141話 襲撃者は爆破です!
オーヴェンたちが〈天眼〉を迎え入れた後のこと。
最近ではアルフェイと共に過ごすことの多くなったミズキは、いつものように家でお茶を飲みながらその帰りを待っていたときだ。
「ミズキ、たいへん!」
「んん!? けほっけほっ!」
アルフェイが帰ってくるなり突然大声を出したことでむせてしまう。
「ど、どうしたの?」
「オーヴェン兄ちゃんが危ないの!」
「どういうこと?」
アルフェイがいつものようにゴライアのアジトへと向かったときに、オーヴェンを襲撃する計画を偶然聞いたらしい。
「お願い、オーヴェン兄ちゃんを助けて!」
涙目ながらに訴えるアルフェイは鬼気迫る様子だ。
ミズキとしてもオーヴェンを助けるにはやぶさかではなく、できることなら助けたい。
しかし、問題はオーヴェンの位置を知らないということだ。
「助けられたら助けたいんですけど……う~ん」
位置がわからないのであれば助けようもない。
そのとき、テーブルの上に置かれていた風の紡ぎ石が目に入った。
「これならいけるかも?」
問題はすでに襲撃がされていたら連絡する余裕すらないことだ。
しかしそれもオーヴェンとの連絡がついたことで杞憂になる。
『どうした? そちらから連絡とは珍しいな、緊急事態か?』
「良かった、無事だったんですね。えっと、緊急です」
『まさかアルフェイの身に何かあったか?』
「いえ、オーヴェンさんのほうです」
『何?』
「アルフェイ君に聞いたんですけどオーヴェンさんたちが危ないらしくて、助けに行ってほしいと頼まれたんです。今どこに居るんですか? 場所さえわかればすぐに向かいます」
『今は『茫漠の遺跡回廊』に居るが……襲撃の規模はどれくらいなんだ?』
一度風の紡ぎ石から目を離しアルフェイへと向き直る。
「ごめんなさい、慌てて戻ってきたからわかんないよ……」
『その声はアルフェイか。相手の規模がわからないなら来ないほうがいいかもしれん。助けに来たはいいが仲良く返り討ちになったら笑うに笑えんしな。それに襲撃がわかったのなら逃げればいい。ん? チッ、間が悪いな。どうにか切り抜ける。俺のことは気にするな』
通信が途切れる直前、何かの衝撃音と剣戟の音が聞こえてきた。
「大丈夫ですよ。これでも少しは強くなりましたから! では早速行ってきますね!」
「う、うん、ミズキも気をつけてね!」
アルフェイの声を背後に家を飛び出した。
向かうは最寄りのポータルだ。風の導き石を手にオーヴェンの下へ向かう。
ミズキたちの知りえないことだが、今回の襲撃の原因はオーヴェン側が傭兵を集め始めたことにあった。
連合の規模が急激に膨れ上がり、そうしたオーヴェンたちの動きを妨害するため、または遅延させようとゴライアが動いていたのだ。
あわよくば連合の集まりそのものを無かったことにしようと、連合の中核であるオーヴェンが狙われていた。
*
『茫漠の遺跡回廊』にいくつもの爆発音が響き渡る。
オーヴェンがミズキとの通信を終えてすぐに戦闘が始まっていた。
『茫漠の遺跡回廊』は規則正しく積み上げられた石材によって形作られ、それらが連なり多層構造も相まって複雑な地形を持つ風化した遺跡だ。
崩れた壁の向こうに居る複数の人影から〈火弾〉や〈炎槍〉が放たれ、隠れているオーヴェンたちをあぶり出そうとしていた。
砕けた壁の破片が襲い掛かる中、オーヴェン含む四人が舞い散る破片を無視し通路を駆け抜ける。
「こうも攻撃が激しいと逃げるのも一苦労っすね!」
双剣を腰にさげる男、ロイが悪態をついた。
「ああ、罠かと思いもしたがやはり罠だったな……!」
通路の角を曲がりながらオーヴェンも言葉を発した。
なぜこのような状況になっているかと言えば、それは連合参加に関してオーヴェンに連絡が来たからだ。
それも街中では会えないという条件付きもあり、怪しいことこの上ないものだった。
しかし、オーヴェンたちに助けを求める者たちは往々にして秘密裏に会うことも多く、例え罠だとしても飛び込まざるを得ないという理由があった。
「やっぱりもう少し人数を連れてくるべきだったわね」
