161話 激戦の三都市
一方でクーはユーグスティの指示通り、『第六の都市』へと転移したところだった。
ポータルからの転移を確認したゴライア側が多種多様の、凄まじい数の魔法をクーへと放つ。
「〈炎衝波〉」
クーを中心とした衝撃波が全ての魔法、また近くに居た者を弾き、床から建物まで一定範囲内を粉々に吹き飛ばした。
「〈吸収〉、〈炎の城塞〉、〈青光炎斬〉」
魔法が全て弾かれたことに驚愕する間もなく、クーが次々と魔法を詠唱する。
〈吸収〉によって『青宝珠の首飾り』から無尽蔵の魔力がクーに供給され始めた。
〈炎の城塞〉による炎はどこまでも広がり、『第六の都市』の全てを包み込み灼熱の世界を作り出した。
続く詠唱によって、クーの持つ灯杖のカンテラに青い光が収束していった。
縦横無尽に振り回した青光が並の防御などものともせずに破壊の限りを尽くす。
武器、鎧、盾、そして魔法の障壁が何の意味もなく切り裂かれ、周囲の建物が次々に倒壊していった。
「なんなんだこいつは!?」
「〈炎姫〉だ! 何で〈炎姫〉がこんなところに居るんだ!?」
「近づくことすら――」
青光でなぎ払う合間に放たれた、特大の〈炎爆〉によって都市の一角が消し飛ばされた。
周りに味方も居らず同士討ちする心配もない。
さらに被害も気にしないでいいときて実にやりたい放題であった。
それを『青宝珠の首飾り』の無尽蔵な魔力が後押しし、『第六の都市』の被害は加速度的に増していった。
すでに戦意を喪失した者たちが近くのポータルへと殺到し、互いが互いを押し合う状況となっていた。
そこに〈炎爆〉が放たれまとめて消し飛んでいく。
同様に別のポータルにも撃ち込まれ、阿鼻叫喚の地獄絵図となっていた。
凄まじい威力によってポータル周辺は大きく陥没し、ポータルが空中に浮き出てしまっていた。
それでも逃げ出そうとポータルに向かって懸命に跳ぶものの、その多くは互いにぶつかり合い落下していく。
何人かはポータルに触れることができのたが、素通りしてしまっていた。
実はこのとき、『地の都』の外に行こうとしてもポータルが機能しなくなってしまっていたのだ。
これはこの戦争が大規模であったため、『地の都』が戦域指定された影響であった。
戦火を拡大させないために外へ脱出することもできず、また『地の都』の外で復活しても、一定時間で戦域へと強制転移させられるようになっていた。
そのことを知らない者たちによってポータル周辺は混沌としていた。
それとは別に、都市間を繋ぐ道へ向かう者たちも居た。
三本ある道のうち、『第一の都市』に向かう以外の二本へと殺到し、押された者が崖下に転落していく。
しかしそこに容赦なく〈鎖爆〉が到達し、出入り口周辺と、道の上を逃げていた者がまとめて吹き飛ばされた。
クーが適当に撃っていた魔法が偶然当たった形だったが、その被害は凄まじかった。
「落ち着け、落ち着けお前ら! いくら〈炎姫〉でもいずれ魔力が尽きるはずだ! 固まらず応戦しろぉ!」
「さっきからやってる! いくら魔法を撃ち込んでも全部防がれてどうしようもねぇんだよ!?」
「前衛は何してんだ! 牽制しねぇと後衛の被害が増えるばかりなんだぞ!?」
「あれに近づけってのか!? 近づいたところで真っ二つになるだけなのがわからんのかッ!?」
「もうお終いだあああああ!」
「いいから撃て! 逃げるんじゃねぇ!」
魔力がいずれ尽きるだろうという彼らの希望は、『青宝珠の首飾り』がある限り叶えられることはない。
そんな反則級の装備を火力馬鹿に持たせてしまえばどうなるか。
