馴れ初め
ほぼ会話文です。
「なあ、母ちゃん」
無造作に訊ねる息子に、片眉をあげつつも無造作に応える。
「なんだい」
「父ちゃんと逢った時ってどんなだった?」
「……なんだい、藪から棒に」
思わず思考が止まったのは、遠い過去に心が飛んだからである。
「だって気になるじゃねーか。両親の、えーと。なれそめ?とか?」
「……ませ餓鬼が、何言ってんだか」
「だって、すごい、いい男だったんだろ? 見惚れてぼーっとしたりとか」
「しなかったねぇ。お前の父ちゃんは仮面被ってたし」
「は? 仮面?」
「まあ、正しくは甲冑だね。顔の怪我を防ぐために、顔の部分も防護する甲冑を付けてたんだよ。普段の鍛錬じゃなく、戦装束で、稽古しようとしてる時だったらしいから」
「……何やったんだ? 母ちゃん」
やらかした前提で訊いているのは間違いない。
「何であたしがやらかした前提なんだい」
「だって、父ちゃん、武官のそれもかなりの高官だったんだろ? だったら、母ちゃんが何かやらかしたか、へましたかのどっちかじゃねえ?」
そっと目を逸らす母を容赦なく追及するような声なのは、この少年にしては珍しい。
「……父ちゃんがえらい人から稽古する許しを貰っていた場所で、たまたま仙術の稽古をしてたんだよ。いい月夜にいい場所があったなぁと思ってつい夢中になっちまって、近くに来てた父ちゃんに気付かなかったのさ」
なんとか絞り出した答えに、納得したような少年の声が返ってくる。
「へぇー。そりゃあ父ちゃんもきっと吃驚だったろうなぁ」
そういえば、振り返った時は、少し驚いたような気配があったな、と今更ながらに思い出す。もう遥か昔のことだけれど。
「……なんで判るんだい」
「だって、母ちゃん、仙術の稽古してる時が一番綺麗だからさ」
「……」
「それが、雪の中とか、月の光の下とかだったら、大食いっぷりも判んねえだろうし、性格も判んねーから、仙女さまかと思って見惚れててもおかしくねえよなぁ。うん、判った」
「……何がだい」
「月の下で踊ってる母ちゃんに父ちゃんがまず一目惚れして、仮面をとって自己紹介した父ちゃんに、母ちゃんが一目惚れしたんだろ? ……ま、軽く何合かやりあったんだろうけど」
「……」
なぜ判る、と突っ込みたい母は、何とか言葉を飲み込んだ。
息子に勝てる気が、全くしなかったので。
本編にはあまり関係ないけど、出しておきたかったので、丁度タイミングいいかなと載せちゃいました。