168話 弾かれた矛と混沌
砲術杖を構え、合図を待つ間もルーナの声は聞こえ続けていた。
『どうして私の邪魔ばかり……敵は、全員殺す。その為に私は……ちがう、何の為に? ああ、アルはどこ……? 謝らないといけないのに。許されるわけがない。殺したかった。ずっと、ずっと、その為に戦い続けて……殺さないと。殺さないと……!』
「ルーナさん! もうやめてくださいッ! ボクが言えたことじゃないですけど……そんなことをしてもアルフェイ君は喜ばないはずですッ!!」
『第五の都市』の上空で合図の光が灯った。
〈魔力刃〉が起動し、馬鹿げた魔力が砲口から吐き出される。
放たれた魔力が空中にあるいくつもの岩塊を蒸発させていった。
ルーナが気づいたときには視界一杯を光が満たし、次の瞬間には全てが吹き飛ばされる。
しかし、ルーナの〈加速〉を付与する時計が一斉に開いた。
極限にまで時間が間延びし、そして詠唱する。
「〈氷鏡〉」
鋭角の巨大な円錐形から始まり、数え切れないほどの〈氷鏡〉が展開された。
ミズキからしたら一瞬で作り出したように見えただろう。
円錐状の〈氷鏡〉の先端が閃光と衝突し〈砲撃〉を反射した。
〈氷鏡〉は砕け散りながらも閃光を分裂させ、いくつもの反射点を経由し周囲に撒き散らす。
必殺の閃光は空中の岩塊を、ドームを粉砕するに留まらず、周りの六都市へと雨のごとく降り注いだ。
辛うじて残っていたドームの一部など一瞬で吹き飛び、無数の建物が倒壊していく。
『第二の都市』と『第六の都市』、『第二十一の都市』と『第三十の都市』、そして直下にあった『第五の都市』が壊滅。
ほとんどの者たちが転送されていった。
目の前に広がる光景にミズキは信じられない思いだった。
まさかあの威力の砲撃を弾き返すとは思ってもいなかったからだ。
閃光はファティマの守りをも貫きミズキへ迫った。
「ミズキさん――!」
ミズキを突き飛ばしたユーグスティと、ファティマが光に飲み込まれた。
閃光の雨は『第一の都市』にも降り注ぎドームを粉砕。
ドームを支えていた支柱もズタズタにひしゃげさせ、都市のいたるところで爆発が起きていた。
北側にあった建物が全て消し飛び、戦場に居た者のうち、実に五割を越える七千人ほどが一瞬で消滅、転送させられていった。
主にミズキ側から甚大な被害が出ており、特にユーグスティの離脱による影響が大きかった。
ミズキ側は混乱し戦況が大きく動くこととなる。
無事であった『第三の都市』からゴライア側の増援が押し寄せ、『第一の都市』にある東ポータルが激戦区となっていた。
そうして『第一の都市』で防衛線が押し込まれてしまう。
『第六の都市』では、頭から血を流すクーが魔法を解除し、回復しているところだった。
〈風の知らせ〉が消失したことにより、今の状況がどうなっているのかは分からない。
ここから見える限りでは、『第一の都市』で激しい戦闘が行われているのが魔法などの光によってわかった。
クーは本陣へ援護に行くべきか迷っていた。
ユーグスティが戦場から離脱する前の指示は『第六の都市』の制圧だったからだ。
迷った末、ここから動かずに『第三の都市』を攻撃することに決めた。
「青炎は全てを焼き尽くす、烈火の光は何者をも貫く槍〈青炎烈光〉」
凄まじいほどの炎の奔流が収束し、青い光芒となって撃ち出された。
青光は『第三の都市』をなぎ払う。
しかしそのとき、ある建物へと命中してしまった。
粉引き屋の建物だ。
中には未だに麦を吐き出し続ける、ミズキの魔法箱があった。
それを撃ち抜き破壊してしまったのだ。
次の瞬間には『第三の都市』が溢れ出た麦によって爆発した。
ありえない量の麦が建物を倒壊させ、ゴライア側の者たちごと押し流していく。
「うわああああああああ!?」
「何だこの麦はッ!?」
「た、助け……ひぃぃぃぃ!?」
一部は流される建物に押しつぶされていった。
麦の勢いは止まらず『第一の都市』にまで押し寄せる。
戦場が麦で溢れ返り状況は混沌としていた。
麦とゴライア側の者たち、それどころか建物さえもが押し寄せ、ミズキ側の混乱もひどいものであった。
もはやまとまって戦うことはできなくなっていた。
