130話 大図書館へ
「おかえりミズキ!」
家に戻ったミズキを笑顔で出迎えてくれたのはアルフェイだ。
「ただいまです!」
「どうだった? ねぇどうだった?」
ミズキがルーナと共に探索へと向かったことだ。
そのことが気になり戻ってからも落ち着かなかったのだろう。
結果がどうなったのか早く知りたいとアルフェイが急かしていた。
「無事に終わりましたよ。それどころかルーナさんが強くてボクの出番がなかったほどでした……」
「ルーナ姉ちゃんは強いからね!」
ルーナが褒められたことでアルフェイは両手を上げて喜んでいた。
久々にルーナに会えたことがよほどうれしかったのか、夕食での会話はルーナ一色となっていた。
「それでね、ぼくがこんなになってからどんどん強くなっちゃったんだよ」
身振り手振りで話すアルフェイを前に、気になっていたことを思い出した。
糸切れと呼ばれる魔女との繋がりが切れてしまったことだ。
単純に繋がりが切れてしまったのか、はたまた魔女に切られてしまったのかだ。
「そういえばアルフェイ君の魔女ってどんな人だったんです?」
「ミアのこと?」
「それがアルフェイ君を作った魔女の名前なんです?」
「うん! えっとね、とっても優しい人で、やりたくないことはやらなくていいって言ってくれてね、それでね、帰るとお菓子を焼いて待っててくれたんだよ! それにお話するのが大好きでぼくの話を聞いてくれたんだよ!」
そう笑顔で話すアルフェイの様子から、繋がりが途切れてしまったことは単純な事故のように思えた。
そのことにミズキがほっとしていると、反対にアルフェイはうつむき段々と声が小さくなってしまう。
「でも、今はもう会えないんだ……ぼく、やっぱり捨てられちゃったのかな……」
「そんなことないですよ!」
「そう……なのかな?」
「そんなに優しい人がアルフェイ君を捨てるなんて絶対しないはずです! ボクのリティス様なんてひどいんですよ! 勝手にこの世界に呼び寄せたり投げ飛ばしたり、あまつさえボクのコレクションを勝手に使って……! しかもちゃっかり自分の使いたいものは取ってたんですよ!」
一息に言い切ったミズキが息を荒げ肩を上下させる。
「だいじょうぶ? その……元気出して?」
「う……えっと、つまりですね。そんなリティス様とミアさんは違います。そんなことをするとは思えないですから」
「そっか、そう、なんだ……」
アルフェイは言葉を噛み締めるようにして繰り返す。
うつむき、なんともいえない表情でかつての魔女について思いを馳せていた。
そしてその様子になんとかしてやれないだろうかと考える。
「アルフェイ君、できるかどうかはわからないですけど……魔女との繋がりを元に戻す方法がないか、探してみたいのですけどいいですか?」
「そんなことできるの?」
「それがわからないので調べるんです。ただ、アルフェイ君と一緒に居られないと思うんだけど、いいでしょうか……?」
「ぼくはだいじょうぶだよ!」
様子をうかがうように問いかければアルフェイは力強く頷いた。
その様子にミズキはほっとする思いだった。
いや、ただ単にほっとしたのではない。
何かしてやりたいという思いが叶えられるからだ。
「わかりました。任せてくださいね!」
「うん!」
こうしてミズキは一時別行動を取ることとなった。
何かあれば家に置いてある風の紡ぎ石を使って連絡を取り合う手はずだ。
そして二人でベッドで横になり、となりのアルフェイを見ればすでに寝息を立て始めむにゃむにゃと口が動いていた。
そんな寝顔を見つつも今後のことを考えてしまう。
魔女との繋がりを元に戻す方法が、はたしてあるのかどうか。
わからないが、何かしていなければ不安で居てもたってもいられないのだ。
そしてこれほど真っ直ぐでいい子がこのような目に会っているのは間違っている。
そう思えばできる限りのことはしてあげたかった。
しかし、元の世界に帰ることも覚束ない自分がこんなことをするのは偽善のようにも思える。
