134話 強敵
ミズキは迫る拳に壁ごと粉砕されていた。
「もおおおおおお!? なんですかあの動きは! 大きい鎧なのにすごい身軽でぴょんぴょん飛び回って手足をぶんぶん振り回して!!」
怒りに任せ、リベンジのために兎の像に手を触れ体が光に包まれる。
ドーム状の空間へとやってくれば、規定の文言によるやり取りがされ『黒色の重ね鎧』が動き出す。
一回目の対処方法は決まっており『ふぃぐりん一号』による〈爆破〉をもって粉砕する。
そして問題は二回目である武器を持たない格闘スタイルの『黒色の重ね鎧』だ。
対峙し『ばとるん二号改』を取り出す。
文言のあとに『黒色の重ね鎧』が礼を終えると凄まじい速度で踏み込んできた。
何十と戦えばただ倒されるばかりではなく、わかったことがあった。
そのひとつがこちらも飛び込んだほうが安全だということだ。
床を抉りながら繰り出された脚払いを斜め前に跳んで避ける。
こうすれば少なくとも追撃の回し蹴りを出すことができなくなるのだ。
しかし『黒色の重ね鎧』も瞬時に対応し、回転する勢いそのままに裏拳を放つ。
空気を切り裂きながら迫る重質量の拳は受ければただではすまない。
ミズキは空中で長柄戦斧ごとロールするように回転し一撃を受け流す。
わざと下方向に弾かれるようにしたのだ。
着地と同時に踏み込み足をなぎ払った。
しかし『黒色の重ね鎧』が恐るべき反応速度をもって跳躍し、回避したかと思えば体を捻り全体重を乗せた裏拳を振り下ろしてきた。
床が砕かれ破片が飛び散る。
かろうじて回避に成功していたミズキが転がっていた。
即座に体勢を整え構えるも『黒色の重ね鎧』が大きく距離を取った。
その足元には剥がれ落ちた鎧の破片が散乱している。
あろうことかそれらを指に挟むようにして拾い、弾くようにして撃ち出してきた。
迫る弾丸を避ければもと居た場所に穴が穿たれていた。
『黒色の重ね鎧』は残り七個の破片を流れるような動作で次々と撃ち出してくる。
ミズキは横に走り、跳躍する。
その周りでは弾丸となった破片が床を穿っていく。
避けきれないものは長柄戦斧で防ぐ。
最後の一発を避けたミズキが見たものは、『黒色の重ね鎧』の足の甲ほどもある巨大な破片が宙を舞っているところだった。
落ちた破片を踏みつけ反動で浮かし、それを蹴り飛ばした。
でたらめな速度で迫る巨大な破片に向かって飛び込む。
頭上の僅か上をうなりをあげて通り過ぎ、背後の壁に当たり大穴を開けた。
牽制に『ばとるん一号』を胸の辺りに向かって投擲する。
回転しながら迫る『ばとるん一号』を『黒色の重ね鎧』がのけぞるようにして避け、そのままバク転し後方に跳躍。
壁を蹴り、さらに高く飛ぶと体を捻りながらのかかと落としが床を割り砕いた。
ミズキは『ばとるん二号改』を盾のようにしながら後方に跳躍することで、その衝撃の大半を受け流していた。
壁に着地すると同時に斜め上に向かって跳躍する。
その下を巨大な拳が貫き壁を粉砕した。
『黒色の重ね鎧』は用心深く、一切の容赦も手加減もしてこない。
繰り出される一撃は全て必殺のそれ。
しかし、今放ったものはその中でもこちらを仕留めるために放たれたものだ。
完全に踏み込んだからには瞬時に動くことはできず、放たれた一撃と交差するようにミズキは飛び込んでいた。
避けようがない必殺の間合い。
このときをミズキは待っていた。
「ううりゃあああああ!」
長柄戦斧を空中で振り抜く。
しかし『黒色の重ね鎧』が凄まじい反応を見せ、赤い眼を灯したフルフェイスがミズキへと迫る。
ミズキと同じように間合いの内へと踏み込んできたのだ。
僅かにタイミングをずらされ、一撃は十全に力を発揮することができすに火花を散らす。
ミズキは頭突きによって弾き飛ばされてしまった。
床に激突しすぐに体勢を整えるも、『黒色の重ね鎧』は真下に向かって拳を突き出していた。
床を砕く衝撃波が全周に広がり、暴れ狂う津波の如く迫り来る。
上方へ避けたミズキに逃げ場はない。
「ッ!?」
『黒色の重ね鎧』の拳が迫る。
