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1話 起きたら異世界でした


「やった。ついにやったわ。大成功よ!」


 叫びは歓喜に震えていた。


 声のした部屋は明かりがとぼしく薄暗い。天井からいくつもるされた丸い球体の、ぼやけるような明かりが室内を弱々しく照らしていた。


 壁際の本棚にはところ狭しに本が詰め込まれ、入りきらなかっただろう本が床に散乱している。


 壁には何かの陣が描かれた布がいくつもかけられ、室内は繁雑はんざつとしていた。


 そんな部屋のなかに置かれた机の前に、声を発した女の姿があった。


 女は長く滑らかな銀髪を流し、豊満な胸部以外はすらりとしたシルエットをしている。


 金属の装飾が胸元に映える黒のドレスローブがその身を包み、胸の前で手を組み嬉しくて仕方がないといった様子だ。


 机の上には一度見ただけではわからない小物や小瓶、書物などが散らかっている。


 しかしながら、そのなかでも机の上の一角には、雑多なものが排除された領域があった。


 そこには見たこともない文字や複雑な模様の書かれた布がしかれており、その上では手のひらサイズの小人が宙に浮いていた。


 小人はくり色の長い髪が特徴的な少女だった。ブラウスに茶色のジャケットとスカートという姿だ。


 寝ているのか少女は目をつむり、ゆっくりと降下している。


 女は満足そうにうなずくと、棚から濃緑の液体の入った小瓶を取り出した。


「やっと、やっと成功したんだもの。しばらくご無沙汰ぶさただったし、お祝いを込めて少しくらいいいわよね?」


 心底嬉しそうな様子で小瓶を自身の口につけ、濃緑の液体を流し込んだ。


 すぐに異変があった。口元を手で押さえ体を震わせたかと思うと、赤黒い液体を盛大に噴き出したのだ。


「ゴホッゴホッ! ゴヴォッオヴォオエエ!」


 床へと倒れこみ、口からは赤い泡をあふれさせ激しく痙攣けいれんしだす。


 部屋には血溜まりに浸かる女と、それを見た少女が驚愕きょうがくの表情を浮かべるばかりの時が過ぎていった。


   *


 ボクこと高橋たかはし瑞樹みずきは、たゆたう水のなかのようなまどろみに身をゆだねていた。


 身体が沈んでいく感覚がする。やがて何かが背中に当たった。


「***。*******。****!」


 音が聞こえた気がした。あれ、もう朝? でも目覚ましにしては違う音のような気がする。


 なら父さんがボクを起こしに来たのだろうか。でも父さんはボクの世話と仕事の疲れがたたり、ガンによって帰らぬ人となってしまったはずだ。


 それにこれは女の人の声? でも母さんも居ないはずだ。ボクが生まれてすぐに亡くなってしまったと聞いてたからだ。


 ああ、そうだ。今日はお盆休みを利用して両親の墓参りに行く予定だったんだ。早く起きて準備しないと。


 目を開けると見たことない天井がボクの目に映りこんだ。


 一目見ただけでは天井と言っていいのかはわからない状態で、多彩な光る球体がたくさん吊り下がっていた。


 え? これは、夢?


 体を起こせば巨大な瓶や書物、用途不明のものが圧迫感をともない視界を占領する。多くのものが光にあふまぶしいくらいだった。


「***、***********。************、*****************?」


 え、なに?

 声のしたほうに振り向けばそこには巨大な女の人が居た。


 黒のドレスローブをまとう長い銀髪の女の人だ。その表情はとても嬉しそうで祈るようなしぐさをしている。


 ボクがじっと見てると、女の人が瓶に入る濃緑の液体を飲み干した。

 すると手で押さえた口元からは血の滝が生じ苦しそうにする。


 え? え!?


