129話 赤髪の少女
そして翌日、今日はアルフェイが光晶石の採取に行くと言ったので同行しようとしたのだが。
「そうでした、魔法箱がないんです……」
『魔法箱なくしちゃったの? おかしいわね、そんなことないはずなのだけれど……』
「え、リティス様!? え、えっとですね、魔法箱は粉ひき所で放置してて今は手元にないんです」
『よくわからないけれどもうひとつ作ればいいわよね。一度戻ってらっしゃい』
「もう一個作れるんですか!?」
予想だにしなかった言葉に思わず聞き返してしまう。
「ミズキ?」
急に独り言を喋り始めたミズキを、怪訝に思ったアルフェイがおずおずと話しかけていた。
「あ、ごめんね。急にリティス様が話しかけてきたから。どうやってるのかはわからないんだけど、こうやってこっちに居ても話せるみたい」
「そうだったんだ?」
アルフェイはまだよくわかっていないのか首を傾げていた。
『とにかく一度戻って来なさい』
アルフェイに少し待っていてもらうように頼み、
魔女エマヴィス・リティスの領域へと帰還した。
すると目の前にはすでにリティスの姿があり。
「はいこれ」
そうして手渡されたものはよくわからない二等身の動物型カバンだった。
つぶらな瞳と短い手足が生えている。
「なんですかこれは!」
「何って魔法箱よ? 必要って言っていたじゃない」
「それにしたってもう少しマシなデザインがあるでしょう!」
「せ、折角作ったのに……ひどいわミズキちゃん……」
リティスがわざとらしく口元に手を当てて目を伏せた。
その悲しそうなしぐさにミズキは詰まってしまう。
「う、わかりましたよ。もうこれでいいです。アルフェイ君を待たせているのでもう行ってきますね」
「いってらっしゃい、ミズキちゃん」
リティスはすぐにニコニコとした笑顔を浮かべ、鏡へと歩いていくミズキに手を振っていた。
*
「戻りました!」
「おかえりミズキ。あ、それって新しいカバン?」
「う、そうです。リティス様に作ってもらった魔法箱です」
「すごくかわいいね! いいなぁ」
アルフェイが可愛い可愛いとミズキの背負う動物モノの魔法箱を褒める。
羞恥でミズキの顔は真っ赤だ。
「んん! ボクはもっと普通のが良かったんですけどね」
「かわいいほうがいいよ?」
「ボクは普通のがいいんです」
「かわいいのに……」
そうしたやり取りがあったが、ミズキたちは粉ひき所へと再びやって来ていた。
早速リティスの説明通り、設置してある魔法箱と動物型の魔法箱を近づける。
これで思った通りの物を移し変えることができるのだ。
そして動物型のほうを設置し直し、再び麦を投下し始めた。
その光景はまるで生き物の口から麦が吐き出され続けるものだったが、ミズキは気にせずに粉ひき所をあとにする。
次にミズキたちがやって来たのは晶石の採取ができる迷宮、その手前にある『水晶宮』だ。
『水晶宮』は周囲全てが煌く水晶で出来ている小規模な街だ。
「おお、すごいです! 辺り一面水晶ですよ!」
洞窟の壁から建物まで全て水晶で出来ていることにミズキが目を輝かせていた。
「こっちー」
そうしてアルフェイが足を止めていたミズキの手を引き、奥の迷宮へと繋がる洞窟に向かっていく。
そしてしばらく進み迷宮の浅い場所まで来ると、アルフェイが鉱石採取用の道具を取り出した。
「ここで光晶石をたくさん取ればお金がたくさんかせげるんだよ」
そう言うと早速近くにあった水晶を採取し始めた。
「なるほど! たくさん取ればいいんですね!?」
ミズキは『ばとるん二号改』を取り出し、壁から突き出ていた水晶へと振り抜いた。
結果、水晶が粉々に砕け散り宙をキラキラと舞ってしまう。
「ミズキ、それじゃダメだよ?」
「…………これはですね、えっと……そう! ちょっとした手違いです!」
『ばとるん二号改』をしまうと『ばとるん一号』を取り出した。
そしてもう一度振りぬけば小気味のいい音と共に水晶が切断された。
「す、すごい! そんなに簡単に採れるんだ!?」
ミズキの足元に転がるかなり大きな水晶に驚いていた。
それもそのはずで、アルフェイが採取しようと思えば硬い水晶を何度も叩かなくてはならない。
ミズキが切断した大きさの水晶となればかなりの時間が掛かってしまうからだ。
「ふふん、採取はお任せですよ! さぁどんどん採りましょう!」
ミズキは先ほどの失敗など無かったかのように自慢げに胸を張っていた。
それからは勢い良く水晶を切断して回る。
アルフェイの魔法箱の容量はすぐにいっぱいになってしまい、あとに採取された水晶はミズキの魔法箱へと収納されていった。
