103話 戦う前の休息
「それで『白玉雪』と戦うんですよね、どんな姿なんですか?」
「ん~……雪だるま?」
ミズキは『白玉雪』とはどんなものかと尋ねるが、クーが首を捻りながら返した答えはよくわからないものだった。
「全然わからないです」
「見ればわかる」
本当に見ればわかると思っているのか、クーはそれ以上何も言わなかった。
これ以上聞いても詳しいことがわかりそうもなく、明日には見ることができると思い、ミズキはそれ以上聞くのを諦めた。
「それよりもファティマさんは大丈夫ですか?」
「きもちわるい……」
横になったまま絞り出された声は苦しそうで、ぐったりと倒れるファティマの顔色は悪い。
「ほら、見てくださいよ! ファティマさんだって大変な目に会ってあんなにぐったりしてるんですよ!」
怒りが再燃したのか、フードのうさ耳がぴこぴこと動いていた。
そして、クーの腕をミズキはぺちぺち叩きながら、苦しそうに横たわるファティマを指差した。
「……ごめん」
本当に悪いと思ったのか、クーは少ししゅんとしながら呟いた。
「こっちこそごめんね。私は大丈夫だからミズキもそんなに怒らないで」
「わ、わかりました」
「ありがとう」
それからは、ファティマが落ち着くのを待って食事の準備をしていく。
そして、食べ終わったあとに配った紅茶で一息つけば、ミズキがそういえばと思い出したことがあった。
「マカロンとかもありますけど食べますか?」
「そんなものまであるんだ。甘いものは好きだし貰おうかな」
「食べる」
ミズキの提案にファティマとクーが了承すれば、ミズキが魔法箱から取り出していく。あの巨マカロンを。
「お、大きいね……」
「……予想外」
異様な大きさのマカロンを前にファティマはたじろぎ、クーは無表情ながらも驚きを隠せていなかった。
「リティス様がたくさん持たせてくれたんですよ!」
そう言って巨大なマカロンをファティマとクーに手渡していく。
ファティマはお腹の前で持つマカロンに視線を落とし固まっていた。手に持ったことでどれほど巨大なのかを実感していたからだ。
一方でクーは受け取るとすでに食べ始めていた。ミズキを抱いたままなので、かじった際に生じたくずがミズキへと降りかかり、跳ねのある髪へと積もっていた。
「くずがあああ! マカロンくずが降りかかってますよ!」
「ごめん」
そう言いながらもクーがやめることはない。そのまま片手でミズキを押さえながら、もう片方の手でマカロンをかじり続けていた。
「…………」
クーのあまりのマイペースぶりに、ミズキは下を向きながら無表情になった。そして次第に体を震えさせ、クーを見上げるミズキは抗議に吠える。
「ずっと思ってましたけど、せめて食べるときぐらいは放してくださいよ!」
「やだ」
しかし、ミズキの抗議はあえなく一蹴されてしまう。その横ではファティマが巨大マカロンへとかじりついていた。
「あ、美味しい……」
食べたあとに小さい声が漏れていた。食事を済ませたあと、三人は寄り添い一緒の毛布へと包まっている。
外気を遮断する魔道具と火晶石ストーブがあるものの、完璧ではないので互いの体温で暖を取り合っていた。
「明日はいよいよ『白玉雪』との戦いですね! 氷の素材を持ち帰ってリティス様に魔法剣を作ってもらえばファティマさんも剣士になれますよ!」
「そうだね。ありがとうミズキ」
「私も居る」
「うん、クーもありがとうね」
ミズキが明日の意気込みを語ればファティマは笑う。ミズキを抱えたクーも負けじと強調すれば、ファティマはやはり嬉しそうだった。
そして、二人に囲まれ暖かくするミズキは思う。いよいよ決戦だと。それにしても不思議な感覚だった。
今思えば三人で協力して探索していることは感慨深く、ファティマは助けたことが切っ掛けで、クーはいつの間にか一緒に居たのだ。
今回の探索が上手くいくかはまだわからない。けれど、もし上手くいき、剣士となったファティマを見るのは楽しみでもあった。
それに、クーが居なければここまで順調な探索にはなりえなかっただろう。
もし何か欲しいものでもあれば、可能な限りお礼をしたいと改めてミズキは考える。
テントの外に広がる銀世界は、『変転せし六光』と、満天の星々の光を反射して輝いている。
そして、澄んだ夜天の遥か彼方に煌く青の軌跡が走っていた。