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132話 図書迷宮の主


 通路を通り過ぎた先は一面が本に埋め尽くされた、『森の都(エゴラ・トリース)』の建物の変わりに本棚があるようなところだった。

 複雑に入り組み、立体的な迷路にところ狭しと本が押し込められている。

 明かりは乏しくかなり暗い。


「うぅ、何か出そうです……。それになんでこんなにわかりにくいんですか……?」


 迷路のような本棚に挟まれた通路を進んでいたミズキがぼやいた。


「ホン!」


 前を歩く『本食犬』が振り向き、いいからついて来いといったふうに吠えた。

 それについていき階段を登っていく。

 先は橋のように架けられた通路だ。

 その通路の上に柱のような本棚が遥か上まで続く、そんな光景に大丈夫なのかと思いながらも歩いていった。

 そして今度は曲がりくねった階段を下っていき、いくつもある分かれ道を『本食犬』に案内されながら進んでいく。


「ホン!」


 そのとき、『本食犬』が吠えたかと思えば本棚から一冊の本が飛び出してきた。

 宙に浮く本はかなり大きく、開くとギザギザの歯のようなものがついていた。


「出ましたぁぁぁあああ!?」


 本の魔物が歯を打ち鳴らして迫り来る。

 咄嗟とっさ唯一無事(ゆいいつぶじ)だった『ばとるん二号改』を取り出し打ち込んだ。

 軽い手ごたえと共に裂けた紙が舞い、すぐに本の魔物は粒子となって消えていった。


「はぁはぁ、び、びっくりしました……」

「ホン! ホン! ホン!」


 『本食犬』が上を向きながら吠え、見上げれば本棚から無数の本が飛び出しているところだった。


「へ?」


 無数の本がガチガチと歯を打ち鳴らしながら雨の如く降りそそいで来た。


「ぎゃああああああ!?」


 嵐のように迫る本の大群を前に、『ふぃぐりん一号』で殲滅せんめつしようとしたのだが――


「そうでした! さっき使ったんでしたぁぁああ!」


 柄だけとなった爆線槌を握りながら脱兎の如く逃げ出した。

 しかしすぐ後ろにまで追いつかれてしまい、持ち替えた『ばとるん二号改』を一閃する。

 その一撃によって何冊かの本が切り裂かれたがいかんせん数が多い。

 断ち切れなかった本がガジガジと『ばとるん二号改』に噛み付いた。


「いやあああああ!?」


 振り回して払おうとするも本は離れない。

 直後、本の大群が頭上に迫りミズキは前に飛び込むようにして回避する。

 振り向けば元居た場所の床には本が衝突し続け、床を凄まじい勢いでごりごりと削り取る光景が続いていた。


「ひえええ!?」

「ホン! ホン!」


 恐怖に固まるミズキの服を『本食犬』が引っ張っていた。


「こ、こっちってことだね!?」

「ホン!」


 『本食犬』が走り去った方向へと続き、その後ろには方向を変えた本の大群が追いすがる。

 狭い通路を右に左に、ときには通路を飛び降り別の通路へと逃げ込んでいく。

 ようやく振り切れたときには辺りに本棚は無くなっていた。


 その代わりに硝子で覆われた通路が続いていた。

 通路の外には木々が生い茂り、その合間を多くの魔物が闊歩かっぽしている。

 ここは深層図書にある展示場所のひとつであり、多種多様の植物や魔物が展示されている区画だった。


「お、襲ってこないね……?」


 通路の外には見ただけで凶悪とわかる魔物が数多く居るが、こちらを襲うようなそぶりはない。

 通路内には精密な絵と共に魔物の名前と特徴が書かれており、まるで動物園や水族館を思い起こさせる。


 そうして長く続く通路を通り過ぎれば今度は素材の展示スペースが目に入った。

 上にあったものとは数が違い、展示物を入れる小箱のようなショーウィンドウが縦横に連なっている。

 それが整然と並び続け、ミズキにとっては垂涎ものの光景だ。


「すごい! 知らないものがたくさんですよ! これとかどこで手に入るんでしょうか……!?」


 輝きの強い展示物を前に、ミズキは仕切りの硝子へと顔をへばりつかせていた。

 魔物の素材に関してはわからないものの、見た目が綺麗な結晶のようなものも多く目を輝かせていた。

 ほかにも植物性のものから鉱物までと幅広くあり、無我夢中で見て回っていた。


「はっ! こんなことしてる場合じゃないよ!?」

「ホン……」


 つい見入ってしまったと我に返ると『本食犬』があきれ気味に鳴いた。

