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123話 一緒に暮らします


 オーヴェンが去ったあと、まずは自身の家にアルフェイを連れて行こうと考えた。

 服が薄汚れ髪もぼさぼさだったからだ。


「家?」

「『森の都』の上層、北のほうにあるボクの家だよ」


 しかしアルフェイは難色を示してしまう。

 やはりいきなり他人の家に向かうのは気が引けるのか。

 そう考えたがどうやら違ったようで。


「ルーナ姉ちゃんが『森の都』の北には近づかないようにって言ってた。死んじゃうかもしれないからって」


 アルフェイの言葉にミズキは納得する。

 恐らくあの『鐘の鳴る木(オアル・カエリコー)』があるからだろう。

 確かにあの鐘の音は殺人的なまでにうるさく、下手をすれば死んでもおかしくはない。


「確かに前はうるさかったけど今は大丈夫だよ。嫌だったら強制はしないけれど……」

「ううん、それならきっとだいじょうぶ……」


 それからはポータルを使ったこともあり家にはすぐであった。

 部屋の中でアルフェイがしきりに辺りを見回している。


「じゃあ早速お風呂入っちゃおっか。服も洗っちゃおう。あ……」

「どうしたの?」

「どうやって服を洗おうかと思って」


 そのことを考えていなかった。

 元の世界では洗濯機に突っ込めば勝手に洗ってくれたが、こちらに洗濯機があるとも思えない。

 どうすればいいか考えた末、各種設備のマニュアルに何かないかと探し始める。

 すると服を洗うものもあるらしく、脱衣所にあったそれはまさに洗濯機と呼べるものであった。


「これで洗えるみたいだから服を脱いで」

「うん」


 アルフェイを一糸(まと)わぬ姿にしてから自身も服を脱いでいく。

 自分の白い服は新品のように全く汚れていなかったがついでに入れておいた。

 そしてスイッチを押すと動き始め服を洗っていく。


「これでよしっと」

「こんなので服がきれいになるの?」

「みたいだよ。一回も使ったことがないからどうなるかはわからないけど……」

「すごいんだね。こんなのがあるなんてぼく知らなかったよ」


 未だに不思議そうに見つめるアルフェイの手を引きミズキはお風呂場へと入っていく。

 そしてアルフェイを椅子に座らせるとその体を洗っていった。


「あはは、くすぐったいよ~!」

「ご、ごめんね……」

「ううん、だいじょうぶ!」


 頭の上に乗る耳や尻尾も洗い、泡を流すとアルフェイが体を震わせて水気を飛ばす。

 かなり広い湯船に入ればミズキはほっとため息をつき、その横ではアルフェイがバシャバシャと水しぶきを上げながら泳いでいた。


「あはは、ひろ~い!」

「わっぷ!? しぶきが、しぶきが掛かってるよ!」


 アルフェイはミズキにお湯が掛かるのもお構いなしに泳ぎ回っていたが、ミズキの言葉で急に泳ぐのを止めた。


「ご、ごめんなさい……」


 そしておびえるアルフェイは泣きそうな表情でうつむいてしまう。


「ど、どうしたの?」

「悪いことしたら、怒られちゃう……ぶたれたりしちゃうんだよ。それにぼくはミズキを刺しちゃったのに……」


 ぶたれたりというのはゴライアのことだろう。

 ゴライアたちと言うべきかもしれないが。

 ともあれ、オーヴェンに説明されたアルフェイの境遇を思えば、ちょっとしたことで不安になるのも仕方がないのかもしれない。


 それにこんなになるまで脅し、利用し続けるゴライアなる人物がどんな事情があるのかは知らないが、とてもではないが許せなかった。

 憤っているとその怒りが伝わってしまったのかアルフェイはますます怯えてしまう。


 しまったと思い上を見上げながら頭をかく。

 思えば子供と遊んだことなどあるはずもなく途方に暮れるばかりであった。

 それはそれとしてもミズキは刺されたことに関しては全く怒っていなかった。


 むしろ忘れてしまっていたくらいなのでこっちが申し訳なく思えてきてしまう。

 なのでまずはこちらが怒っていないことを伝えることにした。


「えい!」


 お湯をうつむくアルフェイへと掛けた。その体が一瞬びくりと震える。

 そのことに良心が少し痛んでしまったが仕方がないと今は割り切り。


「ボクは今アルフェイ君にひどいことをしました。これでおあいこです」

「おあいこ……?」


 アルフェイがよくわからないというように顔を上げた。


「そうです。ボクもアルフェイ君も同じようにひどいことをしました。だからもう悩まなくていいんですよ」

「そう……なの?」

「はい。それにボクは刺されたことなんてこれっぽっちも怒ってないんですから安心してください」


 何を言っているのかわからないのか、アルフェイは呆けるばかりであった。

 しかし、次第にその表情は歪み大粒の涙を流し始めてしまう。


(ナンデ!?)


