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146話 忍び寄る悪意


 翌日。ミズキたちはプレゼントを購入するため商店街のひとつへとやって来ていた。


「アルフェイ君、買う物は決まってるんですか?」

「うん、ルーナ姉ちゃんはお花が好きだからお花にするの。でも、いつ会えるかわからないから枯れないお花だよ。それでね、オーヴェン兄ちゃんはわからないからペンダントとかにしようかなって。でも、よろこんでくれるかな?」


「きっと喜んでくれますよ!」

「そうかな? じゃあすぐに買ってくるから、ミズキはここで待ってて」

「一人で大丈夫ですか?」

「だ、だいじょうぶ! ちゃんとお金も持ったし、い、行ってくるね!」


 アルフェイが笑顔で手を振りながら店内へと入って行った。

 そんなアルフェイを見送ったミズキは大丈夫だろうかと気が気ではなく、心配そうにそわそわとしてしまう。

 店内では無事に会計を済ませたアルフェイが戻るため、歩き出そうとしたときだった。


「よぉ、随分と楽しそうじゃねぇか」

「え? え……!?」


 声を掛けたのはゴライアの仲間だった。

 以前にアルフェイを撃った男だ。


「おっと、騒ぐなよ? あと動くな。俺は気がみじけぇからな、つい手が滑って風穴をあけられたくないだろ?」


 アルフェイに見えるように、それでいて周りには見えないように男が射杖リスロウを構えていた。

 こちらを見下ろす銃口を前に絶句するしかないアルフェイに、男は馬鹿に仕切ったため息をつくと話し始めた。


「わからないって顔だな? お前は金になると泳がされてたんだよ。それも今日で終わりだがな。ゴライアさんがもう用済みだから連れて来いってよ」


 男が言うように、アルフェイが誰かの援助を受けているのをゴライアは知っていたのだ。

 というより、状況からいってもそうとしか考えられなかったからだが。


 しかし今はそちらではなく、脅し、生かしておけば何もせずとも金が入ってくるにもかかわらず、なぜアルフェイを用済みと言ったのか。

 理由は状況が急変したことにあった。


 かねてよりゴライアを押さえるべく動いていたオーヴェンたちであったが、その動きがここ最近、急に活発になったことだ。

 ゴライアは他の似たような者たちに声をかけ、次はお前たちの番だと危機感をあおるようにして仲間を呼び集めていたのだ。


 しかし、それだけでは足りないと金をばら撒き始め、オーヴェンたちの攻勢が近いと感じたため形振り構わなくなっていた。


「最近あの餓鬼と仲が良さそうにしてるよなぁ? まぁそれを報告したのは俺なんだが。つう訳でお前を人質にして身包み剥いでやろうってことさ。お前が持ってくる金の出所もあいつだろうからな。そこそこいいもん持ってんだろう?」


