169話 想いよ撃ち貫け
ミズキの〈砲撃〉が跳ね返された直後の『第一の都市』。
ユーグスティに突き飛ばされ、落ちゆく中でミズキは自身の無力さに打ちひしがれていた。
――何も、できなかった。
瓦礫の山へと叩きつけられ、その横に半壊した砲術杖が落下する。
――何が、足りなかったの。
アルフェイを助けたい一心で努力してきたのに。
強くなったと思っていたのに。まるで届かない。
やはりどれだけ努力しようとも無意味なのだろうか。
アルフェイを助けるどころか、目の前で殺され、悲しみに苦しんでいるルーナを止めることさえできなかった。
一瞬であれだけの〈氷鏡〉を作り上げ、ミズキが知りうる限りでは、最強の威力を誇る〈砲撃〉が弾き返されたのだ。
もう一度砲撃したとしても結果は変わらないだろう。
しかし、それでもミズキは諦めたくはなかった。
アルフェイの形見となってしまったスカーフを握り締め、傷だらけの体を動かそうとするがまるで力が入らない。
そんなミズキの頭上へと、ドームを支えていた支柱の破片が落下していく。
影が大きくなっていき、ミズキへと落下する直前――破片が何者かに弾き飛ばされた。
見上げた先に居たのは、盾を掲げたままのジャラックだ。
「どうにか間に合いましたね」
都市群に降り注ぐ光を防いだジャラックが、ミズキのことが心配になり戻ってきたのだ。
急いで駆けつけたのだろう。
肩で息をしながら振り向いた姿にどれほど感動し、そして嬉しかったことか。
動かなかった体に熱が広がっていく。
――まだ、終わりじゃない。
――ボクは、一人じゃない。
「ありがとうございます、ジャラックさん」
例え負けたとしても何度でも立ち上がってやる。
もし、アルフェイが生きていたら、ルーナが暴走することなど望まないと断言できる。
そのためにもこんなところで倒れている訳にはいかない。
そう思い、力を振り絞れば中の熱量がさらに大きくなっていった。
立ち上がったミズキの周りが揺らめき、揺らぎは次第に紫色を帯び始める。
かつてないほどに生成された魔力がミズキから溢れ出ていた。
「ジャラックさん。もう一度、ボクと一緒に戦ってくれますか?」
「ええ、その為に来ましたから」
「ふふ、ありがとうございます」
嬉しさに自然と笑みが零れた。
しかし、戦うとは言ってもどうすればいいかは思いつかない。
砲術杖を直してくれるファティマは光に飲み込まれ、未だ復帰していないのだ。
そうして悩んでいると突然声を掛けられた。
「ギヒヒヒヒ、とんでもねぇ魔力だがあんたがミズキかい?」
「え?」
横に振り向けば転移してきたウルカが立っていた。
「この戦いを終わらせるようにアラムに押し付けられたんだ。勝手におっぱじめていいのか?」
「え、と……それは構わないんですけど、できればルーナさんを止めたくて……」
「よくわかんねぇが倒せばいいのかあ?」
「そう、ですね……でもどうやったら倒せるかわからなくて」
「んなもんまとめて吹き飛ばせばいいだろ? なんかしらねぇが『地の都』中に馬鹿みたいに魔力が漂ってるからなあ。そいつを使えば簡単だぜ! 〈魔力集錬〉!」
ウルカが魔法を発動させると風が吹き荒れ始めた。
大量に放たれた魔法によって充満していた残留魔力が収束しているのだ。
その大部分はミズキが馬鹿みたいな魔力を込めた〈砲撃〉によるものだが。
そして今も溢れ続けているミズキの魔力もウルカの手へと集まっていく。
「ギヒヒヒヒッ!! とんでもねぇ魔力だなあ!? これだけありゃあどんな威力になるか楽しみだぜ! 全部全部消し飛べ! 〈隕石招来〉!」
魔力の光が打ち上がり、『地の都』の天井まで伸びていく。
光は天井付近に到達すると弾け、地下空間全体を覆う巨大魔法陣が現れた。
次の瞬間、数えることなどできない、過剰なほどの隕石が雨の如く降り注いだ。
小型の都市など跡形もなく吹き飛ぶ。
桁外れの威力を誇る超高速の岩塊が都市を、間を繋ぐ崖道を崩壊させていく。
「うわああああああああああああッ!?」
「び、び、〈狂魔〉だああああああああッ!!」