 これでこのまま丸く収まるだろうと思っていたミズキは狼狽ろうばいし、どうすればいいのかわからずわたわたとする。


(ど、どうしよう!? 子供のあやし方なんて知らないよぉぉぉぉ!!)


 心の中で叫びながらどうすればいいか必死に考えるもいい案は浮かばない。


「うぅ、うぇぇぇぇぇ……!」


 そうしているあいだもアルフェイは泣きじゃくりぼろぼろと涙を流し続けていた。

 しかし、どうすればいいのか。

 自分が不安だったときに、されて安心したことは何かないかと必死になって記憶を掘り起こす。

 そして最近そんなことがあったと思い出すことができた。


 あの『摩天楼(プリニバス)』でのことだ。

 元の世界に帰ることが難しくなり、寂しく不安に思っていたときのこと。

 クーやファティマにお風呂の中で抱き締められたことで安心したことがあったのだ。

 小さい子供に抱きつくのには勇気が必要だったがそうも言っていられない。


「アルフェイ君」


 優しく語りかける声にアルフェイは顔を上げた。

 そしてミズキはアルフェイを安心させるべく抱き締める。

 アルフェイの体がびくりと震えたがミズキは優しく包み込む。

 お湯の温かさとは違ったぬくもりが肌を通して伝わっていく。


「大丈夫ですよ。アルフェイ君は何も悪いことなんてしてないんですから」

「ふ、うぐぅぅぅ……!」

「辛いことばかりだったかもしれませんが、人生は辛さ半分、幸せ半分なんです。だからこれからきっと良くなりますよ。オーヴェンさんだってアルフェイ君のために頑張ってくれてます。もちろん、ボクだってアルフェイ君を守りますからね」


 そうして頭を撫でれば水気を含んだしっとりとした感触が手の平に伝わり、落ち着くまで撫で続けた。


「どうですか、少しは落ち着けましたか」

「うん、ありがとうね、ミズキ」


 まだ陰りはあるものの、アルフェイはそう答えた。

 その様子になんとかなったと安堵し息を吐く。


「もうお風呂から上がりますか?」

「あ、あの……もうちょっとだけ、このままがいいな……」

「ふふ、いいですよ」


 その答えにかつての自分が重なり思わず笑ってしまう。

 それに寂しいときや不安に思う、そんなときには人のぬくもりが有効なのは自身の経験で実証済みだ。

 それからしばらくすると辺りは暗くなり鐘の音が響く。


「わぁ、すごいきれい! あれ見て、すごいよミズキ!」


 アルフェイがお風呂場にある大窓から見える庭を指差した。

 その先に見える大きな庭の中心にはあの『鐘の鳴る木』が存在し、美しい黄色の輝きを弾けさせ鐘を鳴らしていた。


「ねぇねぇ、あれはなに?」

「あれは『鐘の鳴る木』ですよ。最初はものすごくうるさくてほんとに死んじゃいそうなほどだったんです。それがある日、すごく静かになったんですよ。おかげですごく快適な家になりました」