ミズキは咄嗟に武器を投げる反動で回避した。だが放たれた拳はフェイントのそれ。
拳がミズキの横を通り過ぎることはなく、『黒色の重ね鎧』は腰を落とし重心を低くしていた。
してやられた、そう思ったがすでに遅い。
身動きができず、爛々と輝く赤い眼がミズキに狙いを定めていた。
『黒色の重ね鎧』が回転し、床を軸足で蹴り砕きつつ前方回し蹴りを放つ。
遠心力と全身のバネを使った最速の一撃がミズキを打ち抜いた。
*
「うがあああああ! あとちょっとだったのにぃぃぃぃ!!」
教会へと転送されたミズキが叫んでいた。
そしてひとしきり発散するとぱたりと倒れこむ。
「……疲れた」
「大丈夫?」
そんなミズキをユーグスティが覗き込んだ。
「大丈夫じゃないです! 強すぎます! 腹が立ちます! なんなんですかあれ!?」
「そっちも芳しくないかー……」
「ユーグスティさんのほうも駄目なんですか?」
「うん、武器無しにいいように翻弄されてボッコボコにされて全滅を繰り返してるよ」
「はぁ」というため息が同時に出た。
そしてユーグスティはミズキの隣に座り込むと頭をがっくりとさせた。
「ほんっと、強いよねあれ……。大槌持ちに数を減らされた上にあれはえげつないよ」
「速いですもんね」
「そっちはどんな感じだったの? 良ければ情報の共有をどうかなーって」
そう切り出すユーグスティに対し、激闘によって動く気力が無いミズキは目線だけを動した。
「別にいいですよ」
「ごめん、助かるよー。まずは言いだしっぺのこっちの戦い方を話すね」
そうして語られた内容は魔法や弓、それに射杖などでとにかく弾幕を張るような戦い方だった。
近づかないように遠距離攻撃のできない者が牽制し、ひたすらに削っていくというもの。
装備だけでなく体力や魔力も回復するので全力での射撃だ。
しかし、そもそもが速すぎて直撃は難しく、サイズ差も相まって間合いはあちらのほうが長い。
果敢にも近づき、攻撃を仕掛けようとした者は漏れなく手痛いカウンターを食らっていた。
「ざっとまぁこんな感じで打つ手が無いんだよね。ほんとどうするかなぁ……」
話を聞いた限りでは遠距離の攻撃手段があればもっと違うのだろうかと考えた。
だがあの速度では『ふぃぐりん一号』の〈爆破〉など当たりそうもなく、最悪蹴り返されるなどして一巻の終わりだろう。
「そっちはどんな感じだったんです?」
「そうですね。今戦ったときは――」
そうして先ほどの武器無しとの戦闘を最初から順に説明していったのだが。
「ごめん、何を言っているのか全然わかんないや。というよりも参考にならない……? あの動きを予想してカウンター食らわせるとか冗談だよね? それに聞いた限りじゃことごとく前に突っ込んでいってるし……」
ユーグスティが信じられないものを見たかのように愕然としていた。
一言で言うならばお前の戦い方はおかしいと。
「え? でも前に踏み込まないと攻撃できませんし一番安全ですよ?」
「訳がわからないよ。近づいたら攻撃が飛んでくるでしょ……」
伝わらないことに首を傾げるしかない。
手足の可動範囲が限られているのだから、その内側は攻撃されにくい。
そのことから外側より遥かに安全なのだが、ユーグスティはその感覚を飲み込めないでいた。
「う~ん、原理はボクの長柄戦斧と同じですよ?」
そう言うと立ち上がり『ばとるん一号』を取り出した。
「今はボクの長柄戦斧の刃がユーグスティさんを切る位置を捉えてますよね?」
「うん」
座ったままのユーグスティの横に『ばとるん一号』をかざす。
そしてミズキが一歩前に歩き、刃の部分がユーグスティを通り過ぎ柄の部分が当たる位置となった。
「これだと当たっても柄なので威力もないですし遠心力も全然乗らないです。それに刃のある部分に比べて振りが遅いですよね?」
「あ、そっか! やってることは同じで規模が違うだけなのか!」
ユーグスティが納得したとしきりに頷いていた。
「何もいい情報を出せなかったこちらとしてはなんとも心苦しいんだけどいい話が聞けたよ。ありがと~」
