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119話 衝突事故


「それで次はいよいよ武器や防具の強化だけれど……保留ね!」

「へ?」


 てっきりすぐに作るものだと思っていたミズキだったが、突然のことについていけない。


「理由は素材が足りないからよ! レンズみたいな素材が欲しいし、武器にどれだけ素材を使うかわからないから防具も後回しという訳よ」

「レンズですか? この『青炎金剛竜』のキラキラした鱗じゃ駄目なんですか?」


 青白い氷で出来た鱗ならば十分レンズの役割を果たすと思ったのだが、またもやリティスが机を思い切り叩いた。


「全ッ然、駄目よ! その素材は貴重な素材なんだから大事に扱わないと! 欲を言えばペンダントを作ったときに使った素材が良かったのだけれど」


 しかしその説明をミズキは聞いていなかった、というよりも聞くことができていなかった。

 本で出来た塔が崩れミズキを叩き潰していたからだ。


「あら?」


 崩れた本の下から僅かばかりの声が聞こえ、リティスが雑に本を退ければ中からうろんげな目をしたミズキが出てきた。


「という訳なんだけれど、レンズっぽい素材、お願いね?」


 ミズキはリティスの言葉に答えることなく崩れた本の山を指差した。


「お片付けです! 前々から思ってましたけど散らかり過ぎですよ! 本棚だってあるんですし本はそこにしまってください! それにヘンテコな瓶だってあり過ぎです、これじゃ瓶の森ですよ!」


 一向に改善されない繁雑とした机の上の惨状にミズキが吠えた。

 ただ散らかっているだけならばまだいいものの、実際にこうした実害が出ているのだから片付けて欲しいと思うのがミズキの意見だ。

 しかし、ミズキの話を聞いたリティスはというと……


「だって必要なものなのよ? いつでも目の届く場所に置いておきたいじゃない」


 そう言うリティスの後ろでは本棚から溢れた本が床に散乱している。

 そのことをミズキが見逃すはずもなく。


「それに本棚の使い方も雑過ぎます! なんで本がパズルみたいにしまわれてるんですか! 床にも落ちてますしちゃんと片付けしないと駄目なんですからね!」


 腰に手を当てにらむミズキからは一歩も引かないという意思が見て取れた。

 体は小さくとも、鼻息荒くすごむ様子にリティスはなおも言い訳を試みる。


「ほ、ほら。下手に場所を動かしたらわからなくなっちゃうじゃない? だから一見散らかっているように見えてもちゃんと整理されているのよ?」」

「じゃあこの本の内容は覚えてるんですか!」


 ミズキが指差したのはまだ崩れていない本の塔だった。


「もちろん覚えているわ、簡単ね」


 そう言うとリティスは余裕のある顔で本を手に取り読み始める。しかし。


「愛しいあの子を討ち取る方法十選? 何これ、こんなくだらない本があったなんて……んん! もちろん知っていたわ!」


 ミズキのジトっとした視線がリティスに突き刺さっていたが、リティスは何事もなかったかのように本を机に戻す――ことなく後ろに放り投げ床に散らばる本の一部としてしまった。


