今回も大量ですよ!」
やりきったという満面の笑顔で答えると、背負っていたカバンをリティへと差し出した。
リティスが受け取ると早速カバンをひっくり返し、その中身を手の平へと乗せる。
しかし、キノコの大きさと量はかなりあり、リティスの手の平では収まらず机の上へとこぼれてしまう。
「すごいわ、こんなにたくさん……! ありがとうね、ミズキちゃん。またあとで大事に使わせてもらうわね」
リティスは嬉しそうにすると、巨大な手でミズキを撫でつける。急に手が迫ったためかミズキがあとずさっていた。
「そうそう、魔法箱は出したいものだけ思い浮かべないと大変なことになるから気をつけてね。全部なんて思うとほんとに全部出てくるわ」
「わかりました!」
「あら? このスライスしてあるキノコは……」
リティスがあの、自らを平切りにしたキノコの顔に目を留めた。
「そ、それは最初からそうなんです」
「顔も付いていて珍しいわね」
「おいしい? らしいです……」
手をお腹の前でもじもじさせ、目を逸らしながら説明した。
「そうなの?」
リティスがキノコを口に運ぶと巨大な歯でかじり、顔が万力で挟まれたように潰され尖った犬歯が食い込んだ。
キノコの表情が絶望へと変わる瞬間をミズキは見てしまい、申し訳ない気持ちになる。そして、ぶちぶちという音と共に噛み千切られ飲み込まれた。
「あ、あぁぁ……キノコさん……」
「確かに美味しいわね」
無残な光景を見てしまったあと、ミズキは気が進まなかったが食事と入浴を済ませ寝ることにする。
食事は大量に用意されたビスケットだったため、余ったものをカバンへと詰め込んだ。
入浴後はまたリティスに服を着せ替えさせられ、今は修復の終わったまもるん一式改を着込んでいた。
また、ばとるん一号も確認したところ見事に修復されている。
そしてミズキは手ほどきを約束したジャラックとの再会を楽しみに、ベッドへと潜り込むとすぐに寝息を立て始めた。