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116話 始まりの光

大変長らくお待たせして申し訳ありません。完成いたしましたので投稿していきます。


 数多の歯車が回る不思議な空間。そこには二人の少女が居た。一人は紫色の、もう一人は色が変化し続ける変わった髪色をしていた。


「ほんとにそれしか手がないの?」


 紫の少女が言葉を発した。


「ええ、やはりあの子には犠牲になってもらうしかないでしょう」

「ふーん、まぁ僕は考えるのが苦手だからね。そう言うならそうなんだろうね」

「全ては認識の甘かった私の責任。私は救わなければならないのです。例え一人を殺してでも、多くの者を生かすために」

「あまり難しく考えても仕方ないと、僕は思うけどね」


 そんな言葉を残し紫の少女は消えていった。残された少女は周りの歯車と同じように、課せられた役割を力の全てをもってして果たし続ける。


   *


 暗い森の中で背の低い子供が息を切らしながら走っていた。

 子供は黒色のショートカットの上に猫耳をちょこんと乗せ、腰から伸びる尻尾を振りながら懸命に走り続ける。


「おい、待てぇ!」


 後ろから怒りをたぎらせる声と足音が聞こえ、子供は走りながらに振り向く。

 しかし待てと言われ待つ者など居るはずもなく、恐怖に駆られ追っ手からひたすらに逃げ続けるしかない。


 子供が追われる理由は彼らの戦利品である素材を横から盗んだからだ。

 苦労して倒した魔物の素材を奪われれば怒りを覚えるのは当然だろう。追いつかれればただではすまない。


 そうして子供はいくつもの素材を抱え、視界の悪い夜の森を走っていた。しかし目の前に巨大な虫のような魔物を発見し、まともに戦う力を持たないため進路の変更を余儀なくされる。


 右に逸れ、大きく迂回するようにしてポータルを目指した。

 追っ手の者たちは魔物を倒して子供に追いすがる。その距離が近くなったところで子供の足元に魔法が打ち込まれた。

 子供がバランスを崩し転倒、素材を散らしながらごろごろと転がり木へと激突する。


「手間を掛けさせてくれたな!」


 慌てて振り向いた先には大刀の切っ先を向ける者の姿があった。


「ひぅッ!?」


 子供が頭を両腕で庇い体を縮こませる。異様なまでにおびえる姿はいっそ可哀想なほどだ。

 目尻には涙を浮かべる子供はどうやら男の子のようで、薄汚れたシャツと黒っぽい短パンやブーツといった姿をしている。


 髪や耳、それに尻尾もぼさぼさだ。ろくに手入れされていないことをうかがわせ、顔などの肌も同様で全体的に薄汚れていた。


「兄貴、やっと捕まえたッスね!」


 残りの者たちも駆けつけ、そのうちの一人であるロイが言葉を発した。

 兄貴と呼ばれた男は紺色の短髪に黒を基調とした服をまとい、大刀アリーエを構えたまま困惑していた。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」


 子供は壊れたように言葉を発し続け涙で顔を濡らし始める。いったい何がそうまでさせるのか。謝り続ける様子は尋常ではなかった。

 

