表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

166/175

166話 殺戮の狂人形


 そうした出来事もあったが事態は大きく動きだす。

 時はさかのぼり、赤髪の少女は白氷の剣を手に『第八の都市(デンターレン)』を歩いていた。

 なぜここに居るのか、彼女はわかっていなかった。


 何か大切なことがあったのか、あるいは衝動か。

 目的があったようにも思うし、無かったのかもしれない。

 ただただ目の前に現れた者を片っ端から討ち果たす。

 暗闇を宿す瞳がそびえる火の柱を見つめていた。


 何故、自分が戦っているのかもわからない。

 何のために戦ってきたのか。

 怒りか、後悔か、罪の重さに押しつぶされた心は光を見失っていた。


 殲滅の嵐となったルーナは『第六の都市(ゼクター)』に居るクーの下へと向かう。

 灼熱の領域へと飛び込み、炎の壁を切り裂いて強引に突破。

 〈氷槍エレシラート〉を作り撃ち出した。


 瞬間――〈氷槍〉が爆発する。

 クーの放った〈炎槍ブラシラート〉に撃ち落とされたのだ。

 続けて迫り来る青光の刃を両手に持つ氷刃で打ち払う。


 氷刃が砕け輝く破片が舞いつつ蒸発していく。

 多数の〈氷槍〉を作り撃ち出すも全て迎撃された。

 その中を突っ切り氷刃を振るう。


「ッ!? 〈炎壁(ブラナバーエス)〉……!」


 ルーナとクーの間に炎の壁が生まれた。

 その壁ごとクーを切り払う。

 氷刃は強度を低下させながらもクーの肩へと食い込み、刀身が半ばからへし折れた。


 クーの放った〈炎衝波(ブラムブルス)〉をルーナの〈氷壁エレアバーエス〉が阻んだ。

 〈氷壁〉が砕け散りながらも衝撃を殺す。

 舞い散る氷片を青光がなぎ払った。


 後方へ跳躍しやり過ごしたルーナへと青光の刃が迫る。

 上に避けたルーナへと〈炎爆ブラズール〉が放たれるが、すでに〈氷壁〉を足場に跳躍したルーナの姿は無い。


 上空のルーナから放たれた氷槍を前に、クーの中では警鐘が鳴った。

 〈炎槍〉で迎撃し、即座に自爆もいとわず全周囲に〈炎爆〉を放つ。

 さらに高威力の〈炎衝波〉を二重に放った。


 瞬間、ルーナがまとっていた装備の丸い装飾、その機構が開き時計が現れた。

 中の針が動き〈加速マトレアーティオ〉を発動。

 〈加速〉の効果によってルーナの体感時間が間延びする。


 〈炎槍〉による爆炎がゆっくりと広がる中をルーナは突っ切る。

 さらに〈炎爆〉が周囲を吹き飛ばすがそれすらも置き去りにし、氷刃がクーの首筋へと迫る。

 氷刃が〈炎衝波〉を切り裂くも二重の衝撃によって砕け散った。


 ルーナは瞬時に〈氷壁〉を張り守りを固めたが、凄まじい衝撃に〈氷壁〉が砕け吹き飛ばされた。

 あとには穴だらけとなった中心に、肩から血を流すクーがたたずんでいた。


「……痛い」