そして誰かが放った〈炎槍〉で麦に火がつき、火の手は一気に燃え広がり炎の津波になり始めていた。
もはや戦争どころではない。
『第一の都市』と『第三の都市』では阿鼻叫喚の地獄絵図が広がっていた。
そんな光景を引き起こした張本人はぼーっと眺め。
「…………まぁ、いいか」
そんな一言で済ますのだった。
そして行きがけの駄賃とばかりに〈炎槍〉を乱射。
炎の海を広げていった。
正に鬼の所業である。
しかし、〈風の知らせ〉が無い上に混乱が広がる今、クーの外道な行いを見咎める者は居なかった。
*
『第四の都市』では、アラムとウルカによる戦いが終結しようとしていた。
時の流れを乱れさせ、雷撃の雨を潜り戦っていたアラムが無事な建物の影へと隠れた。
そして〈隠蔽〉を発動させたことでその姿は完全に見えなくなる。
しかし建物の影から現れた不可視の違和感を、ウルカの眼鏡は捉えていた。
緑色の眼鏡は幻影などのありとあらゆるものを看破する装備であり、アラムが使用した高度な〈隠蔽〉をも看破していた。
捉えた違和感へと〈雷槍〉を放ち貫いた。
「ッ!? しまったッ!」
驚愕したウルカが右へと振り向いた瞬間、漆黒の小刀によって右腕が斬り飛ばされた。
アラムは適当な魔石を布で包み〈隠蔽〉を掛け放り投げていた。
その間に自身は反対側から躍り出ると共に跳躍、ウルカが気づいたときにはすでに必殺の間合いへと捉えていたのだ。
間髪入れず左腕を射杖で撃ち吹き飛ばす。
トドメに胸の下を小刀が通り過ぎ胴体を分断した。
空中でバラバラにされたウルカが落下しアラムも着地する。
「ギヒヒヒ……流石だな」
「道具に頼らず少しは自分の目を鍛えたらどうだ?」
「俺がそういうのに弱いのは知ってんだろ? これを外したら何も見えなくなっちゃうぞ。ギヒヒヒ、それにチャチな搦め手なんざ力で捻じ伏せちまえばいいのさ。それで、今回のはどうだったんだ?」
「悪くない。相手が相手なら一方的にやれるだろう」
「ほんとか!? お前が言うなら間違いないからな!」
「この忙しいときに相手してやったんだ、借りを返してもらうぞ。ラエマーの奴をいい加減静かにさせろ」
「うへぇ……」
ウルカが心底嫌そうな顔をした。
あのラエマーを相手にするのは、たとえやりたい放題なウルカであっても辟易することのようだ。
「それかこの戦争をさっさと終わらせろ」
「それなら任せろ! 〈時間逆行〉!」
切断されたウルカの両腕と胴体が時を巻き戻すかのように再生し、元通りとなっていった。
「じゃあ早速行ってくるぜ、ギヒヒヒヒ!」
笑い声を残しウルカが転移していった。
これで少しは落ち着けるだろうと嘆息する。
しかし、先ほどの光から〈風の知らせ〉の効果が切れてしまっている。
本陣がある『第一の都市』に目を向ければ火の海となっていた。
「……何をやっているんだ」
あまりの光景に呆れはてるが、どうやらあの炎の中で乱戦になっているようだった。
それに〈氷姫〉が暴れていたらしいことを思い出す。
すでに決着がついていればいい。
だが、まだならばそちらも少し心配であった。
まずは状況把握の為、ミズキの居る『第一の都市』に向かおうとした瞬間だ。
突如として黒色の結界がアラムを覆った。
「どういうつもりだ? 『陰りし吸魔の暗光』」
ほとんどの者に知られていない、三人目となる創精霊の名を告げると黒色の光が溢れ始めた。
光は集まると人の輪郭を形作っていき、やがて収まるとそこには少女がふよふよと浮いていた。
手には禍々しい形をした赤色の大鎌が握られ、その柄を肩へと預けていた。
そしてボロボロの黒いフーデットローブに、頭からつま先まですっぽりと覆われている。
「久しぶりですねぇ片手剣使いさん。あ、今は射杖と小刀を使ってたんでしたっけ? どうです? 使い心地は」
「ふん、今のところこれ以上の物は考えつかんな」
「それは何よりですねぇ。ああ、そうでした。足止めしたのにはもちろん理由があるんですよぉ~」
「ほう」
「今、とある魔女の人形がこの箱庭に来てるんです。狂楽の魔女の人形と言ったほうが分かりやすいですかねぇ? なんだか面白い人形で、変わった力を持ってるんです」
