144話 極上のスープ?
「アルガルト選手です! 一連の騒ぎを〈創土壁〉によってやり過ごしていたのかあああ!? 数多くの大会で話題騒然の彼ですが、今度は一体何をして私たちを楽しませてくれるのでしょうかぁぁぁああ!?」
「見なさい、くだらない騒ぎに審査員の方々も呆れかえっていますよ」
そう指し示した審査員席には座る者など居らず、その後ろに並ぶ頑丈そうな大盾の影に審査員がそれぞれ隠れていた。
とばっちりを受けたくない審査員が用意したものだろう。
「なるほど? 試食以外には興味が無いということですか。やはり彼らもプロですね」
「一理ある」
ミズキには何を言っているのか全くわからなかったし、何が一理あるのかも理解できなかった。
ただわかったのはやはりこの惨状が日常的なもので、審査員の人たちは最初から大盾を用意しずっと隠れたままだったということだ。
しかしそんなミズキの思いなど構わず、アルガルトはやれやれといった様子で調理台の中からひとつの素材を取り出した。
尻尾をつかまれた素材は宙ぶらりん状態で、その目には涙を湛え悲しそうな顔をしている。
「なんと! うりゅりゅんです! まさかの食材? に会場も騒然としています! うりゅりゅんは皆さんもご存知の通り、『森の都』の下を流れる大河、うりゅりゅん川の水源となる魔物です! その魔物をどう料理に生かすというのでしょうか!?」
「今回私が作るのは究極のスープです。スープを作るうえで水質は欠かせない要素。なれば、取れたてで新鮮なうりゅりゅん水を使うは必然でしょう」
そう言うとアルガルトはうりゅりゅんを鍋の上に吊るしその涙を採取していった。
涙目で悲しい表情をした生き物を鍋に吊るす光景は鬼畜の所業だろう。
悲哀に満ちたうりゅりゅんからぽたぽたと雫が滴り落ちていた。
「おや? 少し出が悪いですね。これでは制限時間に間に合いません。かくなる上は……」
アルガルトはおもむろにフライ返しを取り出すと。
「オラッ! 泣け! 喚け、そして絶望しろ! 我が至高の料理にはお前の涙が必要なのだ!」
フライ返しでうりゅりゅんをバシバシと叩き始めた。
目は血走りその表情は嗜虐的な笑みに固まっている。
「りゅんっ! うりゅん!」
うりゅりゅんが非道の行いに痛々しい鳴き声を上げる。
抵抗できないのをいいことに興が乗ってきたのか、次第に叩く威力を上げていった。
「ヒャハハハハハッ! これこそ至高! 料理の極地であり真髄! 何者にも到達のできない領域なのだッ!!」
スパン、スパンとうりゅりゅんをはたくアルガルトの腕は霞むほどに速い。
熟練のフライ返しさばきだ。
その甲斐あってか、うりゅりゅんの目からは滝のような涙が流れ落ちる。しかし――
「ああああああああああっと!? これは……! ブーイングです! 大、ブーイングですッ……!! うりゅりゅんを叩くというアルガルト選手の行いに、会場中の観客から非難が殺到しています!!」
観客席から瓶入りの回復薬や毒薬など多くのものが投げられ、終いには矢が飛び交い魔法がアルガルトに向かって撃ち込まれた。
「こ、こら! やめないか君たち!? これは至高の――」
「うるせぇ!」
「ひっこめぇ!」
「お前にはうりゅりゅんの悲しみがわからないのか!?」
魔法や投下物を〈障壁〉で防ぐアルガルトに、観客席から武器を構えた者たちが殺到し殴り斬りかかった。
多勢に無勢のアルガルトだったが〈障壁〉を巧みに使い、自身も細剣を構え迎撃に入る。
しかしその抵抗も長くは続かず、ついには〈障壁〉が突破され四肢を拘束されてしまった。
そしてフライ返しで顔をしたたかに打たれ張り倒されていた。
「あわわわわわ……」
突然の乱闘騒ぎにミズキが青い顔をしていた。
こんな危険地帯など早く脱出しなければ、そんな思いと共にアルフェイへと振り返った。
しかしアルフェイはなおも調理を続けており、その品も完成間近となっていた。
「もうすぐで完成だよ」
「いや、もうそれどころじゃないよ!? こんな危ないところからさっさと逃げようよ! アルフェイ君に何かあったらルーナさんやオーヴェンさんが悲しむよ!?」
「で、でもせっかくミズキがぼくのために考えてくれたんだよ? それにもうすぐ完成するし……それにぼくの作ったアイスクリームをほかの人が食べてくれるのってうれしいと思うから……」