「ゴホッゴホッ! ゴヴォッオヴォオエエ!」


 ボクが事態を飲み込む間もなく、その巨体が粘りのある水音と共に血溜まりへと崩れ落ちる。

 しばらくは激しく痙攣けいれんしていたが、すぐにわずかに震えるばかりとなった。


 き、急に血を吐いて倒れちゃったよ!? 大丈夫なのかな!?


 あまりの出来事に心臓が嫌な音を立てている。夢にしてもひどく不気味で早く目が覚めてほしいと願うばかりだ。


 そう思っていると血溜まりに沈む女の人が突如光り始めた。光が収まるとおもむろに起き上がりこちらを向き。


「**、***********。*******? **、********?」


 何を言ってるのかわからない……。話しかけられているが何を言っているのか全くわからなかった。


 イントネーションからどこの国の言葉か、ある程度はわかるかもしれないと思ったが全くわからない。


 そもそも血まみれで相対すること自体がおかしいよ! そして怖い! 血が、血が飛び散ってるよ……!


 いや、そもそもがいろいろとおかしいのだけれど、とにかく早く目が覚めてほしいかな!?


「***、*************」


 突然の目の前に大きな指先が迫り、その恐怖感にしりもちをついてしまう。


 ボクなんて簡単に握りつぶせそうな手が怖くないわけないよ!


 誰か助けてほしいと思っていると、人差し指が体に触れ光り始めた。

 紋様が浮かび、指先に収束すると一際明るく輝いた。


「どう? この魔法は不完全なのだけれど私の言葉がわかるんじゃないかしら?」


 え、言葉がわかる? いったい何が。


「まぁまぁ、何が起こったかわからないって顔してるわね。いいわ、全部話してあげる」

「あ、あの、これって夢なんですか?」


 かなり変な夢だけどきっと夢なんてこんなものだろう。そうに違いない。このような怖いだけの夢は早く終わってほしい。


「ふふっ、確かに夢のようかもしれないけれど違うわね」


 夢じゃない? 嫌な予感がするよ? いやでも、こんな変な状況は夢以外あるはずがない、よね? 


「どうしても必要なことがあって……別世界にあるあなたの魂をこちらに呼び寄せたの」

「え、え……?」

「寝てるあいだにほかの魔女が私を差し置いて、箱庭ルヴアで遊び始めていたのよ! しかもすごく自慢してくるの。ひどいと思わない? だからあなたが活躍してほかの魔女をぎゃふんと言わせてほしいのよ!」


 魔女? 箱庭(ルヴア)……? 何を言ってるのか全然わからないよ。魔女ってボクの知ってるあの魔女のことなのかな。


 それに活躍というのもわからないし、何よりボクは墓参りに行かなきゃいけない。


「あの、ボクは両親のお墓参りをしないといけないですし、お仕事も行かないといけないんです。もし夢でないのでしたら、あの、元の世界に戻してほしいです。そもそも戻れるのですか?」

「戻すのは簡単よ。魂を送り返すだけなのだから」


 それなら少しは安心できる。もうここが夢なのかそうでないのか、ボクにはわからなくなっていたからだ。


 帰る手段がなかったりしたら悪夢としかいえない。今年のお盆休みは九連休だったから、最悪そのあいだに帰れればいい、のかな?


 両親のお墓参りは申し訳ないと思うけれど、日にちが足りなかったら時期を見計らっていくしかないかな。


 なるようにしかならないと思わないと混乱しすぎて何も考えられないよ。

 そういえば活躍してほしいなんて言ってたけどすぐ終わるのかな?