「何で〈狂魔〉が参戦して――!?」
降り注ぐ破壊の嵐と絶叫の中、どちらの陣営か定かではないが、ウルカが参戦したことを知った者が叫びながら消し飛んだ。
決して喧嘩を売ってはならない、そんな危険人物の筆頭として〈最強〉と同様に〈狂魔〉のウルカが挙げられる。
周りのことなど一切考慮しない戦い方は全く容赦がなく、超火力の魔法による圧倒的な破壊を撒き散らすことで恐れられていた。
都市だった破片が遥か下まで続く崖に飲み込まれ、衝撃の余波によって外縁部の壁までもが崩壊し始めていた。
陣営など関係ない。
僅かな安全地帯を除いて地形ごと吹き飛ばされていく。
ゴライア側は全員が転送の憂き目に会い、ミズキ側の中でも生き残っているのは一握りとなっていた。
あまりの惨状にミズキは声も出せず呆然と見上げるしかない。
「ギヒヒヒヒヒッ!! 最っ高だなあ!? アッハハハハ! どれだけ撃っても魔力が尽きる気がしないぞ! ああん? おいおいマジかよ、この数の〈隕石招来〉を撃ち落とすたぁ気でも狂ってんじゃねぇのかあ!?」
『第五の都市』に降り注ぐ〈隕石招来〉が、ルーナによって撃ち落とされていたのだ。
『第六の都市』でも同様に、クーの魔法によって迎撃され続けている。
「おい! さっきの光る奴でもお見舞いしてやれ!」
ルーナが被弾する様子を見せないことに業を煮やしたウルカが叫ぶ。
「え!? えっと、砲術杖は壊れてて……」
ミズキが指差した先には、半壊した砲術杖が瓦礫の上に転がっていた。
「あん? 壊れてんのか?」
「一回撃つと壊れちゃうんです……」
「なら直しゃいいじゃねぇか。〈時間逆行〉!」
時間を巻き戻すと砲術杖が見る見るうちに元通りになっていき、そして爆散した。
「はあ!? 時間戻してんのに何で壊れんだよ!?」
「それは恐らくファティマが〈修復〉で繰り返し直していたからではないでしょうか」
様子を見守っていたジャラックが自身の推察を述べた。
「はあ? つうことは一回使ったらぶっ壊れるのを直して撃ちまくってたってことかよ。そもそもぶっ壊れるような武器作るとかそいつの頭おかしいんじゃねぇか?」
「それはリティス様に言ってください……」
「まぁそれなら話は早いな、〈時間逆行〉!」
今度は効果を押さえた〈時間逆行〉によってじわじわと修復されていった。
「ようっし、これでぶっ放せるだろ?」
「ありがとうございます!」
早速『第五の都市』に向け狙いを定めるが、新たな問題が生じてしまう。
〈隕石招来〉が至るところに着弾し、衝撃を撒き散らすと同時に魔力も撒き散らしていたのだ。
魔力が光として見えるミズキには、荒れ狂う光の洪水のように見えていた。
粉塵が舞い上がり見える光もデタラメだ。
これでは到底狙いをつけるなど無理だろう。
「うぅ~、全然狙えません!」
「なら私が上に打ち上げましょう」
「なるほど、前にもやったあれですね!」
ジャラックの盾を踏み台にして、ミズキを弾き飛ばし高度を取ろうというのだ。
「これで多少は狙いやすくなるでしょう」
「でも、また弾かれたらどうしましょう……?」
ここに来てミズキが迷っていると、風の紡ぎ石を解して声が聞こえてきた。
『ミズキ、聞こえるか!?』
「オーヴェンさん!? 無事だったんですね!」
『ああ! 光といい、この魔法といい、わけがわからんが奇跡的にな……!』
弾かれたミズキの〈砲撃〉は幸運にも偶然が重なり、〈隕石将来〉についてはルーナが撃ち落していることが幸いして無事だったのだ。
『それであの砲撃はもう一発撃つことはできないか?』
「撃てますよ! でもまた弾かれちゃうかもって思って……」
『なら話は早い。俺とクロフで足止めをする。合図をしたら俺たちごと撃ってくれ』
「そんなことをしたらオーヴェンさんたちが……!」
『俺たちのことはいい。俺はもうこんな戦いは続けたくない。あいつがああなっちまったのも俺の力不足が招いたことだ。そんな俺が今やれることはあいつを止めてやることだけだ……頼む』
