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143話 次々と現る刺客


 時は少々さかのぼり、ミズキとアルフェイペアが調理台を前に作業を開始しようとしていた矢先のことだ。


「み、みんなすごいですねぇ……! うひゃぁ……調理台ごと切っちゃってますよ!? いいのかなぁ……?」

「ミズキ、早く材料出して! じゃないとぼく作れないよ」

「そうでした、すぐに出しますね!」


 言うや否や、魔法箱から慌てて材料を取り出し調理台の上へと並べていく。

 といってもその種類は少なく、屋台の女性に譲ってもらった生クリーム、砂糖に卵、茶葉くらいのものであった。


 温度を低く保つための道具も用意されていたので、あとは材料を合わせ混ぜていくだけとなる。

 ここから先はアルフェイの作業を見守るだけだ。

 アルフェイは氷晶石(エレアペイト)の欠片を容器に入れ、その上に別の容器を設置して材料を投入していく。


「ま~ぜ~ま~ぜ~♪ 混ぜてくよ~♪」


 アルフェイが混ぜ棒で歌いながらにかき混ぜていく。

 基本的に混ぜるだけで作れるのがアイスクリームのいいところだ。

 しかし見守るだけでも緊張してしまうのがミズキだった。

 そんなとき、別の調理台のほうからキンという剣戟の音が聞こえ。


「え?」


 振り向くと凄まじい速度でイグナシオに切りかかるリディの姿が目に入った。

 一撃が防がれたかと思えば逆側から切り返す。

 単純な防御では対応できない。

 神業とも言える連撃をイグナシオは防ぎきった。


「――え!? 一体何ですか!? 何でいきなり戦ってるんですか!?」


 彼らが戦う理由を知らずうろたえる。

 そんなミズキを他所に会場は大盛り上がりだ。


「今回の大会もやってまいりましたぁ! 選手同士のガチンコバトルです! 神速の剣をもってして斬り掛かるリディ選手に対しイグナシオ選手がその全てをいなしていくぅぅぅうう!?」


 司会であるエーヴィの実況が入るが戦う理由が何ひとつわからない。

 ひとつだけわかったことがあれば、この大会ではこれが日常茶飯事だということだ。


「ひゃあああ……すごい、あんなに速い攻撃を防ぐなんて。それに剣を弾いてるのはなんだろ……? 石……かな?」


 イグナシオいわく、おにぎりである。


「あんなに小さい物で防ぐなんてすご過ぎます……! あ、わかりました! 前にドラマとかで見たことがある寸鉄みたいなものですね!」


 おにぎりなのであろう。


「でも剣を素手で弾くみたいなことして怖くないのかな? うひゃっ!? あわわわ、すごいのを弾きましたけど一体どんな素材で作ったんだろう……やっぱり金属なのかな? よくわからないけどすごい武器なのはわかりますよ!」


 恐らくだが、おにぎりなのだ。


「アルフェイ君、ほら、見てみてください! 何かすごい戦いが起こってますよ!」

「混ぜるのにいそがしいのに~」


 調理するアルフェイは興奮するミズキへと面倒くさそうに振り返る。


「で、でもだって! すごい戦いなんですよ!」


 指差す先では剣舞とも言うべき神業の応酬が続いていた。

 そのとき、ベギィンという音と共に大刀の刀身が折れ飛んだ。

 高く舞い上がった刀身をミズキが視線で追いかけ――目の前に折れた刀身が突き刺さった。


「ぎゃあああああああ!?」

「わ、びっくり……」


 ミズキが絶叫する横でアルフェイは目をぱちくりさせていた。

 そして音がしたほうでは折れた大刀を振り上げたまま固まるリディと、おにぎりをつかみ仁王立ちするイグナシオの姿があった。


 リディは驚愕に目を見開き、その手からは折れた大刀が落ちる。

 物悲しい音が響きリディは膝から崩れ落ちた。

 そして苦渋に塗れた言葉を絞り出す。


「……刀を折るなど……やはり、そんなものは握り飯などではない……」


 魔法によって身体能力と大刀の威力を劇的に上げた一撃は、たとえ金属だろうが魔物だろうがたやすく両断するような代物だ。

 だというのに、イグナシオのおにぎりはそんな刃をものともしなかったのだ。


「どうにか無事? に終わったみたいですし、刺さったままの剣が気になりますけどこれで調理に集中でき――」


 ドゴオオオオオオオン!!


「ぎゃあああああああ!?」

「おおおぅ!?」


 突如、会場の中心で爆発が起こった。

 ミズキは調理台とその他諸々と共に吹っ飛ばされ、偶々落ちたスプーンを拾おうと姿勢を低くしていたアルフェイがころころと転がっていった。


「今度は一体なんなんですかッ!?」


 ガバッと起き上がったミズキが叫ぶ。

 会場にあった調理台や参加選手の多くが爆発に巻き込まれ、周囲は正に死屍累々(ししるいるい)といった有様だ。

 粉塵ふんじんが舞う中、そこかしこからうめき声が聞こえる。


「おおおっと! ここでまさかの爆発ぅぅうう! 一体何が起こったというのでしょうか!」


 エーヴィが実況するなか、明らかに爆心地と思わせる穴に一人の男が立ち、その足元には鍋が置かれていた。

 男の服は原型がわからぬほどにボロボロだ。

 先ほどの爆発の威力を物語っている。


「〈爆炎ズーランズール〉のギャリッツ選手です! ギャリッツ選手がこの爆発を起こしたに違いありません! しかし、なんという威力なのでしょう!? 周囲にあった調理台や選手がなぎ払われています! 被害の請求は一体どうなるのでしょうか!」


