プロローグ
その日少女は死への渇望と、少しの後悔のようなものの間にいた。
遮るものの無い廃ビルの屋上で、肌寒さを感じながら手摺りの向こうの空を見ていた。
眼下には歩く人影はほとんどなく、どこへ向かうのか慌ただしく行き交う車は少女に気付くことはない。
少女の足元には幾つも煙草の吸い殻が散らばり、見渡せば酒の瓶や缶が転がっている。日が暮れるとここは近隣の不良達のたまり場になっているという。
一階の破られた窓はそのまま放置され、屋上のドアも元々は鍵が掛けられていたのだろう、荒っぽく抉じ開けられ今ではその用を成していない。
だからこそ簡単にこんなビルの屋上へ来ることができたのだが、少女にはそれを成した不良達への侮蔑こそあれ感謝の気持ちは微塵もなかった。
壊された窓やドア、散らばるゴミ達。少女にはそれが暴力や悪意の象徴のように思えた。
急に胸が詰まるような思いがした。悲しさや怒りや憤りや未練や恐怖や安堵や愛しさ、生まれてから感じて来たものばかりのような、または一度も感じたことのないような、ぐちゃぐちゃになった心が胸の中心の辺りで外へ飛び出そうと暴れているような感覚だった。
スカートのポケットから小さなケースを掴み、中から一粒ラムネ菓子を取り出した。
口の中でサラサラと溶けていっぱいに甘さが広がると少女は決意した。
そこから先を少女は覚えていない。