 しかしすでに時刻は夜となっており、ミズキはすでに眠くなってしまっていた。


「う~ん、どうしよう……。まさかこんなに広いなんて思ってなかったです……」


 一度帰ろうかと思うものの、また来た道を探索するのはかなり効率が悪いと考え直す。

 また図書館で寝泊りなどしていいのかとも悩んでしまう。しかし。


「魔物も出るくらいだから立派な迷宮なんじゃ……?」


 そう思い至り野営をすることにした。

 そうとなれば話は早く、早速掛け布やらを取り出し準備を進めていった。

 それから取り出した定番の串焼きを食べていると、『本食犬』がこちらをじっと見つめていた。

 つぶらな瞳だ。

 目の焦点は完全にミズキの持つ串焼きに合っていた。

 その、もの欲しそうな様子に。


「……食べますか?」

「ホン!」


 瞬時に元気な返事が返された。

 食べ終わったあとは眠りにつく。

 幸いなことに、ミズキが夢中で見て回っていたときには魔物との遭遇もなく、この辺りには魔物は出ないのだろう。

 もし出たとしても、そのときはそのときだと気にせず眠ることにした。


 翌日も探索を続けていたが、この深層図書は思っていたよりも規模の桁が三つか四つは違うほどに巨大だった。

 とてもではないが、案内も無しに目当ての本を探し出すことなどできなかっただろう。

 『本食犬』の案内があるおかげでどうにか探し出し、気になっていた続きも読むことができた。

 突然消えた者と消えなかった者の違いについてだ。


 消えた者にはひとつの共通点があり、それは魔女の元へ帰ることができなくなったというものだった。

 心臓が跳ね上がる。

 もしかしたらアルフェイやオーヴェンの言っていたことが違っているかもしれない。

 そんな僅かながらの希望がついえてしまったのだ。


 そして消える者の特長のふたつ目として、倒れたときに光に包まれるのではなく、魔物と同じように粒子となり散っていくとも書かれていた。

 粒子の光は魔力の光と同じものだろうという記述もあった。


 最後に、残りの寿命はもう僅かで私の研究が直接記されるのはこの巻で最後となるだろう。

 庭人ローナは寿命をまっとうすれば粒子となり、世界を循環するとされている。

 よって人形クルカも本質的には同じものだと推測される。

 願わくば、私の研究を元に世の理をより解明してくれることを願うばかりである。


 最後のページはそう締めくくられていた。

 閉じた本をじっと見つめる。

 そこには著者の生きていた確かな足跡が見て取れた。どのような苦労があったのだろうか。

 研究が進んだときにどれほど喜んだのだろうか。


 文面からは、時間が足りないばかりに研究を断念せざるを得なかったという無念さと、相反する満足そうな感情が感じられた。

 どんな人が書いたのか気になったが、恐らくはもう亡くなってしまっているのだろう。

 本には年度が書かれていたものの、この世界の基本的な時間を知らないミズキにはわからなかった。


 本を棚に戻すと歩みを再開させる。

 絶望こそしたものの、元の世界とこの世界での人生観は大きく異なっていた。

 それに世界の理が解明されていないと書かれていたこともあり、まだ調べれば今の状況を覆すことのできる資料が見つかるかもしれない。


 一度目を閉じればアルフェイの面影が思い起こされる。

 自分の居た世界では宗教の違いから様々な解釈があるものの、死ねば当人は消えることとなるのだ。

 死んでも復活することが元居た世界とは根本からして違う。

 だが完全なる消滅はミズキの知る死となんら変わることはない。


 アルフェイの境遇は悲しいものの、元の世界でもそのような者たちは大勢居た。

 他人から見たら若くして天涯孤独てんがいこどくとなった自分もその一人かもしれない。

 そんなありふれたものなのだろう。


 しかし、目の前にあれば話は変わってくる。

 全員がそうではないのかもしれないが、少なくとも自分は身近な人が不幸になっているとしたら悲しむだろうし、できるかは別としてもどうにかしてあげたいと思うだろう。


 この世界に来て手を差しのべてくれた者が居た。

元の世界に戻るために手伝ってくれた者たちが居た。

 こちらの世界に戻され落ち込んでいたときに慰めてくれた者たちが居た。

 そして、到底勝てないと思えるほどの強敵にも勝利できたのだ。

 そうして、なんとかやってこれたのだ。


(きっと、何かあるはずなんだ……)