後ろを走る長術杖を持つ女性、ミレイが後悔を漏らす。
「それもそうでしたが、今すぐ動けるのはいつもの四人だった訳でしたから仕方ありませんよ」
最後尾を走る弓を持つ男、アイシスが時折後ろを警戒しながら言葉を続けた。
助けを求める者に時間的な余裕が無いことも多く、それらに手を差しのべることを信条とする彼らにとってはすぐに動く必要があった。
「こういう状況は今までもあったからな。とにかく今は突破することを優先するしかない。敵の数はどうだ?」
「そうですね。数が多いこともあり正確にはわかりませんが、見ただけでも二十人は居たかと」
「最低でも二十か、かなり厳しいな」
アイシスの言葉にオーヴェンは唸った。
確認できただけでも人数比は五倍という、正面から戦う考えを放棄するしかない戦力差だ。
されど単純に数が多ければいいというものでもない。
オーヴェンたちの技量が高いことや、入り組んだ地形を考慮すれば状況を打開できる可能性はある。
だが相手の正確な数やその力量がわからないのではおいそれと試す訳にはいかない。
オーヴェンたちが『茫漠の遺跡回廊』の遺跡群、その一室に隠れ爆発や飛来する矢から逃れていたときのことだ。
オーヴェンの風の紡ぎ石が反応した。
「む……?」
*
オーヴェンの風の紡ぎ石が反応する前のこと。
『茫漠の遺跡回廊』に到着したミズキは音のするほうへと走りだした。
ほどなくして石造りの建物へと魔法や弓矢、それに射杖を放つ者たちを見つけた。
恐らくあれがオーヴェンたちを襲っている者たちだろう。
遺跡の中には入らずに遠距離から攻撃し続けていたが、その狙いはバラバラなこともありオーヴェンたちの正確な位置がわかっていないのかもしれない。
しかしその密度は高く、物量にものを言わせて遺跡を次々と粉砕して回っていた。
このままではいずれ出てこざるを得なくなるだろう。
「う~ん、勢いで来てみたけどどうしよう……?」
ミズキは別の遺跡の上からひょっこり顔だけを出して呟いた。
視線の先には見えているだけでも四十人はくだらない。
「〈爆破〉でまとめて……はオーヴェンさんたちの位置もわからないし巻き込んじゃうかも……」
襲撃を退けたとしても、肝心のオーヴェンたちを吹き飛ばしてはアルフェイに合わせる顔が無くなってしまう。
かといってあの人数を前に正面から戦うには躊躇せざるを得ない。
というよりも戦いたくはないというのが本音であった。
「とにかくオーヴェンさんたちの位置がわからないことにはどうしようもないよね」
風の紡ぎ石を取り出してオーヴェンを呼び出してみる。
相手がどのような状況かはわからないので、繋がるかどうかは半ば運任せであった。
しかしそんな心配もすぐに終わり、無事にオーヴェンとの通信が繋がったのだった。
「あ、オーヴェンさん? もしもし、聞こえますか? もしもーし?」
『聞こえてるぞ。こっちは取り込み中なんだが』
「良かった、繋がりましたね。えっと、今『茫漠の遺跡回廊』の上のほうに居るんですけど、オーヴェンさんたちはどこに居ますか?」
『何で来た!?』
「アルフェイ君に助けて欲しいって頼まれたんですよ。ボクとしてもオーヴェンさんたちを助けたいという思いはありましたから」
『無茶をする。しかし渡りに船でもあった。そこから相手の状況とかはわかるか?』
「たくさん人が居て、魔法とかバンバン撃ってますね」
『だろうな。何人くらいかはわかるか?』
「たくさん居ますよ? ええと、四十人は居ると思うんですけど……」
『くそっ、多いな』
「多いは多いですけど、オーヴェンさんたちの位置次第では吹き飛ばせると思いますよ? たぶん……」
爆線槌は使いにくくはあるが威力だけは凄まじいのだ。
〈爆破〉の威力に耐えたのは『青炎金剛竜』くらいしかミズキは知らない。
強敵であった『黒色の重ね鎧』すらも一撃で倒し、その余波は周囲に被害を及ぼすほどの威力なのだ。
『ほんとにそんなことができるのか?』
しかしその威力を知らないオーヴェンが懐疑的なのも仕方がないだろう。
「威力が凄すぎて危ないので、オーヴェンさんたちの位置によっては使えないんです」