 ミズキは理解できなかった。

 リティスが本を投げたことではなく、本の内容を覚えていなかったというのに未だに自信満々な態度についてだ。


「次はどうかしら?」

「え……?」


 先ほどのことなど無かったかのように話しかけられたミズキはたじろいだ。

 しかしなんとか気を取り直し別の本を指差した。


「こ、今度はあれです!」

「わかったわ。ええと、魔力干渉による世界変容、呪術と代償の定理? こんな本読んだかしら。どのみち欠片ほども興味が持てないわね」


 またもや後ろの本棚に後ろ向きに本をぶん投げた。

 そして驚くべきことに数少ない隙間へ、針の穴を通すかのように本棚へと本がはまってしまったのだ。


「やっぱりただ散らかってるだけじゃ……」

「そんなことないわ! 次よ次!」

「え~……じゃあ、あの瓶の中には何が入ってるんです?」


 次にミズキが指差したものはよくわからない緑色の、ボロ布のようなものが入った瓶だ。

 黒く濁った液体の中に漂うボロ布が不気味だったが、リティスは手に取りじっと見つめる。

 しばしの時間が流れたあともずっと無言であった。


「リティス様?」


 ミズキが問いかければリティスはミズキに顔を向け。


「わからないわ!」


 自慢げな表情で断言した。


「やっぱりわからないんじゃないですかぁぁぁぁあああ!」


 ミズキは叫び机をだんだん踏みつけ最大級の抗議をする。

 リティスはため息と共にミズキの前に瓶を置き、やる気のない素振りと共に机の上の本を後ろに投げ始めた。

 そして乱雑に放り投げられた本が本棚の下に積み重なっていく。

 机の上から本が綺麗さっぱりなくなれば次は瓶だ。

 多くある中のひとつを手に持ったところで動きを止めた。


「瓶はどうしようかしら」


 まるで本の片付けが終わったと言わんばかりに、手に持つ瓶を見つめ思案していた。


「たぶん貴重なものとか危険なものとかもあったはずだし……あ、そういえばミズキちゃんの傍に置かれた瓶の中身を思い出したわ」

「この緑の布が入ったものですか?」

「そうそう、その中身なのだけれど……」


 ミズキが首を傾げながらリティスの言葉を待っていたが答えをもったいぶられてしまう。

 いったいなんだというのか。そう思い始めたところでリティスがその瓶の蓋を開けた。


『ァァアア……! イツカユルサナイコロコロシテ……シテェェエ! ノロッテァァアゼッテイニィイィイイィイ!!』

「ぎゃあああああ!?」


 瓶の中からおぞましい怨嗟おんさの声がゴボゴボという泡の音と共に聞こえてきた。


「それはいったいなんなんですか!? ものすごい憎しみとか殺意が凄まじい声ですよ!?」

「やぁねぇ、子守唄みたいなものよ。昔はよくこうして聞きながら熟睡したものだわぁ……」


 驚愕きょうがくするミズキをよそに、リティスは安らぐようにして感じ入っていた。

 未だに聞こえ続ける怨嗟の声にミズキがガクガクと震えていたが、リティスは気にせずに別の瓶へと手を伸ばした。

 そしてほかの瓶の蓋も開け――


『コロシテ! コロシテコロシテコロコロコココシテェェエェェエ!』

『ゴメンナサイゴメンナサイココカラダシテ……!モウユルシテヨォオォォオオ!』

『ココハドコ……! ナニモミエナイヨ、ナニモ! ナニモォォォォオ! 』

『アハハハハ! イタイ? イタクナイ!? モウワカラナイ! イヒヒヒハハハハ!』


 次々と開けた瓶からは似たような声が響き中に入る液体を泡立たせた。


「これを聞きながらならぐっすりよ!」


 その異様な様子から絶対に子守唄ではないとミズキは思ったが、あまりの惨状に気絶してしまう。

 こてんと倒れたミズキがそれっきり動かなくなってしまい、その様子を見たリティスは。


「効果は抜群ね!」


 満足そうな笑顔で頷いていた。


   *


 あのあとミズキは机の上にある家、その中に置かれたベッドの上で悪夢にうなされていた。

 やがて荒い呼吸と共に目が覚めるも汗に濡れた服がまとわり付いていた。

 額や首筋にも髪が張り付き不快極まりない。

 ここで寝た記憶はなかったのだが何も思い出すことができず、ベッドを降りてふらふらと外に向かう。


 家の外には相変わらず瓶がところ狭しと置かれ、家を囲うようにして置かれる様は塀のようだ。

 ミズキが出てきたことに気づいたリティスが自身のベッドから起き上がり、ミズキの下へとやって来る。


「よく眠れたかしら?」

「なんだかすごく嫌な夢を見たような気がします……」

「そうなの? おかしいわね……私ならぐっすりなのに」


 リティスがミズキには聞こえない声量でぶつぶつと呟く。ミズキは気づかず辺りを見回すと本が無くなっていることに気がついた。


「あ、やっと本を片付けてくれたんですね! ありがとうございますリティス様!」

「え? まぁそうね、片付けたわ。ミズキちゃんが片付けろってうるさかったのに覚えていないの?」