「変わった力だと?」
「ええ、見えないものが見える力です。心当たりがあるんじゃないですか?」
「まさか光が見えるとかいうあれか」
「魔力と魂が同じようなものだとは前に話しましたよねぇ? 今の箱庭の現状も忘れてないですか?」
現状の箱庭は不安定な状態と言える。
それは生成される魔力量が足りていないからだ。
『全て慈しむ紫光』が無限に魔力を作り出しているといっても、一度に生成できる量には限界があった。
箱庭では魔女の関心を引くため、魔女にも有益な素材が産出するように作られていた。
当初こそ魔女が回収する素材の魔力量と、生成される魔力量のバランスは保たれ、全体の魔力量は増大していたのだ。
しかし、次第に魔力量が減少していくこととなる。
原因としては、人形に宿る魂の磨耗する速度が予想以上だったことだ。
魂と魔力は似たものであり、魔力は魂から生成される。
それも箱庭で長く活動し、成長した魂ほど多くの魔力を生成する。
しかし、箱庭の素材に目が眩んだ魔女たちが人形を酷使し始めた。
そのことによってバランスが崩れていったのだ。
流出する魔力量が増える一方、酷使された人形の魂が磨耗し消滅していった。
そうして生成される魔力は目減りしていったのだ。
魔力が減り、箱庭が不安定になると糸切れが多発し始めた。
そうして糸の切れた人形が次第に消滅し、さらに魔力が減るという負のスパイラルが出来上がっていった。
そんなことが続けば、いずれは魔女と人形とを繋げる糸が全て切れてしまう。
それは創精霊たちにとっても望ましくないことであった。
創精霊たちは世界を改変することを決め、『全て慈しむ紫光』が生成する魔力の一部を『陰りし吸魔の暗光』へと預けていた。
必要な魔力が溜まるまでには三百年を要する。
その間も箱庭はより不安定になり、糸切れが増えていくこととなるが他に手は無かった。
世界を作るように指示された創精霊たちには、箱庭内でのあらゆる権限があった。
しかし、最初の指示である魔女の遊び場であるという前提は絶対であり、人形の存在できない世界は許されないのだ。
「前からやろうとしてた箱庭改変計画ですけど、三百年掛かるって言いましたよねぇ? それがすぐ実行できるとしたらどうします?」
「やらない理由はないな」
「ですよねぇ? 必要なことが色々ありましたけど、その前段階が」
「この戦争という訳か?」
「その通りですぅ~。まぁほぼ成功したようなものですけど、その成功率を少しでも上げるためにここで傍観していてほしいんですよぉ~」
「もとよりこちらに拒否権など無いんだろう?」
「ん~……面倒なので、できれば良好な関係を続けたいですけどぉ……」
「別にそれは構わん。すでにウルカをけしかけたからな。このふざけた争いもすぐに終わるだろう。それで、面倒ついでにラエマーとウルカには協力を持ち掛けないのか? 戦力で言えば十分なはずだぞ」
「あの二人がおとなしく指示を聞くと思ってるんです? 体よく面倒ごとを押し付けようとしてませんかねぇ?」
エサで釣って、言うことを聞かせられればこちらの面倒が少なくなると思ったのだが、予想はしていたが断られたアラムは小さく舌打ちした。
あの二人ならば適当な素材やら魔法やら与えてやれば飛びつくのは目に見えていたが、すぐに勝手に動き、管理下から逸脱するだろうことが容易に想像できる。
それも衝動的に動くのでどうしようもない類のものだ。
「まぁそういう訳なのでおとなしくしていてくださいねぇ?」
「……ああ」
アラムは素っ気無く答えながらも内心では舌打ちしていた。
もとより選択肢など無いようなものだったが、それでもウルカが乱入して来なければ、今頃は戦争が終わっていたかもしれないのだ。
それにラエマーの反応が『第三十五の都市』から動いていないことにも苛立ちが募っていく。
実はゴライアをボコボコにした後、自身の鍛え上げた肉体の素晴らしさと、創精霊と神と崇める存在の素晴らしさを延々語り続け、ある意味ではゴライアたちを追い詰めていたのだがアラムは知る由もない。
アラムとしては、できればミズキに加勢しに行きたかった。
そうしたことも合わさり歯痒い思いだけが募っていった。