まずは自分のことを優先し、余裕があれば助けるくらいが現実的なのかもしれない。
このような寄り道をしていれば、元の世界へ帰るのにどれほどの時間が掛かってしまうかわからないのだ。
しかし、どうしても目の前に困った者が居れば助けずにはいられないのがミズキだった。
(会えないのは、寂しいからね……)
*
翌日。ミズキは魔女エマヴィス・リティスの領域へとやって来ていた。
魔女との繋がりに関して知っていることを教えてもらおうと思ったからだ。
しかしリティスは寝ており、その顔をぺちぺち叩いても起きる気配はない。
しぶしぶと諦めるしかなかった。
一度箱庭へと戻り、風の導き石に調べものができる場所を念じた。
そうして流れ込んできた景色は巨大な図書館で、どうやら『地の都』にあるらしく早速向かうことにした。
そうしてやって来た『第一の都市』は硝子のようなもので出来たドームに覆われ、複数ある都市の内もっとも大きな都市であった。
大図書館はそんなドーム内の中心にある巨大な建物で、全貌がわからないほどの威容を誇る。
中に入れば受付が居るものの、ごく簡単な手続きで通された。
魔法箱という、館内の本を勝手に持ち出すのに都合のいいものがあるというのに、そういったものを預かる素振りもないことにミズキは疑問に思う。
依然として今もミズキの背中には魔法箱があるのだ。
しかし、案内する者からは資料は全て持ち出せず、必要な際はその都度メモを取るなりするように伝えられた。
持ち出そうとしても元の位置に戻るのだそうだ。
なるほどと納得し、早速資料を探し始めた。
本を探すに当たって移動していたのだが……凄まじく広い館内にすでにミズキは疲弊していた。
縦にも横にも広く、その上多層構造になっているのだ。
全部回っていたらどれほど時間が掛かるかわからない。
それにどこか『森の都』を思い出させる、階段と通路が入り乱れる複雑な造りになっていた。
本棚がどこまでも続き、壁にも天井近くまで本が詰まっている。
そうして壁に詰め込まれた本棚を見上げていけば上の階へと続き、さらに上には色硝子が組み合わさった天井が目えた。
色硝子の中心には紫色の丸と複雑な色をした四角があり、その周りに六色の丸がはめ込まれ複雑な色合いで照らしていた。
館内には本だけでなく素材のサンプルや装備品も数多く展示されている。
そういった物の前でミズキは思わず足を止めてしまう。
そして鉱石コーナーでは次々と手に取って見入ってしまっていたが、アルフェイのことを思い出し慌てて我に返った。
魔女との繋がりを戻す方法を探しに来たというのにこれではまるで進まない。
ミズキは苦渋のすえ、若干の涙を浮かばせながらも鉱石のサンプルに背を向けた。
そうしてやってきた本棚からそれらしいものを取り出し、机の上でページをめくっていたのだが。
「わかんなああああい!」
足をバタつかせて叫ぶ。
机に突っ伏し、その周りには本がうず高く積まれていた。
「うぅ、これじゃいつまで経っても終わらないよぉ……」
魔女と人形との関係、その基本的なことが書かれたものや魔法に関するもの、この世界の成り立ちが書かれたものがあったが、魔女との繋がりを修復するような記述は見当たらなかった。
そもそも箱庭と魔女の居る場所は全く別の場所であるらしく、人形は魔女の願いや欲望を叶えるために作られ、この箱庭へと送られた存在とのことだった。
そして魔女の目的も様々だ。
まずは箱庭の素材を人形に回収させ、自らの目的を叶えようとする者が居る。
ミズキが話を聞いた限りではジャラックの魔女がこれにあたる。
それと人形を可愛がって楽しむ魔女、これはアルフェイの魔女だった者が当たり、大まかにはこのふたつに分類されるということだった。
そしてこの箱庭という世界は二人の創精霊によって作られ、無限に生み出され続ける魔力を目当てに人形が送り込まれていた。
箱庭には庭人という人形とは違った者たちが先に住んでおり、人形は旅人のようなものであるらしい。
