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162話 クロフとオーヴェン


 状況はミズキ側が優位なまま推移していた。

 『第一の都市(アフル)』を制圧したミズキたちを攻めるため、ゴライア側は周辺四都市に戦力を結集していた。

 しかし、打って出たミズキ側によってひとつは壊滅的な被害を受け、ふたつは拠点の構築を許し、残りのひとつはアラムたちの参入によって壊滅しつつあった。


 全体的に押しているミズキたちであったが、参戦者の中に予想だにしていなかった者の名があった。

 オーヴェンがゴライアたちと行動を共にしていると思っていたクロフだ。


「何故あいつがこちら側に居る?」


 『第一の都市』を守っていたオーヴェンが困惑気味に呟いた。


「兄貴、そいつがどうかしたんすか?」

「こいつは俺が調べた限りではゴライアと共に居たはずだ。それがどういう訳かこちら側で参戦している」

「そいつは不可解っすね」

「どういうつもりなのか。できれば確認しておきたい」

「了解っす!」

「二人もそれでいいか?」

「ええ、構わないわよ。私たちが居なくともここの守りは問題ないでしょうし」

「私も構いませんよ」


 ミレイとアイシスがそれぞれ了承する。

 オーヴェンがユーグスティに確認を取れば問題は無く、早速向かうこととなった。

 しかし、クロフが居る場所は『第二十一の都市(ベファー)』であり敵陣のど真ん中だ。


 どうやらクロフはその中心で戦っているようだった。

 向かいつつもオーヴェンはより困惑することとなる。

 クロフがなぜそこに居るのか。

 こちらもゴライアが居た『第二十二の都市(ヘイガー)』を砲撃する前にまでさかのぼる。


 クロフはアルフェイを殺したゴライアを狙っていた。

 経緯はどうあれ、アルフェイを死なせてしまったことに負い目を感じていた。

 そして何よりも、ゴライアのことを憎悪していたからだ。

 外道な行いを続けるゴライアをいつかこの手で害してやると、その思いを押し込み、淡々と糸切れと呼ばれる者たちを助け続けてきた。


 そうしたクロフにとっても今回の戦争は都合が良かったのだ。

 まだ手薄だった隙に、『第二十一の都市(ベファー)』に〈隠蔽(スキュール)〉を使いポータルから侵入する。

 後に参戦し、ゴライアの居場所を確認したクロフは『第二十二の都市』へと向かっていた。


 しかし、崖道の側面を投射線杭(スビックレイター)――魔力で出来た線杭を打ち出し巻き取るなどして移動する魔道具――によって移動していた矢先、『第二十二の都市』がミズキの砲撃によって壊滅したのだ。


 憎んでいたゴライアが目の前で都市ごと消し飛び呆然としてしまう。

 あれほど害してやろうと思っていたゴライアがあっさりと、跡形もなく消滅したのを見たクロフはもはや笑うしかない。


「ククク、はーはっはっは! 俺の他にもゴライアを恨む奴が居たということか! なるほどな、俺が手を下すまでもなかったのか」


 投射線杭を引き戻し崖道の上へと踊り出た。

 ちょうど『第二十二の都市(ヘイガー)』から逃げて来た残党の後ろに着地、即座にリーエで切り伏せる。

 前を走っていた仲間がクロフに気づくが、すでに踏み込んでいたクロフに反応できず、崖下へと蹴り落とされた。


「予定変更だ。あれだけ派手に暴れている奴が居るんだ。こちらも精々暴れてやるとするか」


 再び〈隠蔽〉を発動させたクロフは来た道を戻っていった。

 先ほどはまだ敵の数が少なかった『第二十一の都市(ベファー)』だったが、今はそれなりの数が集まっていた。


 クロフはまず手始めにそこで暴れ、機会があればゴライアを狙うことにしたのだ。

 都市内へと入り、目の前に居た無警戒な二人組みをそれぞれ斬り捨てる。

 目に付く者も同じように斬っていき、二十人ほど倒した辺りで周囲が騒がしくなった。


「ようやく気がついたか」


 通路に身を隠していたクロフの前を一人が通り過ぎ、そのあとに数人が続く。

 その最後尾が通る瞬間を狙い横合いから襲い掛かった。


 声を出す間もなく首と胴体が分断され、先を行く残りへと近づき背後から刀で貫く。

 横を振り向いた者の口にも刀を突き立てた。

 ようやく異変に気がついたのか、一人が後ろを振り返る。


 その死角を突くように、背を回り込みながら刀で切りつけ駆け抜ける。

 残り三人。

 仲間の叫びに三人が振り向き。


「なッ!? よくも仲間を!」

「やってくれたな、奇襲したくらいでいい気になるんじゃないよ! 〈炎槍ブラシラート〉!」


 クロフは至近から放たれた〈炎槍〉を弾かれたように避ける。


「チッ、すばしっこい! もう一発だ、炎――ぎゃああ!?」


 再び詠唱しようとした女の口に小刀が突き刺さりのた打ち回る。


「てめぇ! ぶっ殺してやる!」


 両手剣を持った男が叫びながら振り下ろす。

 だがそれはクロフからしたら実に遅かった。

 軽く横にズレながら刀を一閃、横合いから首を切り飛ばした。

 倒れていた女にも止めを刺し残り一人。


「な、なんなんだよお前はぁ!?