『そこまで凄まじいのか。位置はそうだな、攻撃を受けている建物の中に居るんだが見えるか?』
「大丈夫です。やっぱりデタラメに撃ってる訳じゃなかったんですね」
視界の先では未だに魔法などを景気良く撃ち続けている者たちの姿があった。
「でもその位置だと巻き込んじゃいますね……」
攻撃を続ける集団に投げ込んで吹っ飛ばそうものなら、近くにある遺跡ごとオーヴェンたちも消し飛ばしてしまう。
かといってあの人数を正面から相手にするのは厳しい。
どうすればいいか考えた結果、ひとつだけ方法を思いついた。
遺跡から後ろに飛び降り、集団からは見えない位置までやって来た。
相互の位置関係は襲撃者たちがロの字型の開けた位置に居り、その向こう側にある遺跡の中にオーヴェンたちが潜んでいる。
それらを直線に結ぶ反対側にミズキが居るというもので、襲撃者とミズキを隔てるようにして遺跡が存在していた。
そして身を隠す場所を見つけると飛び込み、爆線槌を遺跡に向かって投擲した。
「今から吹っ飛ばすのでオーヴェンさんたちも注意してください」
『ふっ飛ばすって一体何をする気――』
「〈爆破〉!」
遺跡に向かって放り投げられた爆線槌が紫光を炸裂させた。
凄まじい衝撃と光が撒き散らされ、近くにあった遺跡を崩壊させる。
衝撃波がミズキの下までやってきたが、身を隠す頭上を暴風が流れていく。
そして崩壊した遺跡は大中様々、無数の弾丸や砲弾となり襲い掛かる。
轟音に驚き振り向けば目の前に迫る岩の塊。
避ける間もなく飛来し、岩に当たった者を砕きすり潰した。
小石に当たった者は腕を飛ばしバランスを崩したのか転倒してしまう。
そこに容赦なく降り注ぐ岩塊の雨が押しつぶしていった。
轟音が響き渡る中に悲鳴と怒号が入り混じり、同様の惨状がそこかしこで繰り広げられる。
もはや襲撃どころではない。
そこへさらに爆発の余波と粉塵が襲い掛かり、大量の土砂や瓦礫も雨あられと降り注いだ。
衝撃はオーヴェンたちの下までやって来ていた。
小石程度であれば遺跡が盾となって防いでいたが、砲弾の如き岩が壁を貫通する。
「なんだこれは!?」
「とにかく数と威力が尋常じゃないわ!」
驚くオーヴェンに杖を構えるミレイが答える。
オーヴェンたちはミズキが準備するように言ったときに即座に行動し、かろうじて防御体勢を敷いていた。
四人が集まる周りには〈障壁〉が張られている。
障壁の中ではオーヴェンが先頭に立ち、取り出した大盾を構えるところだった。
そこに壁を貫通した岩の砲弾が〈障壁〉を撃ち砕いた。
「きゃああ!?」
「一撃でだと!?」
〈障壁〉を張っていたミレイが衝撃によって後ろに吹っ飛ばされてしまう。
「駄目だ、もっと奥に行く! 殿は俺がやる、ミレイを担いで奥に走れ!」
言うや否や倒れたミレイを担ぎ上げ奥へと一目散に走っていく。
その後ろを盾を構えながらオーヴェンが追随する。
直撃はほぼないものの、壁や天井が撃ち砕かれ爆発し、遺跡の破片が嵐の如く襲い掛かっていた。
オーヴェンたちが逃げ惑っていた一方で、襲撃者側といえばまともに動ける者は十人にも満たなくなっていた。
「ごほっごほっ! くそ、一体何が……!」
男が悪態をつきながら辺りを見回すが、大量の粉塵が舞い視界は著しく悪くなっていた。
そこへ振り下ろされる長柄戦斧が男を両断する。
遺跡を吹っ飛ばしたあと、粉塵に紛れ近づいてきていたミズキだ。
濃密な煙幕となってしまっている粉塵の中でも光を頼りに近づき、無造作にばったばったとなぎ払っていた。
一切の視界が効かない相手は避けるどころか反応することすらできず、次々に倒されていく。
「あ、そういえば煙幕とかもありましたね」
アルフェイと共に買い物に行った際、もしかしたら役に立つかもしれないと思い購入した煙晶石だ。
それらを魔法箱から取り出し、辺りにぽいぽい投げていく。
すぐに煙が噴出し、粉塵と相まってさらに視界が悪くなる。
自分の手すら見えなくなってしまった。
「うりゃああああ! おりゃああああ!」
相手が見えないのをいいことに容赦なく『ばとるん二号改』を振り回していく。