それから庭人もミズキにとってはかなり変わった存在であった。
まず第一に寿命以外では死なないというものだ。
そんな不思議な者たちに首を捻るしかない。
そうして先に居た庭人と出会った人形たちが協力し合い、今日に至るのだと書かれていた。
また別の本には庭人と人形が共同で研究した内容が記されていた。
庭人とは魔女に作られた人形と同じく、創精霊によって作られた人形のようなものであり、本質的には同じものではないかという考察がされていた。
そうして世界の創造主に保護された者たちは死ぬことなく営みを続けている。
しかし、同じような存在であるかもしれない人形と庭人だったが明確な違いも書かれていた。
それは寿命がないというものだ。
人形には寿命がなく、永遠に魔女に使役され続け、消耗した末に消滅してしまうのかもしれない。
しかし、多くの人形は消えることもなくずっと箱庭で活動し続けているとのこと。
消えた者と消えなかった者の違いについての調査は今後の課題とする。
そう締めくくられていた。
そうして何冊も読んだ本の最後に手がかりになりそうなものを見つけたのだが、肝心なところで途切れてしまっていた。
本には数字の一が書かれており、続きがありそうなものなのだが見当たらなかった。
「なんで肝心なところで切れてるのぉぉぉぉ! 引きがえげつないよ! 鬼引きだよ!」
ミズキが叫ぶ館内はいつの間にか明かりに照らされ時刻は夜になっていた。
「はぁ……夜になっちゃったしもう帰らないと……。この本、どうしよう……」
積まれた本がどの位置にあったのかわからず途方に暮れてしまう。
この広すぎる立体図書館のどの棚にあったかなど覚えているわけがなかった。
「このまま置いていったら駄目だよね……?」
しかし、本を全て元の位置に戻していたらどれほど時間が掛かるかわからない。
そんなことをしていれば家に居るアルフェイを心配させてしまうだろう。
風の紡ぎ石を使うことも考えたがアルフェイが見てくれるかという心配もあり、いよいよどうしたものかと腕を組みうなっていたときだ。
「ホン!」
「え?」
突然声のしたほうを振り向けばそこには変な生物が居た。
いや、果たして生物と言っていいものだろうか。
簡潔に説明するならばトランクカバンに足が生えていたのだ。
「ホン!」
もう一度鳴いたそれはミズキの知るものでは犬のようだった。
トランクから頭が生え、後ろについた尻尾をせわしなく動かしている。
そして短すぎる足を懸命に動かしその場でくるくると回っていた。
「ホン! ホン!」
「い、いぬ……?」
犬と言えば犬、トランクと言えばトランク、そんなヘンテコな生き物が倒れこみお腹、もといトランク部分をミズキへと見せていた。
「ホン!」
パカッとトランクが開くとつぶらな瞳で見上げてきた。
「えっと……」
どうしていいかわからずしばらく見詰め合っていたが、それからは特に何をするということもないようだ。
困り果てたミズキはどうすればいいのか思案し、とりあえず鑑定してみることに。
〈陽気なる鑑定〉
『本食犬』
【本入れ】
「え?」
本入れという注釈に固まり、どういうことかと考えることしばし。
「こ、こうかな……?」
おそるおそる机の上にあった本をトランクの中へと入れていく。
何冊か入れたところでトランクが閉まった。
「ホン!」
再びトランクが開くと中に入れた本は無くなっていた。
『本食犬』はこうして中に入れた本を所定の位置へと戻すことのできる、大図書館に備わっている機能のひとつだ。
「本が消えちゃった……いいのかな?」
「ホン!」
構わないと言っているような気がしたので、手元にある本を次々そのトランクの中へと入れていった。
そうしてあっという間に机の上に積まれた本が無くなると満足したのか、その短い足を動かし去っていった。
「――気にしないでおこう!」
盗難はできないと説明されたこともあるし、そう思い帰路につくことにした。