「俺か? そうだな、あんたらのリーダーに少しばかり恨みのある奴とでも思っていてくれ」

「何だそれは!? くそっ、来るな! こっちに来るなぁぁぁあ!?」


 おびえた男が射杖を撃ちまくるが、動揺からかクロフには一発も当たらない。

 クロフは悠然と歩み寄り男を斬り捨てた。


 騒ぎを聞きつけたのか辺りから足音が聞こえてきた。

 その音はどうやらこちらに近づいているようだ。

 そもそも少し確認すればどこに敵が居るのか、地図を見れば大体の位置が確認できる。

 なので見つかるのは時間の問題だった。


 しかし対応としてはかなり遅い。

 大方、敵がまだ来ることはないと高をくくっていたのだろう。


「居たぞ、こっちだ!」


 十人ほどがクロフの逃げ込んだ通路へと入り込むが、その足元にはいくつかの炎爆晶石(ブラズペイト)が転がっていた。


「あ、あぁああ……!?」


 気づいた一人が叫ぶがもう遅い。

 次の瞬間には爆発し跡形も無く消し飛んだ。

 建物の上に居たクロフは眼下の惨状を眺めていた。

 十人全員が消えたことを確認すると、投射線杭を飛ばし別の建物へと向かう。


 空中を移動しながら適当な建物内に次々と炎爆晶石を投げ入れ、中に居たゴライア側の者たちを爆殺して回った。

 今回のゴライアの悪行に関わりがあろうがなかろうが関係がない。

 今敵対している者は等しく敵であり殲滅せんめつするのみだからだ。


 それに、倒した際には所持金を強制的に奪うことができる。

 繰り返せば多少の抑制にはなるだろうと積極的に襲い掛かっていた。

 混乱する中、ようやくゴライア側が空中を移動するクロフを捕捉した。


 広場からクロフに向かって魔法が放たれた。

 クロフは投射線杭を別の建物に突き刺し、軌道を変え回避する。

 そしてお返しとばかりに炎爆晶石を広場に投下した。

 爆発が起こり粉塵ふんじんが舞い上がる。

 風の魔法で粉塵が取り除かれたときにはクロフの姿は無い。


 広場に降り立ったクロフが近くに居た者を一閃する。

 気づいた者が味方に当たるのもお構い無しに魔法を放った。

 クロフは術者近くに居た者に投射線杭を突き刺し回避する。

 到達と同時に斬り伏せ横の術者も一閃した。


 縦横無尽に駆け、飛び回り切り裂いていく。

 最後の一人を倒したときだ。

 激しい足音を響かせながら建物の上を疾走してきた何者かが跳躍する。


「クロオオオオフ!」


 振り下ろされる大刀アリーエをクロフは受け流し、勢いのまま叩きつけられた石畳が爆発した。

 続く斬り上げでリーエと大刀が衝突し火花を散らす。


 凄まじい衝撃にクロフが吹き飛ばされた。

 着地し床を滑っていく。

 そこに踏み込んだオーヴェンの大刀が迫りクロフの刀と交差する。


「ッ!? オーヴェンか!? いきなり斬り掛かるとは随分なご挨拶だな!」

「糸切れ殺しのお前が何故こちら側に居る!?」


 つば迫り合いでのオーヴェンの力は凄まじく、力負けしたクロフが後ろへと跳び距離を開けた。


「もう一度聞く、何故お前がこちら側に居る!? お前はゴライアと行動を共にしていたはずだろう!」

「ふん、情報が古いな。奴とはとうに縁を切っている」

「何……?」


「元々頃合を見てそうするつもりだったが、奴が間抜けすぎたんだ。こちらの用も大体終わったからな。早々に離れさせてもらった」


「終わっただと? 貴様、まさかまた糸切れを殺したのか!?」

「そうだと言ったらどうするんだ?」

「お前など味方でも何でもない! 即座に切り捨てさせてもらう、〈限界突破(ベクティス)〉!」


 オーヴェンが床を蹴り砕いて踏み込み、霞む速度の大刀が刀と衝突し火花を散らす。

 まともに受けては勝ち目がないクロフは避けるか受け流すしかない。

 受け流す力を利用したクロフの蹴撃しゅうげきが、オーヴェンの側頭に直撃した。


 しかし一切(ひる)むことのないオーヴェンが大刀で斬り上げるが、クロフは大刀の腹を刀で叩き弾かれるようにして離脱した。


 オーヴェンも追走しようとしたが、すでに放たれていた投射線杭が巻きつけられた。

 同時に引かれ体勢を崩されてしまう。

 次の瞬間には大刀が蹴り飛ばされた。

 クロフはそのまま体を捻り再度オーヴェンを蹴り飛ばす。


「くそ……ッ!」


 石畳を転がっていくも立ち上がった。

 いくら痛みを感じにくいとはいえダメージは蓄積され、その動作は重々しくなっていた。


「戦い方は相変わらずか」


 一方のクロフは息切れすらしていなかった。

 刀を持つ姿は自然体だ。

 体からは静かな圧力が依然として発されていた。