 今回もきっとどうにかなる。

 いや、そうするのだという意思を抱き、ミズキは道を切り開くために深層図書で切っ掛けを探し続ける。


   *


「どうしてないの……? どうして……」


 読み終わった本を閉じ、ミズキが疲れをにじませるかすれた声で呟いた。

 あれから『本食犬マルトア』の案内によって数日ものあいだ探し続けていたが、状況を打開するような情報はついに得られなかった。


 探し回ってわかったことだったが、この深層図書はまるで整理されていなかったのだ。

 利用のしやすさを考えるならば図書のスペースと魔物の展示スペース、それに素材や装備などの展示スペースは分けてまとめておくだろう。


 しかしこの深層図書はそうではなく、それぞれのスペースが分散して配置されていた。

 まるで後から後から無計画に追加したかのような造りだったのだ。

 望んだ情報を得られずとぼとぼと歩いていく。

 そんなミズキの後ろから『本食犬』が体当たりした。


「うぅ……もう、なんなんですか……!」


 転んだミズキが抗議するも『本食犬』はその場でぐるぐる回るばかりだ。


「ホン!」


 『本食犬』は一度吠えると不満そうな態度を無視してぐいぐい押していく。


「こっちに行けってことですか?」


 今まで探し出した本も『本食犬』の案内のおかげだったこともあり、前を進む『本食犬』について行くことにした。

 そうして下へ下へと向かうのだが、移動だけで一日が終わってしまった。


「いったいどこまで進むんですか……?」

「ホン!」


 尋ねたミズキだったが『本食犬』は元気に吠えるばかり。

 その様子からはもう少しなのか、まだまだ掛かるのかわからない。

 いっそのこと話してくれたら楽だろうにと思ってしまう。


 それから一夜を過ごし、さらに奥へと進んでいくと扉が見えてきた。

 妙に存在感のある扉を前に首を傾げ、思えばずっと扉がなかったと思い至る。

 そんな深層図書にある扉の向こうには何があるのか。

 期待と不安に心を揺らしていると、『本食犬』が扉に体当たりして開けてしまった。


「ちょ、ちょっと!? 何があるかわからないし危ないよ!」


 制止など無いかの如く『本食犬』は開いた扉の中へするりと入ってしまう。

 慌てて追いかけるとそこは執務室になっていた。

 木で出来た重厚な机の前には眼鏡を掛けた女性が座り、机の上の書類へと何やら書き込んでいた。


「えっと……」


 じんわりとした照明に照らされた室内には筆の走る音だけが響き、ミズキのたじろいだ声にその筆の動きが止まった。


「ん? このようなところに客人とは珍しい。それに『本食犬』か、元気にしていたか? して、最後にお前たちと会ったのはいつだったか……」

「ホン! ホン!」

「その子に案内されて来たのですけど……入っても大丈夫でしたか?」

「ああ、構わぬよ。深層図書に来る者も少なくなってしまったからな。ゆっくりしていくといい」

「あ、ありがとうございます……」


 立ち上がった女性が椅子を用意すると座るよう促された。


「久しぶりの客人だ。お茶でも淹れさせてもらおう」


 そう言うと隣の部屋に行きしばらくすると戻ってきた。

 そしてカップに注いだものをミズキへと勧めた。


「お、美味しいです……」

「そうか、そうか。気に入ってくれたか。なれば淹れた甲斐があったというもの」

「あの、なぜこんなところに? ここには住んでいるんですか?」

「ふむ、ここから動かぬゆえ住んでおるようなものだな。ああ、それとまだ名乗ってはいなかったか。名前とは違うかもしれないが知精霊とでも名乗っておくよ」

「精霊さんなんですか?」

「うむ、長い間ここの管理を任されているぞ」


 女性はどう見ても人に見えるというのに精霊だと言った。

 ミズキの知る精霊とはクーの持っていた灯杖フォルザーフに宿る炎精霊ブラナフルーマくらいなもので、精霊は全てそのイメージだったがそれだけではないようだ。

 人形や庭人と同じようなものなのかもしれない。


「深層図書に来る者は知識の欲しい変わり者ばかり。して、ここに来るほどに欲しい知識は見つかったか?」

「それが……」


 ミズキはアルフェイを助けるため、手がかりを探しに大図書館へと来たことや、深層図書での進捗が芳しくないことを伝えた。


「なるほど」

「解決できるような資料を探したんですけど見つからなくて……」

「それはそうだろう。そのような本など無いのだからな」

「え……? それって……」


 いきなりのことに驚き固まってしまう。

 認めたくない言葉だったこともありすぐには飲み込めなかったのだ。


「全ての書を把握する私の知識にも糸切れを解決したというものは無いのだ」

「そん、な……それじゃアルフェイ君が……う、うぅ……」


 知精霊の言葉は容赦が無いものであった。

 今までのことは無駄だったのか。

 アルフェイを助ける術を探してきたミズキはその衝撃に涙ぐんでしまう。


「まぁ、そう急くでない」

「で、でもアルフェイ君が……」

「残念ながらこれが世の理なのだ。しかしまだ記録が無いだけで可能ではあるのかもしれないのだぞ」

「ほ、ほんとですか……!?」


「うむ、気休めに近いが願いのほこら、試練の祠とも呼ばれる場所があるのだがな。試練を克服した者の願いが叶えられるのだ。そこにいけば何かしらの進展があるやもしれぬ」


 知精霊の言葉にミズキは希望を見出した。

 絶望にただただ向かっていくよりは、一縷いちるの望みに向かって進み続けたほうが遥かにマシだと言えよう。

 願いの祠にある兎の像から試練が受けられるとのことだった。


「ありがとうございます! 早速行ってみます!」


 お礼と共に頭を下げ深層図書をあとにする。

 その顔は疲れなど最初から無かったかのように晴れていた。


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