水晶を切り落としアルフェイが魔法箱へと運ぶ作業を続けていると、一人の少女がこちらへと歩いて来るのが見えた。
少女以外にも通りがかった者は居たのだが、その赤髪のツインテールをした少女はほかの者たちと大きな違いがあった。
目がすわっていたのだ。
ミズキたちをにらみ歩いて来ていたが、突如地面を蹴ってこちらへと迫る。
一瞬にして間合いが詰められ、手にした氷の剣によってミズキの『ばとるん一号』が切り飛ばされた。
「ぎゃあああああ!?」
突然の出来事に叫ぶも赤髪の少女は気にも留めずミズキの足を払い転倒させた。
そして急な襲撃に混乱するばかりのミズキへと剣の切っ先が突きつけられ。
「……大事なアルに、何をしようとしていたの」
こちらを冷徹に見下ろす少女から声が発された。
殺気をはらんだ声音から返答しだいでは容赦しない、そんな意思がありありと伝わってくる。
「ち、ちがうよルーナ姉ちゃん! ミズキはぼくを助けてくれてるんだよ!」
「そうなの……?」
「この服だってミズキが買ってくれたんだから!」
「そう、だったのね……私の早とちりだったわ。ごめんなさい……」
ルーナはそう言うと氷の剣を消失させ手を差し出していた。
しかし未だに鋭い表情からは威圧感が全く消えておらず、ミズキは半ば怯えながらその手を取った。
「それにしてもとても可愛い服ね。……すごく、似合ってるわ……」
「ありがとうルーナ姉ちゃん!」
「そういえばアルフェイ君の言ってたルーナって人は……」
「そうだよ、この人がルーナ姉ちゃんだよ!」
以前にアルフェイが話していた人物だと告げられた。
アルフェイいわく。
とても優しいとのことだったが……何がそれほど気に食わないのか、常ににらむような目つきからは優しさなど感じることなどできない。
いきなり武器を斬り飛ばしたことからもかなり好戦的に思える。
そして真っ二つにされた『ばとるん一号』の斧部の断面、その滑らかさから一切の手加減など無かったことがわかる。
「……あなた」
「ひぃ! ごめんなさいごめんなさい!」
「その武器、弁償するわ」
「へ?」
「私の勘違いで壊したからよ」
思わず聞き返してしまったのだが、ルーナからさらなる威圧が放たれる。
横を見ればこの状況の中であってもアルフェイがニコニコとしていた。
ルーナという人物について小声で問いただす。
「ちょ、ちょっとアルフェイ君!? ルーナさんすんごいにらんでるんだけど大丈夫なんです……!?」
「え? ルーナ姉ちゃんはいつもこんな感じだよ?」
あの刺さらんばかりの目つきはいつもどおりで、特に怒っている訳ではないらしい。
そのことにも驚愕したが、しゃがんだルーナに両手で顔を挟まれ、強制的に前を向けさせられたミズキは心臓が跳ね上がる思いだった。
目の前に迫る凶器のような目つきにさらされ、引きつるように笑うしかない。
「それはいくらぐらいなの」
「はひ……えっと、これは勝手に直るので大丈夫……です」
「そうなの、でも悪いわ……」
ようやく解放されたミズキが凄まじい勢いでアルフェイの後ろへと隠れ、頬に指を当て何かを考えているルーナを見上げていた。
「……あなた、ミズキとか言ったわよね」
「ひゃ、ひゃい……」
何かしてしまっていたのかと思い、背中に滝のような汗が流れる。
ルーナはおもむろに風の紡ぎ石を取り出すとミズキへと見せた。
「このレンズ素材の募集をしたのはあなたよね?」
「そ、そうでーす……」
あの募集したきり人が集まらなかったものだ。
「あ、あの……それが何か……」
「……これでは全然駄目よ。分配方法も書かれていない。欲しい情報が無さ過ぎるわ。こんな募集ではトラブルになることは目に見えているから誰も来たがらない」
まさかの駄目出しに納得すると共に落ち込んでしまう。
確かに何も考えず軽い気持ちで募集してしまったのだ。
ルーナの話を聞けば聞くほど、これでは人が集まりようもないことがよくわかった。
「お詫びとして同行するわ」
「え、いいんですか? あ、でもアルフェイ君が……」
「ぼくはだいじょうぶ!」
「でもルーナさんには話しておかないと……」
「どういうこと?」
ギロリとにらまれ、ミズキは内心逃げ出したい一心であったが、今のアルフェイの状況をどうにか説明していく。
「ふぅん……」
ミズキの予想に反してルーナは平静そのものだった。
その様子にほっとした――のもつかの間。
「……今すぐ殺してあげようかしら」
ぼそりと呟かれた言葉に凍りつく。
そして確信した。
アルフェイがなんと言おうと、ルーナを怒らせてはならないと。
