ウィザーズ・アカデミア〜もう一人の愛し子〜
前作ウィザーズ・アカデミア〜妖精の愛し子〜で、リディアンナも誰かとくっつかないと可哀想なのでw
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
10月15日、後書きに追記
私の名前はリディアンナ。
ウィザーズ・アカデミアの1回生にして王宮魔道士。
あと元、伯爵家の令嬢。
いきなりだけど、私には前世の記憶がある。
思い出したのは五歳のとき、一緒に遊んでいた双子の兄レヴァンと頭をぶつけた拍子に思い出した。
いわゆる異世界転生だ。
このとき一緒にレヴァンも転生者なのを思い出したらしいけど、確認したら前世の私の知り合いとかじゃなかった。
私の方は覚えてる限りだと、十五歳くらいで中学卒業前なのか高校入学後だったのか、そこら辺の記憶が曖昧なんだよねー。
この世界で十歳になって魔力測定をしたとき、ウィザーズ・アカデミアへの入学が決定。
この時にこの世界がウィザーズ・アカデミアという大好きなゲームだと知って、踊り狂いそうになったけど、なんとか耐えた。
グッジョブ、私!
それをレヴァンに打ち明けたら、驚いたりしないで「ああ、やっぱり」で済ませてた。あれ?
そして学院への入学後、寮で割り当てられた相部屋が自分だけしか居なかったり、起こるイベントの一連の流れがゲームと同じことに少し安心した一週間後、『それ』と遭遇したのだ。
第一王子様とその関係者による…えっと、アレな場面を。
私はどうしようか悩みに悩んだ挙句、魔力の暴走起こすし痛いしで、気付けばレヴァンが私の格好で学院に通う羽目になってた。
そして閃いてしまった。
彼に王子様一行のやっている事を知らせよう、と。
その結果は周知の通り、サマーパーティーで王子様達に自白剤を飲ませて全ての罪を告白させて、彼等は廃嫡どころか鉱山奴隷にまで落とされた訳だけど…
ついでに両親達とも縁を切ってたり、兄よ、容赦無さすぎ。
まあ、あの両親はゲームと違って、権力というか名誉主義って言うのかな?
それに取り憑かれてる感じで嫌いだったからいいけど。
私達はその後、レヴァンは実力を、私は資質の高さから王宮の魔道士として招かれ、学院に通いながら日常に役立つ魔導具の研究開発をする日々を送っている。
研究とかの実態は小学生の科学実験レベルなんだけど、そこら辺の成果とかはレヴァンが上手く誤魔化してるみたい。
そして秋、十月の始め。
なんと!レヴァンがフロリア様と結婚っ!!
と、思うでしょ?
レヴァンの年齢が十七じゃないから、婚約止まり。
この国で結婚出来る年齢が十七歳からなんだけど、前世の年齢を引きずってたせいか、今の年齢を忘れて結婚を迫ったから、ね。
もう、あんなに感情を出して恥ずかしがる兄を見るのは初めてだから、驚くよりも可愛くてもう、ニヤニヤが止まりませんな!