「……わかりました。でも、オーヴェンさんだけの所為じゃないですよ。アルフェイ君が殺されちゃったのもボクが目を離しちゃったからです。だから、一緒にルーナさんを止めましょう!」
『ああ!』
『第五の都市』では雨のような破壊が降り注ぐ中、オーヴェンとクロフは戦い続けていた。
とはいうものの、〈隕石招来〉に吹き飛ばされないようにすることが精々だった。
しかしそれでも、諦める様子など微塵も無い。
「クロフ! もう一発来るぞ!」
「そうか、なら手はず通りいくぞ」
数は少なくなったものの、クロフは未だに浮遊する岩塊に向け投射線杭を射出し高度を取った。
そしていくつもの岩塊を経由してルーナのもとへと向かっていく。
なりふり構わず迎撃し、〈氷槍〉で暴れまわるルーナの姿は過去の自分を見ているようだった。
エルナが死んだときを思えばその悲しみが理解できてしまう。
自分がいつから糸切れを助け始めたのか、それは失意の中でシンと出会ったからだった。
刀を突きつけたとき、シンは死にたくないと言ったのだ。
今の生活は全てそこから始まったと言っても過言ではない。
なぜかはわからないが、あのとき初めて正気に戻ったような気がしたのだ。
もし、あのままであったとしたら、取り返しようのない過ちを犯していたとしたら、その恐怖は計り知れず、今も鮮烈な記憶として刻まれていた。
今は駄目かもしれない。
穴の開いた空虚な世界に思えるかもしれない。
だが、いずれは全てを赦し、救われる日が来るかもしれない。
それを教えるためならば――
投射線杭を使いルーナの斜め上へと飛び出た。
瞬間、こちらを認識したルーナが〈氷槍〉を放つ。
身を捻り辛うじて回避する。
だが連続で放たれた〈氷槍〉はさらなる回避を許さなかった。
〈氷槍〉がクロフへと迫る。
(! クソッ……! エルナ、俺に力を貸してくれッ!)
その瞬間、シンから渡された木彫りの硬貨が光り輝いた。
〈氷槍〉はクロフを貫くことなく弾かれ、代わりに木彫りの硬貨が砕け散った。
それほど高価でない素材で作ったそれは、駄目でもともと、確率発動型の一度だけ攻撃を防ぐ魔道具だった。
それが今、絶妙のタイミングで発動したのだ。
「オオオオオッ……!」
勢いそのままに降下していくクロフは、三発目の〈氷槍〉を刀で弾こうとする。
しかし刀は折れ〈氷槍〉が腹部を貫いた。
もとより相打ち覚悟で突っ込んでいる。
貫かれたままルーナを取り押さえた。
「捕まえたぞ……!」
ありったけの炎爆晶石と閃光爆石が爆発した。
ミズキはジャラックの盾を踏み台に上空へと上がっていた。
昇降機塔の外壁を足場にさらに跳躍する。
「見えた……!」
上空では光は少なく『第五の都市』を一望することができた。
その瞬間だ。
『第五の都市』の上空で爆発と閃光による光が見えたのだ。
『今だミズキ!』
「ルーナさああああああああんッ!!」
砲術杖を構えありったけの魔力を流し込む。
〈魔力刃〉が起動し、荒れ狂う魔力を無理やりに抑え砲口から解き放つ。
先の砲撃以上の大閃光が衝撃を撒き散らし、空間を震わせながら突き進んだ。
クロフによって体勢を崩されたルーナだったが、光を確認すると即座に残りの〈加速〉を発動させる。
だがクロフの自爆によっていくつか破損し、万全とはいかなくなっていた。
ギリギリ間に合うかどうか。
順次〈氷鏡〉を展開し円錐状の〈氷鏡〉を形成。
きわどいところで〈砲撃〉に対する準備が整った。
しかしそのとき。
「オォオオオオオオオッ!!」
すでに浮遊する岩塊から跳躍していたオーヴェンが大刀を振り下ろしていた。
〈限界突破〉と〈全身全霊〉を乗せた一撃だ。
ルーナが作り出した〈氷鏡〉へと衝突。
刀身が折れ飛んでいった。
しかし〈氷鏡〉にもヒビが入り先端が折れ落下していった。
瞬間――〈砲撃〉が着弾した。
オーヴェンが光に飲み込まれ、〈氷鏡〉も先端を失い完全な反射が行えず撃ち砕かれていく。
膨大な光はルーナへと到達し、反射された閃光がミズキたちを吹き飛ばした。
こうして、『地の都』における戦いはミズキとルーナの相打ちによって終わりを迎える。
戦争の勝敗はゴライア側の降伏によって帰結した。