「と、盗ったもの……全部、返すから……だから殺さない、で……! うぅ、うぇぇぇええ……!」


 言葉を途切れさせてしまったら殺されてしまうと言わんばかりに声を絞り出す。そして地面に手を付き座ったままひたすらに大泣きし始めてしまう。

 涙はせきを切ったようにぼろぼろと流れ、そのあんまりな様子に男たちは怪訝けげんに思いひとつの可能性を導き出す。


「兄貴」

「わかっている」


 そう言うと、大刀をしまった兄貴と呼ばれる男はしゃがみ込み、子供の頭をぽんぽんと叩き撫で始めた。


「あー泣くな泣くな。男の子がみっともなく泣くんじゃない。男の子……だよな?」


 優しく語りかけながらも疑問に思ってしまい、最後のほうは言葉が小さくなってしまっていた。

 それでも問われた子供は泣きながらではあったが、涙を腕で拭いながらも頷いた。


「あー、それで殺さないでくれということはもしかしてだが、魔女との繋がりが切れてるのか?」

「うぅ、ひっく……うぇぇ……」


 嗚咽おえつを漏らしながらもこくりと頷く。そしてその答えに男は自身の頭をがしがしとかいた。

 なぜ黒猫のような子供が殺さないでほしいのか。それは『糸』とも呼ばれる魔女との繋がりが切れてしまったことにある。

 その状態で死亡すれば転送されずにそのまま粒子となって消えてしまうからだ。


「魔女との間に何か心当たりはあるのか」


 心当たりなど全くなく首を振る。

 ある日のことだ。いつものように箱庭ルヴアで過ごしていると違和感を感じ、帰還しようとするもできなくなったと言う。

 よく一緒に居た人物に相談すれば魔女との繋がりが切れたかもしれないと教えられた。

 それ以来、探索にも行かず細々と暮らしているとのことだった。


「それなら何で俺たちの戦利品を盗んだりしたんだ? ここには魔物も出るし危なくはないのか」


 男の問いに子供はぽつぽつと話し始めた。

 事の発端はゴライアという者に目をつけられてしまったことにあった。

 子供の様子から魔女との繋がりが切れていることを知られ、金を持ってこいと脅されたのだ。


 指示した金額に足りなければ殺すとまで言われてしまっていた。

 それからは必死になってお金を稼ぎ始めた。親しかった者に安全な稼ぎ方を教えてもらい、足りない分はその都度渡して貰っていたということだった。


 しかし、最近になって必要な金額を増やされ、渡された分も使いきってしまうとのことだ。

 お金を都合してくれた者とは会うことができず、焦った末に文字通り必死になって戦利品を盗んだと話した。


「クソがッ……!」

「とんだゲス野郎も居たッスね」


 兄貴と呼ばれた男がゴライアのあまりに非道な行いに悪態をつく。

 別の男が同意するように呟けば取り巻きの者も次々に頷いていた。


「事情はわかった。素材は全部くれてやる。それで足りそうなのか?」

「うぅ、ひっく……わ、わかんないよ」

「指示された金額はどれくらいなんだ」


 必要な金額は三万シリーグほど。それならば素材を換金すればかなり余裕があったが、今回のこともあり念のためお金も渡すことにした。

 それから男は大きくため息をつくとカードを顕示させた。子供にも出すように言うとカードを重ね合わせる。

 小さな光が発されると三万シリーグが子供のカードへと転送された。


「どうなるかわからんから素材は取っとけ」


 男がそう言うと、カードをまじまじと見つめる子供の瞳にはまた涙が溜まり始めてしまっていた。


「あー泣くな泣くな! 俺はオーヴェンって言うもんだ。俺の名前を呼ぶときに泣いてたら許さんからな」


 男を見上げる瞳には未だに涙が溜まっていたが、お世辞にも上手くない、無理やり笑ったような笑顔を作った。


「あ、ありがとうオーヴェン兄ちゃん……!」

「おう、それでお前さんの名前はなんて言うんだ」

「ぼ、ぼくの名前はアルフェイって言う、よ」


 それからはカード登録も行っておき、魔物が出ることもあってオーヴェンたちはアルフェイをポータルまで送り届けた。


「何かあったら相談しろよ」

「うん! またねオーヴェン兄ちゃん!」


 アルフェイはそう言うとポータルの中にその姿を消失させた。


「またね、か……」


 呟き見届けたオーヴェンの表情は暗い。アルフェイの現状とこれからのことを思うと、とてもではないが明るくなど振舞えなかったからだ。


 苦難の道は続き、薄氷の上を歩くかのような綱渡りを強要され続けるのかと、そう思えば表情が歪むのも仕方がないだろう。

 手を握り締め、目をきつく閉じれば手を振るアルフェイの姿が目に浮かぶ。


「終わってからなんだが、すまないなお前たち」


 オーヴェンの独断で折角の戦利品を丸々渡してしまったことだ。

 振り向いて発した言葉は無念さを隠しきれていない。ほかの者たちに申し訳ない気持ちと、どうしようもないやるせなさが混ざった結果だった。


「気にしないでくださいッス。それにあの子を見捨ててしまったら兄貴らしくないッスから」

「そんなことを今更気にはしませんよ」

「いつも通り、できる限りのことをしていくだけよ。無理なことかもしれないけれど、無駄なことなんて無いって言ったのは貴方よ。あの子のことも助けてあげるんでしょ?」


 ロイに続きアイシスとミレイも続いた。


「ああ、そうだな。こんなことでは諦められない」


 この三人はオーヴェンが掲げる思想の下に集った者たちだ。

 リーダーたるオーヴェンを筆頭に困っている者を助け、あるいは暴虐を尽くす者たちに対抗する。

 そんな苦難の道を進む酔狂とも言える集団だった。


「それでオーヴェンさん、どうします?」


 アイシスの問いに、静かに目を開き虚空を見据える。

 その先に見えるものは希望か、あるいは絶望か。

 タイムリミットがアルフェイの消失と言うならば、さいはすでに投げられている。

 事は急を要すると共に、決定的な瞬間までは相手に気づかれてはいけない。


「まずは情報収集だな。ゴライアという名前は聞いたことがある。<真紅の鎖(イル・フェグニス)>の盟主だったか。あまりいい噂は聞かなかったが、かなりあくどいことをしているようだな」


 戦う前の情報収集は必須であり、ここを疎かにしていては勝利を収めることなど到底できない。

 相手の規模や装備、組織的な構造や戦い方が違えば取るべき戦術や戦略が変わってくるというもの。


 相手が強大であればあるほど、必要な準備も多くなると共に時間も掛かる。

 そもそも仕掛けるべきかどうかの判断も必要になるだろう。

 そのためには精度の高い情報が必要になる。


 そして情報料は高いが〈千里眼ルダナール〉ならば破格の精度、というよりも真実そのままの情報を得ることができるのだ。

 利用しない選択肢などはない。そのことからもまずは『摩天楼(プリニバス)』へとオーヴェンは向かうことにした。


「日和見主義の〈天眼クオシル〉は、まぁ動かんだろうな」


 あわよくば〈天眼〉を今回の戦いに巻き込みたいとも思ったが、最近ではそういったものに参加してはいないようだった。


 権威と名声のある〈天眼〉が参加すればその影響は計り知れない。

 相手の規模次第ではあるが、あの〈最強レテュース〉を筆頭とした強者を巻き込むことも有効ではある。


 しかし、ばれた際のリスクが高すぎることを思えばあまり採用したくない案でもある。

 やるにしても細心の注意を払い実行しなければならない。

 何はともあれ、できる限りのことをやるだけだ。そう考えを締めくくったオーヴェンがポータルを潜り『森の都(エゴラ・トリース)』へと向かっていった。


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