133話 試練
そしてミズキは願いの祠と呼ばれる教会のような建物の前にやって来ていた。
てっきり祠というからには洞窟のような場所を想像していたのだが、そんな予想に反して全く違っていた。
中に入るとほかにも人が居り、数人単位で固まって何やら話し合っていた。
どうやら願いの祠の攻略法についてのようで、入ってきたミズキに気がつくもミズキを一別するだけにとどまった。
教会の奥には台座の上に兎の像が置かれていた。
あれが恐らく言っていた兎の像なのだろう。
ほかの者たちのあいだを通り過ぎ早速兎の像へと手を触れた。
そのとき周りからざわめきが聞こえたが、疑問に思う間もなく光に包まれその体は転送されていった。
光が収まった先はかなり広いドーム状の空間になっていた。
材質は石だろうか、光は最低限といったぐあいでかなり薄暗い。
そして部屋の中央には黒色の全身鎧が膝をついていた。
しかし、ただの黒い鎧ではない。
ミズキの二十倍はあろうかというほどに巨大であった。
『汝、試練を受けしモノか』
重い、くぐもった声が響いた。
「そ、そうです。試練を突破してアルフェイ君を助けるんです!」
『承知』
一言答えれば地響きを起こしながら立ち上がり、黒いフルフェイスに赤い光の目が宿った。
そして黒鎧は何もない空間から巨大な槌を取り出すと礼を取った。
ミズキも驚きながらも礼を返せば黒鎧が槌を構える。
『尋常に参る』
一歩踏み出しこちらに突進してきた。
動きは緩慢だったが巨体なこともありその速度は凄まじい。
『ばとるん二号改』を構えたときにはすでに目の前に迫っていたのだ。
そして巨大な槌が振り下ろされ床が轟音と共に爆散した。
ミズキは後ろに避けていたのだがその衝撃は凄まじく、体勢を崩しながら半ば吹っ飛ばされるようにして離れていた。
黒鎧は振り下ろした体勢から一転、槌の柄を押し出すようにして自身も前進していた。
振り下ろした槌と前後の位置が反転するように動いた黒鎧が槌を振り上げた。
凄まじい音と共に床が割り砕かれ、迫った槌がミズキを捕らえた。
『ばとるん二号改』で受けるも途方もない衝撃により砕け散り、またミズキも光に包まれ転送されてしまった。
「び、びっくりしました……!」
転送されたミズキが勢いよく起き上がった。
ここは先ほどの教会内だ。
「なるほど、確かにこれは試練です!」
「ねえ、ちょっと君――」
「何度でもやってやりますよ!」
周りに居た者の一人である女性が話しかけようとするも、ミズキは光に包まれその姿を消してしまった。
そして再びやってきたドーム状の空間だったが。
「し、しまったのです!」
『ばとるん二号改』を取り出そうとしたが、先ほどの戦闘で全損してしまったことを思い出す。
完全に壊れてしまったので直るまで時間が掛かり修復中だったはずなのだが。
「あれ? 直ってますね?」
白い輝きを放つ刀身からは損耗などまるで感じられない。
それにあれほどの一撃を受けたにも関わらず、着ていた服も破けるどころかほつれすらない。
「もしかして、元通りになるのかな?」
ミズキの思うとおり、この空間で破損や消耗したものは元に戻るようになっている。
武器が元に戻る分には問題は無いため、あまり気にしてはいなかったが。
そうしていると黒鎧がくぐもった声で話しかけてきた。
『汝、試練を受けしモノか』
「そうです!」
『承知』
黒鎧に赤い目が灯り重い音と共に立ち上がった。
『尋常に参る』
「先手必勝です!」
『ばとるん二号改』を収納し、代わりに『ふぃぐりん一号』を取り出し迫る黒鎧へと投擲した。
「〈爆破〉!」
魔力の鎖を焼き切りながら注がれた魔力が鉄球部分へと流れ込む。
紫光が放たれ、凄まじい轟音と衝撃波が広がりドーム全体を震撼させた。
衝撃波が粉砕された床を撒き散らし、破片が辺りに降りそそぐ。
反響していた音が次第に小さくなっていく。
煙が晴れると床には大穴が開き、その周りもヒビが広がっていた。
「やりました!」
無残な姿となった黒鎧を前に喜び飛び上がる。
しかし、黒鎧が光に包まれると鎧が剥がれていく。
重い衝撃音と共に次々と鎧が落下していき、そこには一回り小さくなった、とはいっても依然としてミズキの十五倍ほどもある巨大な黒鎧がたたずんでいた。
