106話 反則行為にミズキは怒る
再び霧が晴れれば大量の雪だるまが目に入る。
「こうなったら片っ端からですよ!」
爆線槌を振り回し、徐々に鎖の長さを伸ばしていった。
近くにある雪ダルマから順に粉砕していき、これならば偽物に紛れて近づくことなどできないだろう。
雪ダルマのひとつに鉄球が当たりそうになった瞬間、『白玉雪』が飛び跳ねた。即座に放たれた〈鎖爆〉が撃ち落とす。
そのまま追撃とばかりに何発もの〈炎槍〉が叩き込まれた。
「しぶとい」
かなりの部分を溶かした『白玉雪』が起き上がり、冷火ストーブが溶けた部分をじわじわと修復していく。
『白玉雪』は放たれる魔法を避けつつフォークを床に突き刺した。かと思えばものすごい勢いで雪を掘り始める。
巨大な雪玉を作るとフォークを突き刺し投げ飛ばしてきた。
「気をつけて」
次々と投げられる大雪玉をミズキは避け続ける。
「数が多くないですか!?」
怒涛の勢いで投げられる雪玉と、クーの魔法が衝突し雪と爆炎を撒き散らす。
雪玉のひとつがミズキへと迫るが、〈炎槍〉が命中し爆炎が巻き起こる。
しかし、その中からかなり大きい石が飛び出し、ミズキの腹部へと叩き込まれた。
「ごっふぅ!?」
ごろごろとファティマたちの居るところまでミズキは転がっていった。
「だ、大丈夫……?」
ファティマが駆け寄り、回復魔法を掛けているあいだにも雪玉は投げられ続け、そのうちのひとつが弾け飛んだ。
そして中に詰まっていた石がミズキの頭にごすごす当たり続ける。
ミズキが勢いよく起き上がり叫んだ。
「反則です! 反則ですぅぅぅぅぅぅ!!」
爆線槌が迫る雪玉を横から粉砕した。
「そっちがその気ならもう知りませんよ! うりゃああああ!」
ミズキは思い切り鉄球を投擲する。
「二人とも伏せてください! 〈爆破〉ぅぅぅ!」
莫大な魔力が鎖を焼き切りながら鉄球部分へと流れ込み、紫光が解き放たれた。
視界は光に覆われ、爆発は全てを飲み込んでいく。衝撃がミズキたちの居るところまで達し三人は吹き飛ばされた。
次第に視界が晴れてくると爆心地には大穴が開き、大量にあった雪ダルマは跡形も無く消え去っている。
かろうじて直撃を避けた『白玉雪』は、体を半壊させストーブを失っていた。
「ミズキ、ナイス」
クーは片腕を押さえながら立ち上がっていた。
負傷してしまっているのは咄嗟にファティマを庇ったためだ。
しかし、ファティマが〈回復〉を掛ければその傷も治っていく。そして、ファティマはミズキが見当たらないことを疑問に思い辺りを見まわした。
「ミズキ?」
雪面から足だけ出ている姿を発見してしまう。
「た、大変!」
急いで駆け寄りミズキを引き上げると、口から雪を吐き出していた。
「えほっえほっ!」
「大丈夫?」
「ひどい目に会いました……」
「でもあれ」
ミズキにも回復魔法を掛けていると、その横に居たクーが『白玉雪』を指差した。
そうしてミズキがそちらを見れば、動けなくなっていた『白玉雪』の姿が目に入る。
「あとは任せて」
クーは灯杖を構え詠唱する。
「〈炎嵐〉」
炎が『白玉雪』を包み込み渦巻いた。しかしクーの魔法はそれだけでは終わらない。
「〈炎槍〉〈炎槍〉〈炎槍〉」
口角を僅かに吊り上げたクーは〈炎槍〉を容赦なく放ち続け、炎の中からは光る粒子が散っていく。
クーは〈炎槍〉を放つのをやめ、そうして炎が収まった場所にはいくつかの素材が残されていた。
それからミズキは素材の近くへと向かい、なかでも一際に輝く雪玉を拾い鑑定する。
〈陽気なる鑑定〉
『白玉雪の元雪玉』
【冷たい】
「や、やりました! 素材を手に入れましたよ! これでファティマさんの魔法剣が作れます!」
素材を拾ったミズキが飛び跳ね喜んでいた。
「でもほんとにいいの? 貴重な素材だよ?」
「いいんです! 本はと言えばボクが言いだしたことなんですから!」
目を輝かせながら言われては、ファティマも断ることなどできなかった。
そして目を閉じ、長年の目標が達成されるのだと、上を仰ぎ喜びを噛み締めていた。
「ありがとうミズキ。言葉が上手く出てくれないけど、とても嬉しいよ」
目を開けると、ミズキはクーに捕まり足をぷらぷらさせていた。
「喜んでくれて嬉しいです! あ、クーさんにもお礼をしたいのですけど何がいいですか?」
「暖かいもの」
クーらしい単純で明快な答えだった。しかし、暖かいものと言ってもミズキの思いつくものは、服や防寒具くらいのものだ。
すでに全身が暖かそうなもので覆われているクーを見て、何を渡せばいいのか検討もつかない。
「む、難しいですね……」
「ミズキでも可。むしろそっちがいい」
「え!? そ、それはちょっと……」
何か考えなければ。このままではお持ち帰りされてしまうかもしれない。しかし、どれだけ考えてもいい案は浮かばず、時間ばかりが過ぎていく。
ミズキが必死に思案していたとき、さらさらとした雪が落ちてきていた。
「え?」
見上げればかまくらを形作っていた雪が崩れ始めていた。小さな切れ目が広がり、ヒビが加速度的に大きくなり天井が崩壊した。
「わああああ! 崩れてます、崩れてますぅぅぅ!?」
しかし、巨大な雪編は地表に到達する前に細かく崩れ、粉雪となってミズキたちに降りかかっていった。
そして、輝くような白が視界いっぱいを包むようにして広がっていく。視界が一時的に真っ白になるが、それも僅かのことだ。
まるで煙のように希薄な雪が吹き流され、雪原を覆う満天の星空が目に映る。
どうやら『白玉雪』と戦っているあいだに、箱庭は夜になってしまっていた。
「すごい……びっくりしましたけど綺麗です……」
「倒せば崩れる」
ミズキが魔法のような出来事に目を輝かせていた。
それからクーが説明するには、『白玉雪』を倒すと住みかである巨大なかまくらも同時に消滅するというものだった。
そうして新たな『白玉雪』が再び巨大かまくらを作るのだと言う。
「住む場所を追われるなんてなんだか可哀想だね」
「定め」
「そうだね、考えても仕方ないか」
跡形も無く消えてしまったかまくらを想い、ファティマは憂いていた。しかし、クーは仕方のないことだと短く答えていた。
「確かにちょっと可哀想でしたけど……と、とにかく素材は手に入りましたし早く帰って魔法剣を作ってもらいましょう!」
「同意。早く帰りたい」
「うん、帰ろうか」
ミズキも少ししょんぼりしていたが持ち直し、早く帰ることを提案すればクーも続きファティマも同意していた。
何はともあれ、目的の素材を手に入れられたのだ。今回の探索は大成功と言える。三人が穏やかに微笑み合い帰ろうとしたとき、無粋な声が遮った。