135話 力の結集
翌日もミズキは願いの祠へとやって来ていた。
教会へと足を踏み入れたミズキに声を掛けた者がいた。ユーグスティだ。
「や、今日も挑戦するの?」
「はい、今日こそ倒してやりますよ!」
あと一歩のところまでいったのだ。
今日こそはと気合を入れていた。
「ユーグスティさんたちはどうですか?」
「う~ん、私たちはあの後も戦ったんだけど全く倒せる気がしなかったねー。アドバイス自体は有効だったんだけど、こっちは人数も多いから火力の高い魔法を気兼ねなく撃てなくなる問題もあって上手くいかなかったよ」
「そうだったんですね」
昨日は情報提供を感謝され嬉しくなっていたが、結果が芳しくないことにしゅんとしてしまう。
「それでね、ものは相談なんだけど、私たちの装備を使ってみませんか?」
「え? でも、それは……」
そんな提案がされるもミズキは困惑するばかりだった。
それに貸し出しと言っているが他人に譲渡するからには盗難の心配も付いて回る。
「あの後話し合ったんだけど私たちではとても倒せそうになかったこともあって、まずはミズキさんにクリアしてもらってからそのあと手伝ってもらおうってことになったんですよ」
まずはミズキの目的である願いを叶えるために装備面で補助し、試練を突破してもらう。
そして一人で勝てるのならば複数人のほうにも出てもらい倒してもらおうということだった。
「それにほかの人にミズキさんの装備を勝手に見てもらったんですけど……その人が言うには命守と火守だけはかなりいいものだったけど、それ以外はその、遠慮無しに言えば酷いものらしくって……」
確かに今ミズキが着ている服は白と青の服で、リティスがその辺に落ちている素材で作ったものだ。
あまり防御力が高いとは言えない。
命守と火守もクーに優先して買うように言われ購入したものだ。
それ以外は間に合わせなこともあり、あまりいいものではないのだろう。
「武器は見てないからわからないんですけど、その装備で惜しいところまでいくのなら自分たちよりも可能性があるんじゃないかって、どうでしょう?」
「そうだったんですね。う~ん、でもいいのかなぁ?」
本当にいいのだろうかと不安になる。
ミズキ自身、親しくない者に装備を貸せと言われても首を横に振るだろうと思ったからだ。
過程に差はあれど、苦労して手に入れた装備が盗まれるかもしれない、そんなリスクがあるのに貸すということには抵抗があったのだ。
「大丈夫、と言っても私たちの中でも意見が分かれてますし、ミズキさんの目的次第では貸してもいいという人が居るのも確かです。良ければですけど、一度話し合ってみませんか?」
「う~ん、大丈夫なのかなぁ?」
そう言いつつも行き詰まっていることは確かであった。
ユーグスティに案内されれば教会にはほかの部屋もあるようで、今はそちらに集まっているらしかった。
そして扉を開くと雑然とした喧騒が急に静かになり、その場の視線がミズキへと集中した。
「という訳で話をつけてきましたー! 駄目で元々、各自の判断で装備の貸し出しをお願いしまーす!」
ユーグスティが言えば気のいい者たちが任せておけと受け答えする。
「私は目的を聞いてからよ。つまらない目的のために大切なものを預けたくないからそこは理解してくれるわよね?」
その中でも一人の女性が条件次第では貸してもいいと話し、何人かが頷いていた。
要らない対立を防ぐために最初から貸し出しに反対の者は別室で待機してもらっているためここには居ない。
「ということなんだ。俺もどんな願いを持って挑戦しているのか気になるしな」
別の男もそう続けた。
「う~ん、そもそも貸し出しについてはいいのですか? ボクがそのまま盗むかもしれませんよ?」
「そこは自己責任だな。何を貸し出すのかもそいつ次第といったところだし気にしないでくれて構わない」
「そういうことなら……。それでボクの願いでしたよね? まず糸切れについて――」
ミズキは今回の基本である糸切れについて確認し、アルフェイがそれに当たることを説明していく。
そしてそのアルフェイを助けたいと思い、教えてもらった情報を元に願いの祠に来たのだと話していった。
そうした結果、同情の嵐で「なんて健気なの……!」やら、「俺はこういう話には弱いんだああああ!」など、大方そういった反応が大多数でミズキが引いてしまうほどの同意を得ることができた。
「なるほどな、それならば俺は構わん。元より探索には損害が付き物だ。今回もそれに当たると考えれば悪くない。俺は賭けるぞ」
「なるほど、人助けのためだったのね。そうなら私も異論は無いわ」
ミズキへの装備集約が決定した瞬間であった。
*
装備を貸してもらったミズキは兎の像の前にやって来ていた。
何はともあれ、装備が充実したことに変わりはない。
これならばと送り出されるところだった。
「ええと……行ってきますね」
周りからは応援の声が掛けられ、これで良かったのかと疑問に思い首を傾げてしまう。