「そ、そうだけど……! っていやいや、命のほうが大事だよ!?」
「でもほら、もう残ってる人はほとんど終わってるみたいだし、もう危ないこともないと思うよ?」
そう言ってアルフェイが見つめる先にはボコボコにされているアルガルトの姿が。
ほかには鍋を抱えたギャリッツ。
仁王立ちしたままのイグナシオと皿を持つリディの姿があった。
確かに四人ともさらなる騒ぎを起こす素振りもなく(アルガルトは未だにリンチの憂き目に会っていたがこちらに飛び火することはないだろう)、一定の安全は確保されているように思えた。
「つ、次危なくなったらすぐ逃げるからね!」
「うん、わかった!」
それからアルフェイの抹茶アイスクリームはさしたるトラブルもなく完成し、どうにか解放されたアルガルトもスープを完成させていた。
そして完成した料理を各々の選手が持ち、審査員による必死の試食へと場は移っていくこととなる。
*
「さぁ、終にやってまいりました! やってきてしまいました! 審査員による試食の時間です! ルールは簡単、各審査員が試食し総合点によって順位が決定されます! 果たして、栄光を勝ち取るのはどの選手になるのでしょうかああああ!?」
エーヴィが高らかに宣言すると会場の盛り上がりはますますヒートアップしていった。
審査員は全部で五人だ。
それぞれが新たに設置された審査員席に待機し、回復薬の入ったグラスを片手に料理が運ばれるのを待っていた。
「まずは非難轟々ながらもどうにか料理を完成させたアルガルト選手からです! ああっと! すでに凄まじい声援、もとい声怨が会場から聞こえてきます!」
アルガルトが料理を運ぶ最中も会場に響く怨嗟の声は留まることを知らない。
そのただならぬ雰囲気に、アルガルトはびくびくしながら審査員の前へと料理を並べていった。
そして絞りたてうりゅりゅん水のスープが審査員の口に運ばれていく。
しばらくはそんな静かな時間が過ぎていったが、各々の審査員がおもむろに手元のボードに点数を書き込んだ。
その点数、21、15、13、33、17で計99点。これは500満点中の99点でありかなり低い数字であった。
「おおおおおっとおおお!? アルガルト選手の得点は99点となりました! これはどうしたことかぁああ! 多くの大会で高得点を叩き出してきたアルガルト選手にしてはかなり低い点数です!」
「そ、そんな……私の至高のスープが……」
アルガルトが膝から崩れ落ちる。
観客の度重なる妨害にも耐え作り上げた、そんなスープの評価が良くなかったことに相当のショックを受けていた。
「あー……味はいいんだよね、うん。でもさぁ、周りを見てみてよ。わかるよね? 下手に高得点をつけたら私たちが危ない」
「すまないがそういうことだ。これからは素材とより紳士に向き合い慈しむようにしたほうが良いぞ」
人前で調理するのだから周りの人にも配慮しなさい、という言葉がやんわりと伝えられた。
「味部門では低評価となってしまったアルガルト選手でしたが、パフォーマンス部門ではどうなるのでしょうか!? 良くも悪くも大会を賑やかせてくれた彼です、その判定はあああ!?」
審査員が別のボードに点数を書き込んでいく。
味部門は料理の味そのものを評価するが、パフォーマンス部門では調理中の見た目、盛り上がりや美しさなど、見て楽しめたかという点が評価の基準となる。
そして書かれた数字は全て0であった。
「あ、ああ……」
アルガルトが崩れ落ちる。
口から気が抜けてしまっていた。
「なんと0点です! かつてこれ程の低評価があったでしょうかあああ!? あまりのショックにアルガルト選手は息も絶え絶えといった様子です! しかし、会場からは当然との声が上がっています! 大変残念な結果になりましたがアルガルト選手には次の大会で頑張ってもらいましょう! では次の試食に参ります!」
アルガルトの次はリディだ。
流れるような剣技によって空中でさばいた刺し盛りを並べていった。
「これは私が作った特製のタレだ。切り身につけて食べてくれ」
審査員たちが刺身をリディお手製のタレをつけ口に運んでいき……全員がテーブルへと突っ伏した。
その口からは泡が吹き、ビクビクと痙攣する様から今にも死にそうだ。
「ふむ、やはり失敗か」