それに力が抑えきれていないのか冷気が漂ってくるのだ。
そのことでもミズキは今すぐここから逃げ出したい思いだった。
「ルーナ姉ちゃん、だいじょうぶだよ! それにオーヴェン兄ちゃんもがんばってくれてるから、ね?」
「……そうね」
その途端スッと冷気が霧散し命拾いした思いだった。
「そういうことならアルはミズキの家に帰ってなさい。すぐに、終わらせるわ」
「わかった!」
アルフェイが満面の笑みで頷くとルーナの腕がミズキの手をガシッとつかんだ。
危うく悲鳴が出かけてしまうもどうにか堪え、そのまま連れて行かれた。
そうして水晶でできた洞窟の奥へと進み、二人が並んで歩いていたときだ。
「……ミズキ」
「は、はい!?」
だいぶ慣れてきたものの、怖いことには変わらず声が裏返ってしまう。
「……アルフェイと楽しそうにしているあなたを見たとき、殺したくなったわ……」
「…………」
まさか先ほどの剣で滅多切りにされてしまうのだろうか。
「……でも、あんなに楽しそうに笑うアルを見たのは久しぶり」
「そ、そうなんですね……」
「……だからミズキは見てるだけでいい」
「え、それは流石に――」
言い終わるや否や、ルーナが目の前から一瞬で消え去ってしまう。
気づけば洞窟の先で水晶の石人形が真っ二つになっていた。
「素材も持っていっていいわよ」
こちらを振り向いたルーナは何てことのないように言葉を発した。
(見てることすらできなかったよ……?)
あまりの早業に心の中で突っ込みを入れるしかない。
そしてルーナに手渡された素材を魔法箱へと収納していく。
そんな作業とも呼べないような探索が続き、ルーナは道を把握しているのか、多くの分岐を迷うことなく進んで行った。
そうして迷宮の主のものだと思われる広い空間へとたどり着いた。
部屋の真ん中に水晶の柱があるので恐らくはそれが迷宮の主なのだろう。
ルーナが言うにはこの水晶洞窟に数居る主のひとつとのことだった。
「……たぶん大丈夫だとは思うけど、一応警戒しておいて……」
「わ、わかりました」
ルーナが部屋の中央に向かって行くと水晶の柱が動きだした。
その輪郭を球形へと変えていき、『感応せし魔晶球』がその姿を現した。
宙に浮く巨大水晶が青く輝き始める。
『感応せし魔晶球』は『変転せし六光』の色によって自身の属性も変わる魔物だ。
その特性から常に強化状態のものと戦わなくてはならず、赤の月以外ではまず討伐する者のいない魔物であった。
しかし、そんなことなど関係ないとばかりにすでにルーナは斬りかかっていた。
鋭い音と共に水晶に切れ目が入るものの、ルーナが生成した氷の剣は折れ飛んでしまう。
『感応せし魔晶球』が持つ炎属性により氷の強度が弱まったためだ。
着地すると同時、氷で槍を形作り水晶へと突き刺し飛び退いた。
突き刺さった槍が折れ、かん高い音をさせながら地面に落下する。
青の月では氷属性の威力が大きく減らされ、なおかつ炎属性の威力が大幅に強化されることからも相性は最悪と言っていいだろう。
しかしルーナは臆することなく踏み込み、放たれた青い光を避け次々と攻撃していく。
氷を生成しては折られることを繰り返す様は攻め手に欠けるように思えた。
しかしそのとき、『感応せし魔晶球』が眩しく輝き始める。
青の月でのみ放たれる大規模な攻撃の予兆だ。光の眩しさが高まり続けいく。
距離を取ったルーナは小さく笑い、ミズキの横に立ち一言告げた。
「終わりよ、〈氷鏡〉」
周囲に氷の鏡をいくつも展開した瞬間、『感応せし魔晶球』から凄まじい青の閃光が周りへ放たれた。
光を受けた氷の鏡が破壊されながらにして閃光を跳ね返す。
それも角度が調節され、一点を集中するようにして反射された閃光が『感応せし魔晶球』を跡形もなく消し飛ばした。
周囲では幾重にも張られた鏡が凄まじい破砕音と共に砕け散り、その向こうでは巨大な爆発が起きていた。
収束された光は『感応せし魔晶球』を消滅するには飽き足らず、その向こうにある壁にまで風穴を開けていたのだ。
「す、すごい……ほんとに一人で倒しちゃった……」
わずかな時のことで、ミズキが援護に駆け出そうとしたときにはすでに戦闘は終わってしまっていた。
呆然とするも獲得した素材を手渡される。
「あ、ありがとうございます……」
「……これからもあの子のことをお願い。私は……あまり傍に居てやれないから……」
「任せてください!」
目つきはきついがアルフェイの言うとおり優しい人なのかもしれない。
こうして『水晶宮』の迷宮探索は終わりを迎えた。