そして像に手を触れミズキが転送されると、もはや見慣れてしまったドーム状の空間へとやって来た。
「よし、とにかくやりますよ!」
良くわからない装備もあったが、自分なりに扱えそうなものを選択していた。
試練は何度も挑戦できることもあり、扱えるかどうかは実戦で試すつもりだ。
変わったところと言えばまずは見た目だろう。
普段着ている白と青の服の代わりに今はミズキの知る忍び装束のようなものを着ていた。
これは自身の存在を霞ませ一撃を無効化するというもので、発動こそ任意だが一回発動すればしばらく使えない保険のような装備だった。
そんな装束に前面が開かれたえんじ色の外套を羽織る。
これは主に対魔法用の防具で、前面に広げることによって爆風や熱波などを受け流すことができるというもの。
それと飛空靴と呼ばれる空中で足場を一定回数作りだすことのできる靴を履いていた。
ほかには色とりどりな上に多種多様な守を付けている。
その数なんと火守以外の五種類を三つずつ付けた十五個。
一個一個がかなり値の張る性能のものであり能力を底上げしていた。
氷守は火属性以外への大幅な威力と防御上昇を。
風守は動きの補助、主に大幅な速度強化と風による防御を。
土守は単純な防御力の上昇と障壁による重防御を。
毒守はそれぞれ生命力と魔力を消費しての大幅な能力強化、それと感覚を鋭化した後徐々に鈍化させる短期決戦用のもの。
そして回復力を高める命守が毒守のデメリットを軽減する役割を担っていた。
そのため今のミズキはとんでもないことになっていた。
そして『黒色の重ね鎧』との規定のやり取りを終え『ふぃぐりん一号』を投擲して倒す。
ここまではこれが一番楽そうなので変わりはない。
次は『ばとるん二号改』を取り出す。
そして問題の二回目である武器の無い『黒色の重ね鎧』との戦闘が始まった。
『黒色の重ね鎧』が踏み込んでくる。
しかし同時にミズキも踏み込んでいた。
足払いの動作に入ったのでさらに加速する。
懐に飛び込み軸足に向かって振りぬくが『黒色の重ね鎧』は跳躍することによって逃れる。
ミズキを飛び越え体を捻り、空中からのかかと落としが床を粉砕する。
ミズキは前に跳びながら避けていた。
そして透明な足場を跳躍し『黒色の重ね鎧』へと斬りかかった。
金属が擦れる音と共に火花が散る。
胸部を狙った一撃に薄皮一枚斬られながらも、『黒色の重ね鎧』は上体を逸らすことによってかろうじて回避していた。
一瞬で両者の位置が入れ替わる。
ミズキは足場を使い追撃しようとしたが咄嗟に体を反転させ空中を蹴った。
下方向へと逃れたミズキの上を、ほぼノーモーションから繰り出された回し蹴りがうなりを上げて通り過ぎていく。
まだこのような奥の手があったのかと呆れる思いだったが、続く拳が考える余裕を与えない。
飛空靴で横に回避しながら長柄戦斧を割り込ませ、相手の力を利用し後ろに弾かれるように飛んでいく。
壁に着地することによって靴による足場生成回数を回復させた。
『黒色の重ね鎧』はすでに追撃に踏み込んでおり拳が振るわれていた。
横に斜めに壁を縫うように回避する。
まるでミズキの後を追うように壁が粉砕される音が連続していく。
ミズキは渡された装備のひとつである烈槍を取り出した。
これは投擲後、凄まじい加速によって対象を貫く弾丸のような機能を持つ槍だ。
それを牽制用に投げる。
兜を狙った烈槍が瞬時に加速し回避を余儀なくさせる。
同時に踏み込み長柄戦斧を振りぬいた。
金属を切断する轟音と火花が散り、床に巨大な金属片が落下する。
回避したところを狙い済ました一撃は、すんでのところで割り込んだ左腕を切断するにとどまった。
回避できないと踏み左腕を犠牲にして防いだのだ。
『黒色の重ね鎧』が一度大きく飛び退き床を打ち衝撃波を放つ。
今度は円形に広がるものではなく、空中に居るミズキを狙った指向性のある衝撃波だ。
対するミズキは踏み込んでいた。
外套を広げてやり過ごし長柄戦斧を振り抜いた。
そんなミズキの予想外の動きに反応が一瞬遅れてしまう。
耳をつんざくような、凄まじい音と共に長柄戦斧が兜へと切り込み、まるで引き裂かれたような切断面を作った。
その力は凄まじく、金属片が紙切れの如く舞い散り、『黒色の重ね鎧』がのけぞったまま動かなくなった。
「やった! やりましたよ、やっと倒せました!」
着地したミズキは『黒色の重ね鎧』が動かないことを確認すると飛び跳ね喜んでいた。
これでアルフェイの糸切れを直すことができるかもしれないと。
思えばここに来るまでとても長かった。
大図書館へと向かい、さらに深層と呼ばれる領域をさまよい、そして願いの祠へと呼ばれるここでの激闘の数々。
嬉しくないほうがおかしい。
しかし、ミズキが喜ぶ先では『黒色の重ね鎧』の鎧がばらばらと床に落下していくなか、一回り小さい黒鎧が佇み赤い眼が点灯する。
そして衰えることのない闘志を漲らせていた。
「へ……? ええええええええ!?」