「今はすごくきれいなのにね?」


 かつては頭が割れるかと思うほどの大音声を奏でていたが、今となっては見る影もない。

 そうして二人が光を振りまく『鐘の鳴る木』を見て楽しむ一時を過ごしたあと、脱衣所で水気を拭き取っていた。


 そんなとき、そういえばアルフェイの服はどうなったのだろうかと思い至る。

 洗濯機へと向かうとその横にある台には綺麗になった上、畳まれた服が二人分並べられていた。

 服を広げてみるとしわもついておらず、完璧な出来栄えだ。

 そのことにミズキは感心し、元の世界でもあったらすごく楽だろうなと思った。


 それからアルフェイに服を着せてからリビングへ。

 ミズキは魔法箱ファリスから屋台や店で買いあさったものをテーブルの上に並べていった。

 今日の夕食は不ぞろいな麺の入った汁物と定番の串焼き肉、それに甘いものにぐるぐるに巻かれたメレンゲのような白いお菓子だ。

 この巻きメレンゲと言っていいようなものはまだ食べておらずミズキは楽しみにしていた。


「すごい、湯気が出てるよ! これってどうなってるの!?」

「ボクの魔法箱は特別製ですからね! ほら、冷めないうちに食べちゃって」

「うん!」


 アルフェイは元気よく答えると串焼き肉にかぶりつき、その美味しさに足をばたつかせていた。

 そして口の周りをべとべとにするアルフェイをその都度、布で拭って綺麗にしていく。


「おいしいね!」


 全て出来合いのものだったが、満面の笑顔で言われればこちらも嬉しくなるというもの。

 幸せそうに食べる姿を見ながらミズキも食べ進めていく。

 串焼き肉を食べ終わったアルフェイは麺を握り箸でつかみ一本ずつ食べていく。

 この不ぞろいな麺は一本一本がかなり太く、こしもかなり強いので食べ応えがあった。


「ちょっと変わった味だね?」

「あまり食べなれない味だけど大丈夫だった?」

「だいじょうぶ!」


 アルフェイに続き口をつけたミズキがそんな感想を漏らす。

 味は舌をピリッとさせる何かが入った甘じょっぱいもので、アルフェイは食べられないかもと心配したものの、問題なく食べられるようだった。

 そして味に関して本音を言えば、ミズキはもっと出汁が欲しいなと思う。


 一人暮らしのときはよく自炊していたものだったが、こちらに来てからは料理など一切していない。

 この家には台所もあるのでそのうち何か作るのもいいかもしれない。

 そんなことを考えているとアルフェイが巻きメレンゲに手を伸ばしていたところで、それをほお張り満面の笑みを浮かべていた。


「! おいしい!」


 ミズキも口にすればさくさくもふもふとした食感と、軽い甘さが口の中に溶けるように広がっていく。


「ほんとだ、美味しいね」

「うん!」


 力強く頷くアルフェイの顔には白いくずが付いており、摘んで取り除けば笑いが零れる。


「そういえばアルフェイ君はいつも何を食べてたりするの?」

「うんとね、おいしいもの買うお金がないからぜんぜん違うよ。それでね、ご飯を配ってくれるところがあってね、そこに行けば食べ物をくれるんだ」


 孤児院や配給所みたいなものだろうか。

 そして食べるお金すらなかった境遇に怒りが再燃してしまう。

 しかし今はアルフェイが楽しく過ごせているのだ。

 すぐに怒りを霧散させる。


「そうなんだ。そこのご飯は美味しいの?」

「味はあんまり! でもみんな優しいんだよ。最初に手をつかまれて連れて行かれたときは怒られるかと思ってすごく怖かったけど、ご飯を食べさせてくれてね、それでね、お仕事も紹介してくれたんだよ!」


 悪人が居る一方でいい人も居ることにほっとする。

 今は大変かもしれないが、オーヴェンの計画が成功すればきっと良くなるはずだ。

 辛かった分、アルフェイは幸せにならないといけない、そうミズキは思った。


 そしてそれは今からでも速すぎはしないと思い至り、何か楽しいことをさせてあげられないか考えた。

 しかしすぐには思い浮かばない。


「アルフェイ君は何かやりたいこととかある?」

「やりたいこと? いつかオーヴェン兄ちゃんとルーナ姉ちゃんにお礼がしたい!」

「ルーナ姉ちゃん?」

「うん! あのね、ずっと前から助けてくれたの。会ったのは帰れなくなる前だったんだよ。とても優しくって、ぼくがこんなになってもずっと傍にいてくれたんだ」


 どうやらルーナという人物は、オーヴェンがアルフェイを助けようと思う前からの知り合いのようだった。

 しかし、そう納得しているとアルフェイの顔に影が差してしまう。


「でも最近は探索に行ったきりで、ぜんぜん会えなくて……」


 そう話しながら落ち込むアルフェイを前にミズキは良くわかる思いだった。

 ジャラックたちと一緒に探索したいと思ってもなかなか一緒になることができず、寂しい思いをしていたからだ。

 そしてそんなアルフェイの願いが二人へのお礼ならば手伝わない訳にはいかない。


「なら今度会ったときのためにルーナさんが喜びそうなものを探しに行こうよ。もちろんオーヴェンさんの分もね」

「いいの?」

「もちろんいいですよ。それにアルフェイ君が普段どんなことをしているのか気になるし、今度一緒に街に出てみようよ。でも今日は遅いから街に出るのは明日だね」

「うん、わかった!」


 ミズキにしては少し夜更かししている時間だ。

 夜の街並みも綺麗ではあるのだろうが眠気には勝てない。

 食べ終わった二人はそのまま寝室へと向かい、ふたつあるベッドにそれぞれ横になった。


「ここは自分の家だと思っていいからね。ボクが居ないときでも気兼ねなく使ってね」

「うん……」


 少し離れているアルフェイに向かって話したが、どことなく元気がなさそうであった。


「嬉しくなかった?」

「ううん、違うの……」


 では何が駄目だったのだろうかと考えるも答えだと思うものは浮かばない。


「あのね、良かったらなんだけど……一緒に寝てもいい?」


 しかしアルフェイが話すことによってその訳がわかった。

 どうやら寂しさなどから一緒に寝たかったらしい。


「うん、いいよ。おいで」


 拒否する理由もないので自身の体をずらしベッドのスペースを空けると、そこにアルフェイが飛び込んだ。

 そうすると肌のぬくもりに安心したのかすぐに寝息を立て始めた。

 ミズキはその微笑ましい寝顔を見つめ、自身も眠りの中へと意識を手放した。


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