102話 滑走です!?
呆然と見守るミズキとファティマを横目に、クーは大きい金属製の板を取り出していた。それを下に置くとミズキを持ち上げる。
「へ?」
「ファティマも乗る」
「え? いつの間にこんなものを……」
ミズキは突然のことに驚き状況が理解できなかったが、ファティマはクーの意図を察したのか呆れていた。
「脱がして」
そう言ってクーは持ち上げたミズキをファティマのほうに見せ、刺靴を脱がせていった。
それから二人も靴を履き替え、三人が板の上へと乗ると準備が整った。次の瞬間には凄まじい勢いで斜面を滑り始めていた。
「ぎゃあああああ! 落ちてます、落ちてますぅぅぅぅぅ!?」
「ちょっと早すぎない!?」
ミズキが叫ぶ中、ファティマもあまりの速さに顔が引きつり冷や汗を流していた。
クーは一応の安全のために雪崩を起こしていた。先に大規模な雪崩を起こしておけば、勢い良く滑り落ちても雪崩は起きず安全だからだ。
しかし、あれほどの雪崩に耐えたのか魔物が前に立ちはだかる。
「〈炎槍〉」
滑りながらも放たれた炎の槍が、魔物を正確に撃ち抜き粒子を散らす。魔物は一匹だけではなかったようで、滑り落ちる先に次々と現れた。
「〈炎槍〉〈炎槍〉〈炎槍〉」
シューティングゲームの如く、現れた魔物が次々と炎の槍に貫かれ粒子となっていく。
「来る」
クーがそんなことを普段の無表情のままに言った。
「く、来るって何がですか!?」
ミズキは必死に聞き返していたがすぐに明らかとなる。前方に巨大な亀裂が存在していたのだ。
板は空中へと射出される。
雪や氷の破片でキラキラとした軌跡を描き、ふわっとした無重力感が体を支配する。しかしそれも一瞬のこと。金属板諸共ミズキたちは落下していった。
「~ッ!!?!?」
声にならない叫びを発しながら落ちていき、着氷すればそのまま氷を削りながら滑り続けていった。
飛んだり跳ねたり、魔物を撃ち抜いたりして下っていけばいよいよ盆地だ。
弾丸のような速さで滑走する先に氷の大木が見えた。このままでは直撃するのは間違いない。
「前! まえええええええ!?」
ミズキが絶叫しファティマは体を強張らせた。しかしクーはミズキを抱えたまま、ファティマの胸倉を掴むと横に飛び降りた。
雪煙を上げながら三人は転がっていく。斜面は大分緩やかになっていたが、かなり先にまで転がった末にようやく止まった。
「目が回りますぅ……」
ミズキとファティマがぐったりとしていた。そんなミズキたちの目の前にひしゃげた金属板が突き刺さる。
「ぎゃああああ!?」
突然目の前に突き刺さったことによる驚愕と、もしあのまま乗っていたらという絶叫だった。
「休息、要るよ?」
一人だけぴんぴんしているクーが首を傾げながら呟いた。雪で塗れたファティマは片手を地面に突いた体勢で、クーを呆然と見上げていた。
そして抱きかかえられたままのミズキは、フードの耳ごとがっくりとうなだれた。
「暖かい」
脱力したミズキを抱くクーが、目を細めてその温もりを感じていた。
*
箱庭には夜が訪れ、星がひしめき合う夜空が広がっている。そして巨大なかまくらから離れたところで、ミズキたちは野営をしていた。
二人が山下りもとい、山滑りで疲れ切ってしまったためだ。よって、今日は十分に休息を取り、翌日に『白玉雪』を討伐しに行く予定だった。
「もう! あんな下り方をするなら一言話してくださいよ!」
余程怖かったのか、ミズキが頬を膨らませて怒っていた。
「……さぷらいず?」
クーが何を言おうか迷った末、首を傾げながら呟いた。
「サプライズじゃないですよ! 心臓が止まるかと思いましたよ!」
「まぁ結果的には日数の短縮になったのだし、ね……?」
ファティマはぐったりと横になりながらも、クーをフォローしていた。しかしその顔色は優れない。
ファティマの言うとおりあのまま歩いて下りていたら、盆地に着くまでにもう一日は掛かったことだろう。
それがすぐに下りられ、今は休息を取れているのだから確かに効率的ではあったのだ。だとしてもミズキは未だに不満そうにしていた。
「まったくもう、まったくもうですよ!」
フードの耳をせわしなく動かし、ぷんすか怒るミズキにはまるで迫力はなく、クーが無反応に抱き締めていた。そのままクーがぼそりと呟く。
「早く抱きたかったから」
その思いの強さを示すかのようにぎゅっと抱き締めた。
「はぁ……もういいです」
ミズキは変わらないクーの対応に諦め、ため息をついた。