『見事。汝に更なる試練を』
「うぇええええ!?」
『尋常に参る』
一足飛びに猛然と黒鎧が迫る。
右足による脚払いのような蹴り、その一撃は床を削りながらミズキへと襲い掛かった。
咄嗟に上に跳ぶことによって避けたが、回転する勢いそのままの左回し蹴りがすでに目前へと迫っていた。
『ばとるん二号改』を取り出し受けるもその衝撃は凄まじい。
武器が砕かれることはなかったものの、遥か後方へと吹っ飛ばされ壁へと叩きつけられた。
その直後に黒鎧の拳によって壁ごとミズキは粉砕された。
教会に再び転送されたミズキは起き上がり。
「もおおおお!? 二回目があるなんて卑怯ですよ!」
想定外だと叫んでいると周りがざわついた。
そして先ほどの女性がミズキの下までやって来ると話しかけてきた。
「君、大丈夫?」
「大丈夫じゃないですよ! なんなんですかあれ! コンボですよ! ハメ技ですよ!?」
女性が心配そうにするもミズキは黒鎧が反則だと憤慨する。
倒したと思ったら続きがあり、有無を言わさずに倒されてしまったからだ。
「え、そうなの? じゃなくて! さっき二回目があるって言ってたけどまさかあれを一人で……?」
「そうですよ? 倒したら鎧が取れて中から一回り小さい鎧が出てきましたから」
その瞬間、周りでのざわめきが強くなった。
いわく、「あれを一人で?」や「一体どうやってあの巨体を倒した」など。
さらには「そもそも一人で挑戦する気すら起こらない相手だぞ」とささやかれていた。
「ひ、一人で倒すなんてすごいんだね……。ものは相談で良かったらなんだけど、一緒に試練に挑戦してみないかなー……なんて?」
「え? 複数人で挑戦できるんですか!?」
試練というからには一人で挑み、その力を証明しなければならないと思っていたミズキが驚愕する。
しかし、あれほどの強さを誇る黒鎧に対し、複数で挑戦することができれば勝率は上がるだろう。
「知らなかったんだ……。腕試しに一人で挑戦してたのかなーと思ってたんだけど違ったんだね」
普通の考えでは単独戦闘のそれ自体がかなり変わった考えであり、協力して勝率を上げることが基本だとされていた。
「けど一人で倒せるなら一緒にやれば試練を突破できるかもしれないし、そうすれば祝福も全員貰うことができるしどうかな?」
「祝福ですか?」
「うん、試練を克服した人全員にもらえるよ。祝福を受ければ能力が強化されるんだ。だから協力して倒そうとしていたんだけどなかなかねー……。一回目を何とか突破しても二回目で全滅しちゃうんだ」
女性の言うようにここにいる者たちは風の紡ぎ石での呼びかけによって集まった者たちだ。
しかし黒鎧が予想以上に強く、一度攻略を中止して続けるかどうかを話し合っていたところだった。
「あ~……あの動きはびっくりですよね……。気がついたら目の前に迫ってますし、大きいのに速いとか反則です。はぁ、こんなんじゃ願いを叶えてもらうのにどれだけ時間が要るのかな……」
「え、願いですか?」
「はい、ここの試練を克服すれば願いを叶えてもらえるって教えられましたので」
深層図書の地下深くに居た知精霊に教えてもらい、試練を受けに来たというのにまるで歯が立たない。
そのことに落胆を隠せないでいた。
しかし、そんなミズキの様子とは違い女性は唖然としてしまっていた。
「あれ、違うんですか?」
女性のただならぬ様子に首を傾げると、女性はようやく動き出しぽつぽつと言葉を発し始めた。
「あ、えっと……願いを叶えてくれるとも言われてるよ?」
「やっぱりそうなんですね!」
違っていたらどうしようかと思ったが女性の言葉に安堵した。
しかし。
「けど、それは単独で試練を突破した人だけだね……。複数人で挑戦した場合は報酬が祝福になっちゃうよ」
一人での突破は難しい。
女性の提案が渡りに船だとばかりに思っていたミズキだったが、その一言で再び落胆することとなった。
「あれを一人で……」
それは恐ろしく困難なことだろう。
一度出直すことも考慮すべきかもしれない。
幸い、ルーナに譲ってもらった素材があるので、装備の充実を計ってから挑戦することもできるのだ。