 傷を癒そうと回復薬を取り出すが、回復薬は巻き上がる炎の中で沸騰し蒸発していった。


「…………」


 早々に諦め、たまに偵察に来るゴライア側の者たちの排除を続けていく。


   *


 一方で、オーヴェンたちとクロフが向かった『第五の都市(エプシェン)』。

 こちらではすでに戦端が開かれ、奇襲されたゴライア側は混乱していた。


 投射線杭(スビックレイター)を使い上空を移動するクロフが、炎爆晶石(ブラズペイト)をばら撒き次々と吹き飛ばしていく。

 その後ろをオーヴェンたちが続き、取りこぼしにトドメを刺して回っていた。


 すでにゴライア側は『第一の都市(アフル)』への攻撃どころではなくなってしまっていた。

 完全に前衛と後衛を分けてしまっていたのも混乱に拍車を掛ける。

 慌てて駆けつけたゴライア側の者たちがポータルから出た瞬間、クロフの炎爆晶石によって吹き飛ばされていく。


 そしてタイミングを計っていた味方が同じポータルを使い奇襲し、次々に殲滅していった。

 オーヴェンたちは少数ではあるものの、『第五の都市』からの攻撃を妨害するという目的は達成していた。

 あとは『第一の都市』での防衛が落ち着くまでかき回し続ければ良かったのだが、『第五の都市』のドームを突き破り何かが建物に着弾した。


「新手か!?」

「くそっ、どこだ! どこから来た!?」

「いいから迎撃しろ!」


 建物の中では怒号が響き、突然の乱入者に向かって魔法が放たれる。

 しかし、〈炎槍〉を始めとした多くの魔法は氷刃によって切り払われた。


 次の瞬間には一人はすでに細切れにされ光に包まれていた。

 何が起きたのかと振り向き、驚く間もなく二人目も真っ二つに切断される。

 最後に残った者も襲撃者の姿をまともに見ることもできず、〈氷槍〉に貫かれて転送されていった。


「敵は……殺す。ねぇ、どこ……どこなの……?」


 仄暗ほのぐらい瞳が辺りを見回したが、すでに部屋の中にはルーナ以外の人影はない。

 手に持つ氷刃を弄びながらテラスへと向かう。


 眼下の喧騒にルーナは首を傾げる。

 ここは街中だというのに何をしているのだろうか。

 こんなに騒がしくては探し物などできない。


 しかし、何を探していたのかわからない。

 次第に剣戟や魔法の放たれる音に煩わしさが募っていった。

 あれは私の邪魔をするモノだ。

 そう認識したルーナがテラスの縁に足を掛け跳躍する。


 必死になって魔法を放っている者たちの中心へと着地した。

 氷刃を振るえば首が飛ぶ。

 槍を撃ち出せば貫かれて消えていく。

 相手はこちらの位置すらつかめていない。

 さして労を要することなく殲滅していった。


――そんな装備だからたやすく斬られる。

そんな腕だから槍に反応すらできない。

弱ければ何もできないのに、何でこんなに弱いの。

弱いのに私の邪魔ばかりする。邪魔だ、邪魔だ!


