104話 白玉雪
まだ夜が明けていない時間にミズキは目を覚ます。この世界の一日の時間には大分慣れてきたが、なんとなく早めに起きてしまう。
二人はまだ眠ったままで、外の天候も穏やかなこともありテントの中には静かな時間が流れていた。
ミズキはクーから抜け出し、テントの外へと向かう。外に出れば肌を刺すような寒さで、吐く息は白く流れていく。
一面に広がる銀世界はやはり不思議だ。自分には関わりのないような景色を前に、ふと、元の世界の冬を思い出した。
ミズキの知る冬は空気が澄み空が高くなったものだが、見上げれば巨大な『変転せし六光』が目に入る。
夜空に輝く星々も、ほかの星の光に近づいては離れるという動きを繰り返し、その動きにはまるで統一感がない。
ミズキは一度テントの中へと戻ると、二人を起こさないように魔法箱を持ってテントを出た。
それから紅茶の入った水筒を取り出し、入れ物に紅茶を注いでいく。湯気が立ち、一口飲めば体が温まる。
そうして夜の景色を眺めていると、遠くで光の靄が螺旋を描き始めていた。ミズキだけが見える夜明けの前兆だ。
一点に靄が集まれば爆発するような光が放たれる。『全て慈しむ紫光』に照らされた雪原が沸き立つように輝き始めた。
「やっぱり眩しいね」
目を細めながら呟けば、その顔は少し笑っていた。ミズキはこの新星を思わせる、箱庭の夜明けが嫌いではなかった。
とても力強い光に元気付けられる気がするからだ。
次第に光は弱くなっていき、地表を優しく照らし始める。一度目を閉じたミズキは息を深く吸う。目を開き、吐き出した息は天へと昇っていった。
そのとき、後ろから雪を踏む音が聞こえたかと思うと抱き上げられた。
「早起き」
いつものじっとりとした目のクーが、ミズキを抱き締めていた。そのままテントの中へ連れて行かれてしまう。
「中のほうが暖かい」
ファティマも目を覚まし起き上がるところで、欠伸を噛み殺したファティマは目をこすっていた。
「おはよう」
「おはようございますファティマさん」
全員が起きたことで、食事を取りながら大まかな作戦を話し合っていた。
といっても作戦と呼べるようなものではなく、クーの〈炎の加護〉を掛けた後、クーがファティマを守りながら戦うといったものだ。
ミズキは自由に動いて戦うこととなる。
「準備はいい?」
「あ、ちょっと待ってね」
クーが確認するとファティマが待ったを掛ける。ファティマは兎型の髪飾りである命守と、腕輪型の火守を外すとミズキへと手渡した。
「これは返しておくね」
「いいんですか?」
「うん、今回私は後ろに下がっているからね」
剣士になりたがっていたファティマを、ミズキが確認の意味も込めてじっと見つめる。そうしているとファティマが苦笑した。
「この探索が終われば作ってくれるんでしょ? 今までのことを思えば今回我慢するのは苦じゃないよ。それに、私の回復魔法は優秀だからね。安心して戦ってよ」
「わかりました!」
それならばとミズキは頷き了承した。
「行く?」
「うん、行こう」
「行きましょう!」
クーが呟くように聞けばファティマが答え、ミズキはやる気十分とばかりに叫んでいた。
ミズキたちは巨大なかまくらへと歩いていく。近づくにつれその巨大さが如実に実感できた。そんな雪の塊に一箇所だけ小さな穴が開いている。
穴の前に立つと、中から凄まじい冷気が漏れ出ているのがわかった。その様子にミズキは思わず息を呑む。
そして、冷気で不快な顔をしたクーはミズキを降ろし、魔法箱から灯杖を取り出した。
「青炎は全てを焼き尽くす、冷気払いし炎の守りを我らに、〈炎の加護〉」
ミズキたちが青い光に包まれれば冷気が遮断される。ミズキも爆線槌を取り出し準備が整えば中へと足を踏み入れた。
やはり中も凄まじい冷気が支配していた。しかし、内部は以外にも明るく全体を見渡すことができた。
そして、巨大なかまくらの中央にそれは居た。巨大な白い玉が二つ連なり、申し訳程度に左右に伸びる棒の先には、手袋がはめられている。
どこからどう見ても雪ダルマだった。しかし、その雪ダルマは頭に麦藁帽子を被っており、片手でうちわを仰ぎつつもう片方の手はストーブに向けられていた。
雪で出来ているからには雪ダルマなのだろう。その横には、雪かきとフォークが一体化したようなものが地面へと突き刺さっていた。
「雪、ダルマ?」
雪ダルマがストーブに当たる光景にミズキは首を傾げるしかない。
「そう」
「なんでストーブなんか……」
「あれは冷火ストーブ。冷たい光を撒き散らす忌むべきもの。許されざる暴挙。即刻破壊するべき」
クーが次々と話せば、あのストーブは普通のものとは真逆のもののようであった。急に話しだしたクーをミズキが唖然と見上げている。
そして、ミズキにはクーがなぜ『白玉雪』をおすすめしたのか、その理由がなんとなくわかってしまった。
(クーさんってこの雪ダルマのこと)
(相当嫌いだよね……?)
『白玉雪』がこちらに気づき飛び上がった。それからわたわたしだすと刺さっていたフォークスコップを抜き、冷火ストーブを手に持った。
そして、思い出したかのようにこちらを威圧し始めてきた。
しかし、いくらこちらを見据えようとも、雪ダルマでは迫力が無いことにミズキは調子の狂う思いだった。その横でクーは灯杖をかざし詠唱する。
「〈炎槍〉」
青い炎が螺旋を描きながら収束し、炎の槍が『白玉雪』目掛けて撃ち出された。
第二章の最終話、115話まで更新します。