「芸術とは爆発である。料理もまた芸術である。すなわち、料理もまた爆発であるということはすなわち、イコールである」

「ふむ、一理ある」


 ギャリッツが辺りを見渡しながら言葉を発し、それに同意したのはイグナシオだ。


「まさに〈爆炎〉! 料理とはいささかも思えない言葉です! しかし、この料理大会ではそのような無粋な言葉は要りません! 見てください、聞いてください! この会場の割れんばかりの歓声を!」


 そんななか、ギャリッツに向かって包丁が投げかけられたが身を引いて避ける。

 そして避けられた包丁は倒れたミズキの眼前に突き刺さり、再びの絶叫を上げさせていた。


「誰だね、料理人の魂である調理器具を投げるとは無粋な」

「うるせぇ! せっかく俺が丹精込めて作っていた料理が滅茶苦茶じゃねぇか! 一体どうしてくれるんだ!」

「そうよそうよ! 私だって頑張って皮むきしたんだから!」

「私が苦労して仕入れた素材をどうしてくれる!」


 いつの間にか復活していたほかの選手からギャリッツに抗議の雨が降り注いだ。

 しかし、そんな抗議などどこ吹く風なギャリッツは至って平静なままだ。

 この惨状を生み出した本人とは思えないほどに落ち着いている。


「そこまで大切なものならしっかり管理しておけば良いのでは?」


 発された言葉に選手たちの抗議の声が止まった。


「周りを見てみなさい。私の料理を受けても平然としている者たちが居るではないですか」


 見渡すように促す先には仁王立ちしたままのイグナシオと、放り投げた魚を空中でさばくリディの姿があった。

 アルフェイも粉塵塗れの中身などどこかに飛んでいってしまった容器を拾い上げ、調理代のあった場所から吹き出る水で洗い始めていた。


「一流の料理人は何が起ころうとも動じず、料理を続けるのです。そして料理の手を止め私に言い寄るあなたたちはさしずめ二流もいいところ」

「一理ある」


 同意したのはイグナシオだ。

 彼の作ったおにぎりは形が崩れるどころか焼きおにぎりにすらなっていなかった。

 作った本人も先ほどの爆発では全く動じておらず、彼の料理は絶対に揺るがない山の如しだ。

 正に金剛壁と呼ぶべき代物になっていた。


「うるせぇ! もう我慢ならん、ぶっ飛ばしてやる!」

「私も加勢しよう!」

「皮むきのかたきー!」


 一人は包丁を二本手にした低い姿勢で疾走する。

 もう一人は筒状の物から炎を吐き出させにじり寄っていく。

 しかし重いのかその動きは鈍い。

 最後の一人は茶色い素材を手に跳躍し、ギャリッツへと襲い掛かった。

 しかし次の瞬間――


 ギャリッツが爆心地に置いてあった鍋の蓋を開けた。

 再びの爆発が会場を震撼しんかんさせ、襲いかかった三人は会場の壁に叩きつけられた。

 リディは爆風を切り裂き、イグナシオは微動だにしていなかった。

 ミズキとアルフェイは転がっていった。


「ああああっと! 再びの爆発です! これが〈爆炎ズーランズール〉の名を欲しいままにするギャリッツ選手の真骨頂! どういう原理か不明ですが何度でも爆発する鍋です! 一体どうなっているのでしょうかあああ!?」


「しかり。この鍋はただの鍋ではない。爆発そのものを閉じ込め、圧力を極限にまで高める鍋……すなわち、圧力鍋(ブレッシュバーティ)というものです。あ、この名前は僭越(せんえつ)ながら私がつけさせていただきました。簡潔でわかりやすい、いい名前でしょう」

「一理ある」


 焦げたギャリッツが見渡す先では数多の選手が倒れ伏し、調理台も何もかもが消し飛び、とてもではないが調理できるような状況ではなくなっていた。

 壊滅的な被害が広がる中、一部の例外を除いて調理できる者は居ない。


「ふむ、やはり二流か。この程度で調理を放棄しているようでは料理人の風上にも置けないですね」


 冷めた目で睥睨へいげいするばかりであった。


「これは強い! ギャリッツ選手、圧倒的な強さです! 他の選手たちを寄せ付けません!」


 エーヴィの実況に意識を取り戻したミズキが勢いよく起き上がった。


「この料理大会おかしいよ! 全っ然、料理してないじゃないですか!? これじゃ命がいくつあっても足りないですよ!」


 そんな真っ当なことを叫ぶミズキの横ではアルフェイがすでに起き上がっており、床から噴出する水で調理器具を洗っていた。

 アルフェイに駆け寄りその肩をがくがくと揺らしながら必死に叫ぶ。


「アルフェイ君、ここは危険です、料理大会どころじゃありませんよ! こんな危険地帯から早く逃げましょう!?」


 アルフェイはミズキたちと違い一度死んでしまえばそれまでなのだ。

 よって、一刻も早くここから離れなければと焦るばかりだったが。


「実にくだらない。一流だ二流だとそんなものに拘ってなんになると言うのだね。料理人に必要なのはただひたすらに素材と向き合う心だよ」


 ガラガラと崩れる〈創土壁(ギゼムバーエス)〉から男が髪をかき上げながら登場した。


「今度はなんですかぁぁぁああ!?」


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