足が無くなり動けなくなっていた者に叩きつけ、瓦礫に埋まった者を瓦礫ごと粉砕していく。
実に容赦がない。
こうして襲撃者たちはミズキの姿を見ることすらできず、この場から全員転送させられた。
少し晴れてきたとはいえまだ視界が悪い中、風の紡ぎ石を使い語りかける。
「オーヴェンさん、無事ですか!?」
『ああ、なんとかな。そっちはどうなったんだ?』
「ここに居た人たちは全員倒しましたよ!」
『なに? 四十人は居たと聞いたが?』
「そうですね、たくさん居ました。なので〈爆破〉でまとめて倒したんです」
『〈爆破〉? さっきの何かが飛んできたやつか?』
「はい! あ、でも直接だとみんな消し飛ばしちゃうので建物をクッションにしたんですよ!」
『クッション?』
「そうです、直接衝撃が行かないように頑張ったんですよ!」
そうしてところどころ崩れた遺跡から這い出てきたオーヴェンたちが見たものは、変わり果てた遺跡群の光景だった。
反対側にもあった遺跡は木っ端微塵になり跡形も無く消え去っている。
這い出てきた遺跡も似たようなもので、その表面が崩壊していた。
そして辺りに広がる瓦礫、瓦礫、瓦礫。
ところどころに大穴が開いていた。
この穴はミズキが『ばとるん二号改』を叩きつけたものだ。
そんな惨状を目の当たりにしたオーヴェンたちは当然ながら驚愕に固まってしまっていた。
「これを、お前さん一人で……?」
「はい! いい感じに煙幕にもなってくれたのでそのままこれで倒しまくりました!」
そう言って『ばとるん二号改』をぶんぶん振り回す。
「うぅ、くそっ……一体何が起こったんだ……。釣られたアホ共を叩くだけじゃ、なかったのかよ……」
しかし生き残りが居たようで、ミズキたちを見上げながら呻いていた。
「あ、まだ残ってましたね。えい!」
『ばとるん二号改』を振り下ろす。
ボゴンという音と共に男を地面ごと粉砕した。
「今度こそ全員倒しましたね!」
「よ、容赦ねぇな……」
問答無用で粉砕したミズキにオーヴェンは顔を引きつらせていた。
「何はともあれオーヴェンさんたちが無事で良かったです!」
「あ……ああ、まさかお前さんがこれほど強いとは思わなかった。礼を言う」
オーヴェンたちに次々とお礼を言われたミズキは得意満面の笑みであった。
「あ、そういえば何で狙われていたんですか?」
「恐らくだが俺たちの動きが活発になったことが原因だろう。最近入った助っ人のおかげで連合の規模は急激に大きくなったからな。焦ったゴライアがちょっかいを出してきたってことだろう」
「そうだったんですね。じゃあアルフェイ君ももうすぐ安全になるんですか?」
「ああ、もうずぐだ」
「アルフェイ君も喜びますね!」
連合の規模が大きくなるにつれ、ゴライアや同じような者たちの動きが鈍くなったとのこと。
当初の予定ではゴライアだけを押さえるつもりであったが、連合が勢いづくと同時に、向こう側も対抗して同じような者たちを集めていったらしい。
何はともあれ、ミズキによってオーヴェンへの襲撃は文字通り粉砕されたのだ。
そしてここからはオーヴェンに任せるしかない。
人を集め動かすことなど良くわからず、出番があるとしたら今のような力で解決するときくらいだろう。
そうしてポータル前でオーヴェンたちと別れ、アルフェイにオーヴェンの無事を報告しようと帰る道すがらのこと。
建物の壁に貼られたとある広告を目にする。
「こ、これだあああああ!」
そこには料理大会の文字が大きく書かれ、優勝賞金は五○万シリーグとかなりの高額であった。
ミズキはアルフェイを料理大会に参加させ、オーヴェンとルーナへのプレゼントを買わせようと思い立った。
半ば断念していたプレゼント作戦だったが、機会があれば是非もない。
しかし、いくら高額の賞金であっても優勝は難しいことは明らかだ。
よってミズキが目をつけたのは優勝賞金の下に書かれている入賞の文字だ。
こちらならば難易度は下がり、もしかしたらとも思える。
その賞金額は優勝に比べれば小額であるものの一○万シリーグとなっていた。
早速ミズキはアルフェイに知らせるべく走りだした。