目覚め
気が付くと咽せるような草の匂い。
身体中を撫でるようにさわめく青い葉。
柔らかな土の感触。
目を開くと、私は見たことも無いくらいの大きな草原の中にひとり。
ここは何処だろうか。北海道ならこんな牧草地があるかもしれない。
では私は、私の知らない間に北海道へ旅行に来てしまったのか。
フッと笑う。そんな馬鹿な。自分の気付かない間に自分が何かをするだなんて、全く無いとは言えないけれど、とても信じられない。
では此処は一体何だろう。
しばらく思案して、それから私は周りをキョロキョロと見渡した。それから服を脱いで、生まれたままの姿になってから調べられる限り自分の身体を隈無くチェックした。
どうやら私の貞操は無事らしい。怪我も何処にも無いようだし、何かされたような跡も無い。
拐われたと言うわけでもなさそうだ。拐った相手に何もせず、ただ何処とも知れぬ場所に置き去りにするなんて、そんな得のないことをする人間はまさかいまい。
では、と私は裸のまま草の上に腰を下ろした。サワサワと草が肌を撫でて、癖になりそうだ。
いよいよ困った。私が何故此処に居るか、その意図も経緯も、何もかもが何の手がかりも無く、謎だ。
持物と言えば、ラムネ菓子の入った小さなケースがひとつ。
はて、と気が付く。何故私は菓子のケースひとつしか持っていない。他に持つべきものがあるだろう。
盗られたのか。いや待て。そもそも私は気を失う以前、何をしていた。常識だけを持って今生まれて来たような感覚。
一言で言えば目が覚めるより前が思い出せないのだ。