 そうしてアルフェイは男に連れ去られてしまった。


   *


 外で待つミズキはアルフェイがなかなか戻って来ないことにやきもきとしていた。

 様子を見に行こうかと考えるも、何度も思いとどまり帰って来るのを待っていたのだが。


「うぅ~、やっぱり心配です! ちょ、ちょっとだけ見に行くだけです。見たらこっそり帰ってくればいいんです……!」


 そうしてアルフェイの様子を見に行ったのだが、規模の大きい店だけあって探すのも一苦労であった。

 出入り口がいくつもあり、もしかしたら別のところに行ってしまったのではないか。

 そう思い至りそちらも見て回ったが、いくら探してもアルフェイの姿は無く周りの人に尋ねてもいい返事はなかった。


 ついには店内と出入り口を全て探しても見当たらず、もしかしたらと思い一度家に帰ることにした。

 はぐれた際や何かあったときには家を集合場所にしてあったからだ。


 しかし家に戻ってもアルフェイは居らず、戻ったら連絡してほしいという書置きだけを残し、もう一度街の中を探しにいった。

 やがて日が暮れ、辺りには橙や紫色、それに白色の光晶石が澄んだ音と共に灯り始めた。


 光晶石は叩くと光る性質を持つため、さながら鉄琴による演奏のようだ。

 だがミズキにはそういった音も物悲しく聞こえるだけであった。

 じきに『変転せし六光(カラリム)』によって青く照らされた雨が降り始めた。


 箱庭ルヴアで初めて体験する雨だ。

 青く輝く雨はとても綺麗で、それに季節の所為かかなり温かく、濡れても寒いと感じないほどだった。

 雨に濡れながら、入り組んだ立体迷路のような道を歩いていると、ふと小さな箱が目に入った。


 箱にはなんと『泣丸鼠うりゅりゅん』が入っていた。

 捨て『泣丸鼠』だ。

 雨か涙かわからないが泣きながらにミズキを見上げている。


「うりゅ~……」


 なぜこんなところに魔物が居るのだろうか。

 以前、ジャラックに弱い魔物は居ないかと相談したときにこの『泣丸鼠』を紹介されたが、倒すことができずにその場で崩れ落ちてしまった過去があった。

 直近では料理大会でアルガルトなる選手が『泣丸鼠』の新鮮な涙を使い、スープを作るのを見たくらいだ。


 料理の素材と言っていいのかはわからないが、そうした利用方法があるからには街中に居ても誰も気にしないのかもしれない。

 現に周りに居る者たちもエサをやっていたりしている。


 そして実はこの『泣丸鼠』、アルガルトに利用価値無しと捨てられたものだった。

 廃棄するに当たって、容赦無く叩いていたアルガルトであっても、この可哀想な生き物の命を奪うことはできなかったのだ。

 仮にそれができたとしても、誰かに知られたらどうなるかわかったものではないが。


「そんなに泣いてどうしたんですか?」


 しゃがみこみ問いかけたが。


「……りゅん! うりゅん!」

「う~ん、何て言ってるかわからないです……」


 泣くばかりの『泣丸鼠』を抱け上げると小さく震えていた。

 手から温もりが伝わり、雨も温かいくらいなので寒くはないはずなのだが、とりあえず屋根のあるところまで連れて行くことにした。


 濡れた体を拭いても、顔はすぐ涙で濡れてしまうのであまり意味は無かった。

 泣きながらぷるぷると震える『泣丸鼠』を前にどうしたものか。

 アルフェイを探している途中なのでずっとここに居るわけにはいかない。


 アルフェイに何かあったらと思うといても立ってもいられず、今すぐ探しに行きたかった。

 しかし『森の都(エゴラ・トリース)』は人を探すには広く、何の当てもなく探すことは不可能だと言える。


「わからないかもしれないですけど、アルフェイ君。えっと……黒髪で耳のついた子は見ませんでしたか?」


 代わりと言っていいのかはわからないが、尋ねてみたものの、『泣丸鼠』はふるふると首を振るばかりだった。


「そうですよね……」


 肩を落としため息が漏れ出てしまう。しかし。


「あぁ! これがありました!」


 ミズキは風の導き石のことを思い出した。