「協力して対策を立ててから一人で挑むこともできるけど、どうします? もちろんそっちにも目的があるだろうから強制はできないけど……」
ありがたくも女性がそう提案するがミズキの考えはすでに決まっていた。
「いえ、一度戻って装備を整えようと思います」
「そっか。また縁があればその時はよろしくね!」
「はい、こちらこそよろしくお願いしますね!」
そう言うとミズキはリティスの下へと帰還していった。
*
「戻りました!」
魔女エマヴィス・リティスの領域にミズキの声が響くも返事はなかった。
「あれ、寝てる? リティス様ー! 起きてくださいー!」
しかし呼びかけるも起きる気配は全くなかった。
「むぅ……」
直接起こしに向かいたいところだが、ミズキの居る場所は机の上でかなりの高さがあった。
リティスの眠るベッドからはシーツが垂れており、そこから上り下りはできそうだったが机の脚しかないこちら側は難しいだろう。
考えた末にロープになりそうなものを探し、見つけた布の端切れを糸状にほぐしていく。
足りない長さは結ぶことで足していった。
「完成です!」
早速手頃な場所に糸を結び降りていった。
ベッドを登っていきリティスの顔をぺちぺち叩くが反応がない。
「疲れてるのかな? そういえば寝るって言ってたような……」
顔をぺちぺち、ぺちぺちと幾度となく叩いたがまるで起きる気配はなく、仕方なく諦めることにした。
そして願いの祠へと戻ってきたミズキに先ほどの女性が話しかけてきた。
「あ、随分早かったね。準備は万端ってところ?」
「それが……リティス様が起きてくれなかったのでそのままなんです……」
「ありゃりゃ、それは残念だったね……。それでどうする?」
どうする、とは一緒に試練に挑むかどうかということだろう。
最終的に一人で倒さなくてはならず、すぐに再挑戦できることもあり一人で続けることを伝える。
「うん、了解だよー! 気が向いたらいつでも声を掛けてね! あ、私はユーグスティって言うよ。良かったらそっちの名前も教えて欲しいなー。一応ほかの人たちにも話しておきたいし」
「わかりました、ボクはミズキって言います」
「え、ミズキってあのミズキ!?」
「え? ボクのことを知ってるんですか?」
予想外の反応に思わず聞き返してしまう。
「うん、未だ二回目の討伐が達成されてない『自在砲剣』の討伐者として有名だよ! 『自在砲剣』はとんでもない強さで、青の月による属性強化が無くならないと討伐は厳しいって話で――って、そんな感じで記事になってたよ!」
「へぇ~……そ、そんなふうになってたんですね。でも相打ちでしたしボクだけじゃ倒せなかったですよ?」
「うん、確かに相打ちだって書かれてたね。けど例え相打ちでも最大貢献度なのは間違いないと思うなー。それに素材を手に入れて実質的にも勝ったんだし、すごいことだと思うよ?」
名前を教えただけで急に褒められてしまったことに戸惑い、ミズキはなんとも言えない恥ずかしさにうつむいてしまう。
自分では装備のごり押し、しかも自爆という後先を考えない方法で討伐したので後ろめたくもあったのだ。
「けどまさかこんな可愛い子だとは思わなかったなー。それだけ強いなら単独攻略狙いも納得だよ」
「あ、あの……ボクはそんなに強くないですよ?」
「そうなの? っていやいや! 『黒色の重ね鎧』を単独で撃破した人が弱い訳ないって!」
「それもほとんどズルみたいな方法で……」
ミズキにしてみれば導火線付きの爆弾を投げつけただけなのだ。
とてもではないが誇れるものではないと、そう考えていた。
「う~んそうなのかな? 要は倒せればいいんだし倒せないよりは絶対いいと思うよ?」
「そうなのかな?」
「うん。ズルだろうがなんだろうが勝ったもん勝ちだよ。相手も大概だと思うしね」
「それもそうですね!」
『自在砲剣』しかり。
『青炎金剛竜』しかり。
それに最近戦った『暗眼』もまともに戦っては勝つことが厳しい相手だった。
それに勝てば官軍ということわざもあり、これを期に前向きに考えるようにした。
「要は勝てばいいんです!」
そう思えば、今まさに高く立ちはだかる壁である試練さえも、突破してやるという気持ちが湧き上がってくる。
(どんな壁だろうと粉砕してやるんです!)