「え、そうなんですか? 全然覚えてないです……」


 全く身に覚えが無く、首を傾げうなるも思い出せないものは仕方がないと諦めた。


「でも瓶はまだぎっしりです。こんなにたくさん何の瓶なんですか?」

「音が出るものよ」

「へぇ、変わった瓶もあるんですね~」


 ミズキのその様子からはやはり瓶のことも忘れているようだった。

 しかし、世には思い出さないほうがいいことや知らないほうがいいこともあり、いっそ忘れていたほうが幸せなのかもしれない。


「まぁそれはそれとしてまずは素材ね!」

「そういえばそうでしたね。えっと、レンズみたいな素材でしたっけ?」


 リティスが新しく作る武器に欲しいと言っていたものだ。

 いったい何に使うのか検討もつかないが、装備が強くなれば戦闘も楽にはなるので望むところであった。


「そうよ! 今回はミズキちゃんの要望を叶えたものになるから期待していいわ! という訳で」


 リティスがぎゅむっとミズキをつかんだ。


「へ? また投げるつもりなんですか? 駄目ですよ、あれは危ないんですから――」


 ミズキが指を立て説明している最中、ブンという音と共に投擲とうてきされその姿は鏡の中に吸い込まれていった。


   *


 箱庭ルヴアへと転送されたミズキはその勢いのまま、『森の都(エゴラ・トリース)』を滑るようにして飛んでいた。

 気づいたときには目前に人影が迫り、弾丸の如く着弾した。


「ぎゃあああああ!?」

「ごはッ!?」


 ミズキにぶつかられた人物が跳ね飛び、ミズキもまた弾かれるようにして軌道を変え建物の屋根に当たり、勢いがやっと収まるとそのまま建物の向こうへと落下する。

 そしてべちっという音と共に通路へと叩きつけられた。


「兄貴ぃぃぃ!?」

「敵襲ですか! いい度胸ですね、受けて立ちますよ!」

「街中で襲撃するなんてとんだ無法者ね!」


 兄貴と呼ばれた者はオーヴェンだった。

 男が駆け寄り、別の男は次の攻撃を警戒して弓を構えていた。

 女もすでに長術杖(ウルティザーフ)を取り出し周囲を注意深く見回している。


「くそっ、完全な不意打ちだった! 相手は手練れだ気をつけろ!」

「了解ッス!」

「あの建物の向こうに影が消えたはずよ!」


 女の言葉に四人は適度な距離を保ち、互いを援護しながら通路の角に到着する。

 そして別の男が魔法で幻影を作り出し角から飛び出させた。

 こちらが角から出る際にできる隙を減らすためのものだ。

 幻影に遅れること数瞬、四人も飛び出し先ほどの襲撃者と相対する。

 そしてそこに居た、もとい転がっていたのは目を回すミズキだった。


「なんだ?」

「まさか襲われたの?」


 オーヴェンが怪訝けげんそうに呟き、女は襲撃者に襲われた可能性を示唆する。

 全員が頷き、周囲を警戒するようにオーヴェンが指示する。

 そしてしばらくしても何も起こらないため、ミズキを助け起こし事情を聞くことにした。


「おい、どうした。誰かに襲われたのか」

「うぅん……」


 ミズキの顔をぺちぺち叩き意識を呼び覚ます。

 その甲斐あって意識を取り戻したミズキは勢い良く飛び起きた。

 オーヴェンの顔に頭突きする形で。


「ぐぉッ!?」

「兄貴!?」

「え? わああああごめんなさいごめんなさい!」


 鼻から血を流すオーヴェンを見たミズキが慌てて謝ると、鼻を押さえたオーヴェンが大丈夫だと手をかざし制止していた。


「それで何があったんだ。どうしてあそこで倒れていたかわかるか」


 落ち着いたところでオーヴェンがそう切り出した。


「えっと……リティス様に投げられて何かにぶつかったところまでは覚えてるんですけど、その後がわからないです……」


 しょんぼりと語るミズキの言葉に、オーヴェンたちは件の襲撃者がミズキかもしれないと顔を見合わせる。


「ということは誰かに襲われたとかそういうことではないんだな?」

「えっと、そうですね。投げられて気づいたらここに居ました」

「その、リティスというのは?」


 オーヴェンの問いにミズキは自身の魔女だと説明し、有無を言わさず投げられたことを憤慨しながらに語った。


「そ、そうか……それはなんとも大変だったな」


 襲撃だと思っていたことがただの事故だったとわかり、オーヴェンは脱力すると共に人形クルカをぶん投げる魔女も居るのかと感心する。

 しかし自分が投げられるのであればごめん被るとも考えていた。


「まぁあれだ、何事もなくて良かったと喜ぶべきか」

「うぅ、ほんとにすみません……」


 ぶつかってしまったことを教えられたミズキは謝ることしかできず、オーヴェンに笑いながら頭を撫でられていた。


 そうした不幸な事故があったものの、四人と別れたミズキは見送られながらポータルの中へと消えていった。


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