長い夜の裏側
「なんだろう、この楽の音…」
きょときょとと辺りを見回しながら耳を澄ませる姿は、どこかうさぎに似ていた。
「『鼎』かい?」
母が少しぞんざいに訊ねた。
「あー、そうかも。うん、『鼎』だ。母ちゃんは聞こえてないんだよな?」
「聞こえないねぇ」
少年にしか聞こえないそれは、遠く離れた場所にある。物理的に離れた場所にある『鼎』の音を遠くからでも聴くことが出来るのは、特別な『耳』を持つ、少年ただ一人だ。
「なんつーか。物寂しい音がしてる。でも、すごくきれいだ。雨の音を楽にしたらきっとこんな感じになるだろうな、っていう」
「どんな音なんだか、想像もつかないねぇ」
呆れたような声を出しつつも相手をしてやるのは、母だからか。
「にいちゃん、凹んでるな。尤も、今は他に何もできねぇから仕方ねーんだけど」
どこか同情めいた響きが漂っている。
「まあ、明けない夜明けはないからね。その子も今が正念場なんだろうさ。男には人生に何度か、そういう時があるさね」
どこか達観したような物言いに、少々諦めたような目を向けたのは仕方ないだろう。だが、それは決して冷たいものではない。
「月下氷人の糸は何れ交わる。それが良いものになるか悪いものになるかは、自分次第さ」
「…母ちゃんが言うと重みが無くなるよーな気がすんだけど」
母は無言で息子の耳をねじり上げた。
白玉君はまあ色々複雑な状況を抱えた人ですが、頑張ってすくすくと育ってほしいものです。
阿蘭は元気な母がいるからきっと大丈夫でしょうが。