 早速念じてみたがアルフェイの姿は見えず、場所はどこだかわからない。

 しかし岩に囲まれた場所がなんとなく映り、その前は『地の都(ナビエド・トリース)』を経由したことだけはわかった。


「よくわからないということは街の外……? でも何でそんなところに?」


 大体の場所はわかったものの、買い物をしていたアルフェイが街の外に居る理由がわからず首を傾げた。


「アルフェイ君が一人で勝手に行くなんて考え辛いし、まかさ……」


 その可能性に気づき目を見開く。

 思い当たるものはゴライアの下に行った可能性だ。


「ボク、もう行かなくちゃ……! ごめんね」


 立ち上がり最寄りのポータルへと駆け出した。


「うりゅううッ……!」


 そんな声に振り向くと『泣丸鼠』が滝のように涙を流していた。

 それはもうだばだばと、脱水症状を心配するほどに溢れ出ている。


「…………」

「っりゅん! うりゅん! うりゅぅぅぅ……!」

「……えっと、一緒に来る?」

「うりゅぅぅぅん!」


 抱きかかえられた『泣丸鼠』が顔を涙で濡らしたまま嬉しそうにする。


「じゃあ行きましょうか」

「うりゅん!」


 突然居なくなってしまったアルフェイを探していたが、なぜか魔物との縁を持ってしまう。

 泣きながらも嬉しそうに抱かれる魔物をなんとなく放っておくことができなかったのだ。

 こうして一人と一匹はアルフェイを探しに『地の都』へと向かうこととなった。


 アルフェイが街の中に居たのなら、風の導き石でこれまでのように場所がわかったことだろう。

 しかし、その姿を発見できなかったことからも街の外に居るということだ。

 ミズキは焦燥に駆られる。

 アルフェイは一度致命傷を負えばそのまま消滅してしまうからだ。

 どうか無事でいて欲しいと、祈る思いで駆けだした。


   *


 暗い洞窟の奥には来る者たちを容赦なく葬り去る、巨大な蜘蛛の化け物が存在していた。

 その甲殻は頑強で並の魔法や武器では傷をつけることすら叶わず、八つある足からは巨体に似合わない俊敏さを誇っていた。


 それとは別にある一対の大鎌は盾ごと切り裂くほどの威力を持つ。

 そして猛毒を撒き散らし、偽装に長ける大蜘蛛は迷路のような地形を巧みに利用するのだ。

 天井や壁までもが大蜘蛛にとってのフィールドであり独壇場。

 挑戦者である多くの者が敗れ去っていった。


 そんな大蜘蛛が門番として存在するさらなる奥に、ゴライアたちの本拠地があった。

 本拠地では片手を鎖に繋がれ、吊り上げれたアルフェイの顔が苦悶くもんに歪む。

 その顔には涙と流れた血の痕が残っていた。


「ごめ……なさ……」


 かろうじて足が着く程度には吊るされているが、手首からは血がにじみ、顔だけでなくいたるところが腫れるか青あざを作っていた。

 それらはまだマシなほうだろう。


 耳が削ぎ落とされ、腹部や腕にも切り裂かれ刺された痕があった。

 そこからは今も血が流れ出ている。


「ギャハハハハ、誰が許すかよぉ!? 少し見た目がいいからって調子に乗りやがって! あたいが苦労してる間もお前みたいな奴は楽していい思いしてたんだよなぁ?」


 ゴライアがかたきと言わんばかりにアルフェイを蔑みまくし立てる。

 周りにはアルフェイを拉致した男や長術杖(ウルティザーフ)を持った女など、複数の人影があった。

 どれもゴライアに付き従う者たちだ。


「あたいはお前みたいな見た目がいいだけの何もできない奴が心底嫌いなんだよぉ。すぐにでもぶっ殺してやりたかったがいい金ズルだからなぁ、今まで我慢してやってたんだよぉ!」


 手に持つ線剣ネアラールがアルフェイの足を切り裂いた。

 ゴライアはことある毎にアルフェイを痛めつけ、自身の怒りのけ口にしていたのだが、今までは我慢してやっていたと本気で思っていたようだ。


「どいつもこいつも、特にあの女だッ! 醜いだの目の前から居なくなれだの! 終いには使えないとまで言いやがってえええ! あたいが我慢して動いてやってんのに何様のつもりなんだよおおおッ!!」