 オーヴェンの戦闘スタイルは、被弾を前提としての一撃を重視したもの。

 それは魔物相手、ひいては共闘時に最大限の威力が発揮されるものだ。


 対するクロフは一人で活動するため、被弾を抑える必要があった。

 攻撃を受けてもフォローしてくれる者はおらず、消耗を抑制し、何よりも倒されないことに重点を置いていた。


 そうしたクロフの戦い方は人形クルカ相手にも強く作用する。

 こと一対一の戦いではオーヴェンが勝つことは難しい。

 敵中を突破するために分かれてしまった三人、その彼らと合流できればクロフを止めることは可能だろう。

 しかし、オーヴェンは本気でクロフを止めようとは思っていなかった。


「何故こんなことを続ける! エルナが死んだ時も一番辛かったのはお前のはずだろう!?」


 エルナが消失した時を境に、クロフは姿を現さなくなった。

 それからは黒い噂ばかりが聞こえてきた。

 評判の悪い結盟を転々と渡り歩き他の人形を襲う。

 それどころか糸切れを積極的に襲っていったのだ。


 そんなことをするはずがない。

 オーヴェンはそう信じたかったが、現実は無情であった。

 〈千里眼〉から詳しい情報を買った結果、それが事実だと判明してしまったからだ。


「親しい奴が死ぬことはエルナを失ったお前が一番分かっているはずだッ!」

「確かに、あいつが死んだ時ほど己を惨めに思ったことはない」

「なら何故、糸切れを殺す!?」

「全ては俺自身の為だ」

「クロフ、お前……ッ!?」


 オーヴェンが新たな大刀を引き抜き踏み込んだ。

 しかし、振るう大刀は紙一重でかわされ腹部にクロフの肘がめり込んだ。

 自身の速度全てを利用された形だ。

 その衝撃に全ての動きが止まる。


 続く一撃は顎への掌底、体が仰け反り浮き上がった。

 さらには側頭部への回し蹴りがオーヴェンを吹っ飛ばした。

 横たわる鈍い体を起き上がらせようとするも、踏みつけられ動きを封じられた。


「甘い、甘いぞオーヴェン。俺を本気でどうにかするつもりなら最大の一撃を最初に打つべきだ。その甘さが他人を殺す。それでは救える命も救えん」


 ――だが、その甘さに救われる者も居るのだろうな。

 俺が裏ならば、お前は表といったところなのだろう。

 クロフはそう内心で自嘲気味に笑う。


「この戦争にも都合がいいから参戦していただけだ」

「都合がいいだと……? お前は、この戦争が起こった理由を知っているのか?」

「アルフェイという糸切れの子が殺されたからだろう」


「知っていたのか……?」

「知っているも何も、事情があったとはいえ、あいつを助けられなかったことは俺にとっても許しがたいことだったからな」

「何を言っているんだ……? 助けたかった、だと?」


「情報収集が甘いぞ。大方〈千里眼〉の情報を真に受けたんだろう。奴の情報は確かに正確で間違いはないが、ひとつだけ大穴が開いている。それは奴が嘘をついていないという前提の話だからだ。まぁいい、最初から話してやる」


 手近な路地の壁を背にクロフは語り始めた。

 ずっと糸切れと呼ばれる者たちを保護し続けていること。

 その者たちが『摩天楼(プリニバス)』で匿われていること。


 そして当初の予定ではゴライアとの縁を切るのと同時に、アルフェイを助け出すつもりだったことを。

 だがそこで思わぬ邪魔が入った。

 保護していた糸切れたちが〈千里眼〉に人質に取られてしまい、全ての動きを封じられてしまったのだ。

 そして為す術なく静観していたクロフにアルフェイの訃報が届けられた。


「あの〈千里眼〉がそんなことをしたのか……」

「勘違いするなよ、オーヴェン。アルフェイは〈千里眼〉に殺されたんじゃない。殺したのはゴライアであり、さらに言えば〈千里眼〉よりも上位の者の意思によって殺されたも同然だ」


 結果的にゴライアがアルフェイを殺したが、時期的にはクロフは救出できたのだ。


「にわかには信じがたいが、俺に嘘をつく理由も無いか……。まずは信じることにする」

「まぁ今回の参戦も半ば八つ当たりのようなものだな。それでお前はどうするんだ?」


「あ、ああ、そうだな……確認も済んだし共闘になる、のか?」

「俺は勝手にやらせてもらうがな。機会があればゴライアを仕留めたいところだが――」


 『第一の都市(アフル)』から馬鹿げた魔力が放射され、クロフの目の前で『第二十三の都市(アプシー)』が壊滅した。

 ちょうどゴライアたちが復帰した都市であった。


「多分、無理だろうな」


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