 〈加速〉を付与する時計を順次起動し殲滅して回る。

 もはや捉えることすら困難な速度で踏み込み、跳躍し、回り込む。


 同時に刃を振れば全てが一撃で倒れていく。

 槍を撃ち出せば何もできずに貫かれていく。

 一度大きく跳躍し、巨大な氷槍を生成し撃ち出した。


 氷槍が床に突き刺さると氷のとげが無数に生まれ、地上に居た者たちを次々と串刺しにしていった。

 建物が轟音と共に倒壊し粉塵ふんじんが巻き起こる。

 次の獲物を定め、空中に生成した〈氷壁〉を跳躍し斬りかかる。

 しかし先ほどの者たちと違い、ルーナに反応した上に氷刃が弾かれた。


   *


 それは嫌な予感がしたという曖昧なものだったが、咄嗟とっさに割り込ませたリーエと氷刃が衝突し、クロフとルーナは弾かれるようにしてすれ違った。


 反応できたのはまぐれであり、何よりも直前に渡された炎属性の刀でなければ防げなかっただろう。

 それらを一瞬で判断したクロフは戦慄する。

 即座に振り向いたときには氷の刃が迫っていた。


 防御は間に合わない。

 直前に氷刃の軌道が変わり魔法を打ち払った。

 ミレイの援護によるものだ。


 続く刃が襲い掛かるが刀を割り込ませ火花が散る。

 刀がきしみ刃が欠けてしまっていた。

 そのとき初めてクロフはルーナの姿を見た。


「お前、ルーナか」

「ねぇ、アルを知らない?」

「知らないのか……? あいつはもう居ない……ゴライアという奴に殺された。この戦争はそいつの弔いだ」


 虚空を見つめるような目は何を言われたのか分からないといった様子で、表情が次第に歪んでいく。


「そうだった。アルは、もう……」

「残念だったが、お前の気持ちはわかるつもりだ」

「私が殺した……」


 取り落とした氷刃が音を立てルーナが後ずさった。


「何を言っている。殺したのはゴライアだ」

「アルはどこ? 戦わないと。何のために……?」


 苦渋に塗れた笑顔を向けられクロフは驚愕きょうがくに目を見開く。


「ルーナ、お前まさか……」


 完全に常軌を逸していた。

 その気持ちがクロフには痛いほどにわかる。

 かつては自分も大切な人を亡くしたことがあったからだ。


 〈氷姫(エレアフィアリ)〉とまで呼ばれた者の末路がこれでは、あまりにもやりきれない。

 一歩間違えば自分もこうなってしまっていた可能性があればなおさらだ。


「謝らないと……ここは? 怖い、煩い、私が何をしたの? 邪魔するな、そこを退け!」


 氷刃が振るわれる。

 同時、ルーナを蹴り距離を開けたクロフの首をかすめていった。


「あいつは許さない! その為に戦い続けて……! 何だ……そんなことだったんだ。アルの様子を見にいかないと」


 放たれた〈氷槍〉を避けたクロフが後方へと下がる。

 クロフに興味が無くなったのか、ルーナは数人で固まるゴライア側の者たちに向かっていった。


「おい、今のは!?」

「オーヴェンか。あいつがルーナだ」

「何!? 何故アルフェイの為に戦っている俺たちに襲い掛かるんだ」

「アルフェイと親しかったらしいからな。もはや平常とは言い難い。ッ……!? 来るぞ、一切の油断は許されないと思え!」


 二人の間の石畳に〈氷槍〉が突き刺さった。

 それと同時にクロフが氷刃を受け止めルーナが後ろに流れていく。

 振り返ったときには建物の壁を跳躍し姿を消していた。


 オーヴェンが直感に頼り転がった。

 氷刃が通り過ぎ、追撃が放たれるもクロフの刀が割り込んだ。

 ミレイから〈炎槍〉が放たれるが切り払われる。


「オーヴェン!」

「やるしかないのかッ!?」


 ミレイの叫びにオーヴェンが大刀を振るう。

 しかし、〈限界突破(ベクティス)〉を乗せた一撃は〈氷壁エレアバーエス〉に阻まれ刀身が折れ飛んでいった。


 弓を構えていたアイシスの胸には氷槍が刺さっており転送されていく。

 ロイが〈隠蔽スキュール〉で隠れつつ後ろから斬りかかるが、避けられると共に切り払われていた。

 一瞬の攻防で二人が討ち取られ、ルーナの姿を見失ってしまう。


「クッ――これだけでも……! 〈風の加護(エルヴ・トアリム)〉!」


 ミレイが二人へと補助魔法を掛けた瞬間、背後から斬られ転送されていった。


「ねぇ、アルはどこ?」

「アルフェイは死んだ、俺の所為だ! 俺が悠長にしていたからだ! だからお前が――ッ!?」


 オーヴェンが言い切る前に大刀と胸当てが切断される。

 咄嗟に後ろに跳んだおかげで追撃が浅く済んでいた。

 ルーナの後ろで炎爆晶石が爆発し二人を吹き飛ばす。

 オーヴェンが床を転がり、起き上がったときにはすでにルーナの姿はない。


「今のうちに回復しておけ。あれは俺たちの手に負えるものじゃない。不本意だが下がるか、援軍が必要だ。〈最強レテュース〉も参加している、奴なら止めることもできるだろう」


 話す間もルーナが両陣営関係なく切り刻み〈氷槍〉で貫いていた。

 何度かルーナと切り結んだクロフは守りに徹し、一撃を凌ぐのが精々だ。

 オーヴェンに至っては取り回しの遅い大刀と、炎属性の武器でないことで今も無事なのが奇跡のようなものだった。


 〈風の加護〉が無ければすでに倒れていただろう。

 そしてルーナは周囲に居る全員を敵と見なしており、クロフとオーヴェンが集中的に狙われていないことも幸いした。


 予期しない乱入者によって『第五の都市(エプシェン)』からの攻撃はなくなったが、ミズキ側の被害も大きくなっていく。

 クロフはギリギリの防戦を続けつつも、ユーグスティに事態の深刻さを報告し援軍を要請していた。

 しかし、事態はさらなる混迷を極めることとなる。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
もし、面白いと思いましたらクリックしてくださると作者が喜びます。一日一回だけ投票できます。
小説家になろう 勝手にランキング
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