「うぅ……ごめ……なさ……ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさい……」


 ゴライアが怒りに任せて線剣を振るい、その度にアルフェイの体が切り裂かれていった。

 アルフェイの懇願する声などお構い無しだ。

 傷が増えていくといよいよ反応が無くなり目が虚ろになっていく。

 しかし赤色の光に包まれると傷が塞がっていった。


「えぅ……ケホッゴボ……!」


 傷が治ったことによって幾分息を吹き返したが、溜まっていた血を吐いてしまう。


「ちょっとちょっと、やりすぎるとほんとに死んじゃうわよ? 後で殺すのは決まってるけどこいつを人質にして、もう一人のガキから身包み剥がそうってゴライアが決めたんでしょ? それに回復させるのだって疲れるんだから」


 たしなめられたゴライアが舌打ちする。


「んじゃ次は俺の番~♪」


 アルフェイの手が撃ち抜かれ痛みにもだえ苦しむ。


「こんなもんか。貫通力はまずまずだな」

「あんたねぇ、さっき耳撃ったんだから満足しなさいよね」


「いやいや、折角新調した射杖の調子を確かめないと後で困るだろ? でかい戦闘が待ってんだし必要だって。うん必要必要、これは仕方ないことだって」


「はぁ、あんたらがやりすぎるから私が何もできないじゃん。それで他の奴らも色々やって巻き込めたんでしょ? 最終的な規模はどうなったの?」

「ギャハハハ、聞いて驚くなよぉ?」


 オーヴェンたちに対抗して集めた戦力に息をみ、そして喝采を上げた。


「あいつらも色々やましいところがあるからなぁ? それに同じ甘い汁をすすってきた奴らも後に引けねぇだろ。あとはこいつから巻き上げた金も含めてばら撒きまくった結果だなぁ。まぁ、今回の戦争に勝てばたんまり金が入るし、万一負けても隠してあるから問題ねぇ」


 ゴライアたちは負けた場合をも想定してこの本拠地の周辺に複数、かなり遠くの位置に貴重な素材や装備、それに実体化したお金を隠していた。

 どれもが巧妙に隠してあり、最初からあるものと考え探したとしても一箇所見つかるかどうかだろう。


 なぜならこの洞窟の壁をくり貫き、その中に隠してあるからだ。

 そしてくり貫いた壁で蓋をすれば、その繋ぎ目は箱庭全体が有する修復作用によって完全に塞がる。

 見ただけで判別することなど不可能だろう。


 しかし当然デメリットもあった。

 あまりにも長期にわたって隠し続けた場合、中にまで修復がおよび隠した物が全て消えてしまうのだ。

 だが戦いが終わる頃まで隠してもそれほど修復は進まないので問題は無い。


 他に参加する者たちも同様で、各々が隠したり、戦争に参加しない他の人形クルカに預けたりしていた。

 戦争に負けた場合は賠償金などを支払わなければならず、損害が完全に無くなる訳でもないが有効な方法ではあった。


「それでもう一人のガキはどうした? 今頃こいつが居なくなったって慌てふためいてるだろうがいつ来るんだよぉ?」

「それがですねゴライアさん……あいつの家に向かった奴らから居なかったって連絡が……」


 アルフェイをさらった後、ミズキを脅迫して街の外に連れ出し襲う計画だったのだが、肝心のミズキが家に居なかったのだ。


「おいおいおい、じゃあどうすんの? それまでこいつ殺すのお預けとかふざけてんのか?」


 射杖を持つ男が不機嫌そうに言うが、報告した男としてもこればかりはどうしようもなかった。

 まさかミズキがアルフェイを探し続けているとは思わず、現状では待つしかないのだが我慢できなかったのだろう。

 アルフェイの指を順番に撃ち抜いていく。


「何でこんな奴のために俺が嫌な思いをしないといけねぇんだよ、クソが! オラ! 何とか言ってみろよ!」

「おいおい、あんまやりすぎんなよぉ? ギャハハハ!」

「はぁ、魔力使うの勿体無いから回復薬でも掛けときなさいよ?」


 そうした仄暗ほのぐらい感情のけ口としてなぶられ続け、アルフェイは段々と意識を遠のかせていった。


(ひどいよ……何でこんな……。痛いよ、寒いよ……誰か……。ミズキ――)


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