「〈炎嵐〉」
小型の都市ひとつを丸々飲み込むような炎の嵐が立ち上った。
その内側から防御不能の青光が振り回され、規格外な威力の魔法がろくな狙いも付けられずにばら撒かれる。
こうして『第六の都市』に結集していたゴライア陣営は一度壊滅することとなった。
一方で、圧倒的なクーと違い『第三の都市』では順調に橋頭堡を築きつつあった。
先と同じように、ファラムとカラムがポータルを突破した後にかく乱し、クロードたちを含む後詰めがポータル周辺を確保したのだ。
ポータルの上空に〈障壁〉を何重にも張り後続の安全を確保していく。
俊足のファラムを前面に押し出し、装備の質と、魔道具などの消耗品の圧倒的な物量で押し込んでいった。
凄まじい数の魔法が飛び交い、前衛が相手の陣地へと切り込み一部では乱戦となっていた。
苛烈な魔法の撃ち合いと白兵戦によって両陣営の被害が増していくが、どちらとも余裕がある今は拮抗した戦いが続いている。
しかし、いずれはゴライア側が破損した装備や回復薬、消耗品の補充など、それらがままならなくなるにつれ、次第に押されていくことになるだろう。
場所は変わり、こちらはルーリアたちが向かった『第二の都市』。
〈飛空の風靴〉を初めとしたルーリアの補助魔法によって、空中からの襲撃を行おうとしていた。
風の魔法により驚異的な速度でドームへと接近。カレヒスが作った槍に強化を施しペルナキアへと放り投げる。
そしてアルクがその槍に〈炎の加威〉を施した。
「そんじゃ一発、派手にいくぜぇ!」
踏み込み、斜め下に投擲された槍が炎の弧を描きドームを貫く。
その先にあったポータルの近くへと着弾し大爆発を起こした。
その一撃はゴライア側にとっては全くの予想外だ。
密集していたこともあって被害はかなりのものとなり、包囲していた一角が崩れていた。
「くそっ、何が起こった!?」
「ポータルからじゃない! どこかに敵が潜んでやがるぞ!」
「違う、上だ! 上から攻撃されてる!」
混乱する者たちをよそに、ルーリア率いる〈風祭〉はすでにドーム内へと侵入していた。
「さぁいくわよ! 風は祝言を知らせてくれる、幸運の風は我らと共に、歌え、踊れ、風翼纏いてどこまでも、〈風の宴〉!」
周囲に風が吹き荒れ始め、風属性を強化する領域が展開された。
消費魔力が多く以前は使えなかったが、風精霊を迎えたことによって使えるようになった魔法だ。
「〈陣化〉〈風の飛翔脚〉!」
続く詠唱によって、ルーリアを中心に一定範囲内の仲間を強化する風陣が広がった。
疾風の名の通り、速度が大幅に強化される補助魔法が結盟全体へと掛けられた。
〈陣化〉した〈風の飛翔脚〉に始まり、〈風の加護〉、〈飛空の風靴〉、〈風の知らせ〉を同時に発動。
周りを圧倒的な支援魔法によって補助するのがルーリアの真骨頂であった。
ルーリアは自身の装備の充実よりも、直接戦う結盟員の装備を重視していた。
しかし、『自在砲剣』に辛酸を舐めさせれた経験から自身の装備も見直したのだ。
その装備は以前とは別物になっている。
その上『変転せし六光』が風属性を強化する黄の月であり、その圧倒的な補助魔法は他の追随を許さない。
凄まじい速度と連携をもって空を駆け回り、容赦ない攻撃の雨を降らせていた。
「ついでよ!」
ルーリアはペルナキアをつかみ。
「ちょ、おまッ!?」
そして下へとぶん投げた。
風の魔法で加速し、恐ろしい速度と回転を伴ってペルナキアが着弾した。
相手にかなりの被害を及ぼすほどの威力だ。
「俺を殺す気か!?」