「気にしないでください」
「ごめん、早速仲間に話してくるよ!」
そう言うとミズキから離れ、分かれていたグループに呼びかけ始めた。
そんなユーグスティを見送ったミズキは一度帰ることにした。
体力や魔力は回復するものの、気力までは回復せず、極限の集中が求められる戦闘を続けていたため消耗し切っていたからだ。
そしてリティスの下へと帰ってきたのだが、やはり起きた様子も起きる気配もなく昏々と眠り続けていた。
*
魔女の領域を経由して、『森の都』にある家に帰ればアルフェイが出迎えてくれた。
「おかえりミズキ!」
「ただいまです!」
その笑顔は眩しく、数日に渡る探索の疲れも相まってどこまでも癒されるようだった。
探索のあいだも風の紡ぎ石による連絡は無かったので、大丈夫だとは思っていたが元気そうであった。
「そういえばオーヴェン兄ちゃんが来たよ」
「そうなの?」
「うん、まだちょっと準備に時間がかかるんだって」
多数の結盟による連合の結成についてだ。
しかしそれは容易なことではなく、今しばらく時間が掛かるというもの。
状況が整うまでは迂闊に動くことはできず、しばらくは現状維持になるだろう。
それはそれとしても、アルフェイは今もゴライアにお金を渡しに行っている。
また値段を吊り上げられたそうだが、オーヴェンが追加で置いていった金額もあって大丈夫とのことだ。
それからはミズキが大図書館や願いの祠でのことを話していった。
全く知らない世界のことにアルフェイは喜び、より詳細な話を聞きたがった。
「それで今は願いの祠というところで願いを叶えてもらうために試練に挑戦してるんです。その試練の相手がズルイくらいに強いんですよ! 大きいし速いし容赦ないし……!」
「そんなに強いの?」
「それはもう鬼のようですよ。例えば――」
振り回す大槌の威力は筆舌に尽くしがたく、一回でもまともに当たれば一撃で死んでしまうことを話せば。
「こ、こわいね……」
倒したかと思えば中からまた黒鎧が出てきて今度は素手で殴ってくる。
気づけば目の前に迫り、流れるような連続攻撃に苦戦を強いられるどころか圧倒され続けていると。
動きの緩急が凄まじく、手数も多くなったうえに必殺の一撃は健在なのだからなおたちが悪い。
「今日はあとちょっとのところまでいったのに一瞬で逆転されたんですよ! もっと手加減してくれてもいいのに……!」
「そ、そんなのが居るんだ……」
「でもあとちょっとだったんですよ! 次こそは勝つんです! 勝って、アルフェイ君の糸切れを直してもらうんですよ!」
「ミズキ……。ミズキはどうしてそこまでしてくれるの?」
そう言って不思議そうに首を傾げた。
「そうだね、理由はいろいろあるよ。ボクが一人で不安に思ってたときに手を差しのべてくれた人が居たから……かな? それにアルフェイ君を見てると前のボクを見てるような気がして放っておけなくって」
「ぼくとミズキが一緒だったの?」
「うん、ボクも最初は怖くて仕方なかったよ」
「そう、なんだ……」
アルフェイがミズキの言葉を繰り返し感じ入っていた。
そして、アルフェイにとってのミズキはすでにかけがえのないものになっている。
また安心のできる木陰のような存在にもなっていた。
対してミズキは最初こそ同情心が強かったが、アルフェイと共に過ごすうちにその考えも変わっていった。
今では帰れば出迎えてくれ、もし子供が出来たらこんな感じなのだろうかと。
それに相手が子供だということもあるのだろうが、ミズキにとってもアルフェイは癒しを与えてくれる存在となっていたのだ。
食事を終えてからは風呂を済ませ就寝の時間となる。
アルフェイが一緒に寝たいと言ってきたので、快く了承すれば二人で掛け布に包まり、夜の静かな時間が過ぎていく。
遠くからは人の営みによる喧騒が僅かに聞こえていた。
その音の中でアルフェイは身をよじりミズキへと抱きついていた。
「あ、暑いですぅ……」
一方のミズキからはそんな寝言のような、呻きのようなものが漏れてしまっていた。