「あの、期間はどうなるんですか? どんなに頑張っても九日までしか無理ですよ? それに魂を呼んだって言ってましたけどボクの体って今はどうなっているんです?」

「魂がなければ動かないわね。時間はそうねぇ、たくさんかかると思うわ!」


 まさかの無期限……? そもそも九日も体が動いてなかったらボクの体は死んでしまってるのでは。


「魂の抜けたボクの体って動いてないんですよね?」

「そうよ」

「飲まず食わずだと死んじゃうと思うんですけど……」

「え?」

「え……?」


 ボクと女の人のあいだに気まずい沈黙が流れた。


 いや、でも、飲まず食わずで死ぬのは当たり前だし驚くことなどないはずなのに。すごく嫌な予感がするんだけどどうしよう。


「えっと、九日というのもよくわからないし魂を戻せば動くでしょう?」

「何もせずに三日も過ごしたら死にますよ?」

「うそ……どうしましょう。まさか魂のない体が死ぬなんて思わなかったわ」


 点滴とかされてるなら話は別だけど、飲まず食わずではすぐに脱水症状でアウトだと思う。夏だし下手したら一日で駄目かも……。


「想定外ね。でもたぶん問題ない、はずよ。今のあなたは箱庭(ルヴア)との親和性が高いはずだから、箱庭にあるはずの時に関係する素材を集めてくれば無事に帰れる、はずよ」


 はずって四回も言った……! しかもこの人目が泳いでたよ! 


「二人の目的を同時に達成できるすばらしい案だわ。というわけでこれからの方針は時に関係する素材を集めてくるというものね。そうすれば私の目的も達成されて円満に違いないわ」


 うぅ、全然大丈夫そうに聞こえない。言われたとおり時に関係する素材? を集めればいいってことなのかな。


 でも素材って言われてもピンとこないし。不安に思っていると女の人の笑顔が近づいてきた。巨大な顔に見下ろされるというのはかなり怖い。


「そういえば自己紹介がまだだったわね。私の名前はリティス。エマヴィス・リティスよ。あなたの名前はなに?」

「えっと、瑞樹(みずき)……です」

「ミズキって言うのね。長い付き合いになるでしょうしよろしくね。あなたの魂と私の魂は切っても切れないつながりがあるから安心していいわ」


 これが夢でないのだとしたら、ボクはとんでもないところへ来てしまったのだと思う。


 周りを見渡せば、瓶に映る背の小さい少女の姿が目に入った。

 えんじ色の帽子にくり色の跳ねっ毛。顔には大きく見開かれた目はヘーゼルカラーだ。


 そんな元気で活発そうな姿がボクを見ていた。気まずくなりボクが目を逸らすとまた少女も目を逸らす。


 え!?


 驚き振り向けば少女も、いや、瓶に映るボクも同じように振り向いた。


「え、ええええええええええ!?」


 ぼ、ぼ、ボクがおおお女の子に……!?


「な、なんで女の子になってるんですか!?」

「どういうこと?」


 巨大な首が大きく傾げられた。


 今思えば声もずいぶん高いし、あまりに動転してた所為か全然気づかなかったのが不思議なくらいだよ! 違う、そうじゃなくて!


「ボクは男なんです!」

「可愛い子ができたから良かったと思っていたけれど女の子じゃなかったんだ?」


 違うよ! 良くないよ! これじゃ変態だって思われちゃうよ!?


「そうねぇ、理由としては人形(クルカ)の器が特製のものだったからかしら? 今回用意した器は自慢しちゃうけど万全を期した特別性よ! 魂の欠損や資質を無視して望むままに形作られるのよ!」


 ということはまさか。


「これがボクの望んだ結果だってことなんですか?」

「可愛いから別にいいじゃない」

「ほんとにボクが変態みたいじゃないですか! 女の子になりたいなんて思ってないですよ!」


 ボクはボクの尊厳のためにも断固抗議します!


「なら誤作動かしらね? 複雑極まりない代物だしありえるわ」



 開いた口が塞がらないとはこのことかと関心する。


 な、なんててきとうな人なんだ……そもそも人、なのかな?


 けれど重要なことはそこではなく、この姿で当分を過ごすかもしれないということ。いや、それよりももっと根本的な問題があった。


 こんなてきとうなことで帰れるのかな……。


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