「それぐらいじゃ死なないでしょー! ほら、ちゃっちゃと動く!」
「くそがぁぁぁあ! あとで覚えてろよ!?」
ペルナキアが抗議している最中も、ルーリアの指示によって魔法などが容赦なく撃たれ続けていた。
その中を前衛が降り立ち周囲を圧倒、さらにゴライア側の混乱を加速させていく。
ペルナキアは半ばやけくそ気味に敵を槍で貫いていた。
容赦なく放たれる上空からの攻撃を、ペルナキアたちは気にするどころか見もせずに避けていた。
その動きは安定しており、全くかすりもしていない。
「しかしこれはすごいですね。黄の月だとこれほどまでになるのですか」
ペルナキアの横ではジャラックが攻撃を盾で弾き、片手剣で相手を貫いていた。
その勢いを利用し、相手の体の後ろに入れ替わるようにして回りこみ後ろに居た者も斬り伏せる。
「うちの団長は補助だけはすげぇからな! 性格があれだからちびっこ共はみんな逃げて――ぐほぇ!?」
〈風弾〉が命中した。
衝撃でペルナキアは床に叩きつけられ、反動で跳ねると建物の壁へと激突した。
〈風の知らせ〉を制御し、自身の放った魔法を感知されないようにした実に高度な技術だ。
別の場所では男が〈風祭〉の一人へと斬り掛かるが、その者は振り向くこともせず後ろの男を剣で突き刺した。
完全に背後を取った形だったが、まるで後ろが見えているかのような反撃に、男は驚愕したまま倒れ光に包まれていった。
これはルーリアの〈風の知らせ〉の効果によるものだ。
相互の情報をやり取りすることで死角を無くし、連携を容易たらしめていた。
ルーリアたちにかき回され、ポータル周辺の守りが薄くなったころ。
ポータルからヘイデルたちが転移してきていた。
「やっと出番って感じ!」
現れたヘイデルがやる気十分に長術杖を掲げた。
この杖もファラムの資金援助によって購入した装備のひとつであり、土属性魔法を強化する杖だった。
その強化率はかなりのものであり、値段は五五○万シリーグほど。
ヘイデルが考えうる限り、此度の戦いにおいて必要な、それでいて極めて高額な装備なのだ。
高額な、装備なのだ。
新装備の威力は凄まじく、上方に多重の〈障壁〉を瞬時に展開した。
頑強極まりない〈障壁〉が展開され、気づいたゴライア側の何人かが魔法を放つがびくともしない。
こうして安全が確保されたポータルから後続が転送され、『第二の都市』での拠点を築くことに成功した。
「うぇへへへへへ、私輝いてるって感じ! これなら特別報酬も間違いないはず!」
「おい、行くぞヘイ。ルーリアさんはもう次の場所に向かってるぞ」
「うぇへへへへ、へぇ!? ちょっと待って、速すぎでしょ!? 今来たばかりなんですけど!?」
「で、どうするんだ?」
「うぅぅぅぅ……このままじゃ駄目よ! ルーリアさんばかりが活躍したら追加報酬がもらえなくなるって! 今度はポータルを使って突っ込むしかないでしょ!」
「無茶するなぁ……」
「口答えしないのよ! 私たちの結盟にはお金が要るんだから!」
「へいへ~い」
腕を振り上げながら叫び、ポータルに向かうヘイデルに結盟員たちが続いていく。
ヘイデルが何度も言っていた追加報酬だが、ヘイデルの執念に折れたファラムがヘイデルを遠ざけるために言葉を濁した結果だった。
ファラムとしては相応に働いてくれさえすれば構わなかったのだが、ヘイデルが活躍した場合はもっと報酬が欲しいと露骨に懇願したからだ。
上目遣いにファラムを見つめる目は濁りに濁りきっていた。
そして狼であるファラムを見上げる姿勢は、もはや言うまでもないだろう。