フロリア様も…いや、フロリア義姉さんもウットリしてたから、きっと私達は同志になれると思った日でした、まる。
季節はもうすぐ冬になろうかという時期。
私は、学院の教室の窓から見える高級住宅街をボーッと眺めていた。
その視線の先にあるのは、赤い屋根のお屋敷。
婚約のあとレヴァンが将来住む為の屋敷をそこに買って、私達とフロリア義姉さんは休日や長期休暇の時はそこで過ごしてる。
前の家…伯爵家の屋敷に比べたらずっと狭いけど、20人くらい住んでも大丈夫そう。
場所は中央の大通りから少しだけ離れてるけど、隣が広場だし商店街と一般住宅街A区に近いところだから、割と穴場といった感じのお屋敷。
だけど、一般住宅地に近い場所って人気がないらしい。
それと休暇中は料理人二人、執事二人、侍女三人(一人はフロリア義姉さんの専属)を臨時に雇うみたい。
まあ、私達は料理とか掃除、洗濯出来ないし。
言ってて悲しい…
私達が学院に通う間は、不動産屋さんに管理をお願いしてる。
学生寮で暮らしていくのも学院の義務だからね。
さてさて、長々と近況を語った訳だけども。
私にはいくつか、気にしてることがあった。
この世界はゲームだと言ったけれど、『ウィザーズ・アカデミア』はロールプレイング要素のあるゲームだ。
そう。つまり、ラスボスの存在がある。
本当なら六月終わりのサマーパーティーで顔を合わせ、十月に起こるデートでイベントバトルが始まるはずだったけど、どちらも起きなかった。
居ない可能性…も、ありそう。
次に、私の攻略対象の存在。
レヴァンが5人全員を廃嫡、鉱山奴隷行きにしたから、誰と結ばれたらよいやら…
大樹の乙女の開始時点で、恋人すらいない私…
そ、それだけは回避しなきゃ!!
最後に…
チラリ、と私は目線を教室内に向ける。
その先には窓際で親友と呼べる同級生と一緒に屈託無く笑う兄……の隣。
レヴァンの数少ない親友、アーベント。
その親友が三作目『黎明の聖女のラスボス』と同じ名前なんだよね…。
確かに三作目「聖女」のラスボス設定には『元ウィザーズ・アカデミアの生徒』ってあるけど、よりにもよってクラスメイト…。
設定では高すぎる闇の適正から家族に疎まれて、恋人に騙されて、親友に裏切られて、ラスボス『宵闇の王アーベント』になるんだけど、ね。
ぼんやりとクラスメイトであるアーベントを見てると、そんな気配はない。
確かに闇の適正10と最高値だけど、アーベントは両親や5つ年上のお兄さんと良く出掛けるらしいし。
恋人はいないけど。
ちなみに容姿はいい。
目にかかりそうな程長い野暮ったそうな黒に近い紫の髪と伊達メガネで顔を隠してるけど、貴族の血が入ってると言われても違和感ないほどに整った容姿をしている。
ちなみに瞳の色は赤茶ぽい赤。
「リディアンナさん、さっきから俺を見てるけどどうした?
なんか付いてる?」
うわ、つい見すぎてたらしい。
「ごきげんよう、アーベント様。
ええ、目と鼻とお口が付いております。」
とっさに出た私の言葉に周囲がブフッと噴き出した。
寒いボケだけど、この世界の人達は漫才とかの文化が浸透してないから、面白いほどウケてくれる。
「えー、俺がカッコイイからじゃないのー?」
「フフフ、冗談は顔だけにして下さいね。」
「うわ、ヒッデェ!!」
これが兄の親友と私の、いつものやり取りだ。
男子達は耐えきれずに声を出して笑い出し、女子も笑ってはいるが体裁を保つような笑い方をしている。
ラスボスとしてのアーベントは結構好みだけど、クラスメイトとして接しているアーベントには…なんだろう、からかいたくなるっていうのかな?
私は彼とのそんな関係を気に入ってる。
まあ確かにクラスメイトのアーベントもカッコいいけど、そんな事は絶対に言わない。
その方が面白いから。
「リディアンナ、こんなのでも一応友人かも知れない奴なんだ。
あまりからかうなよ。」
「はい、レヴァン兄様。
“ほどほどに”からかっておきますね。」
「え!?待ってレヴァン、お前と親友だと思ってたの俺だけ?!
てか、俺への扱い酷くない?!」
律儀にツッコミを入れるアーベントもいい人だと思う。
そして無言で彼の肩を叩いては席に着くクラスメイト達にも。
「え、ちょ、マジで待って!
俺ボッチじゃないよね?
みんな友達だよな?…な?」
「アーベント、授業は始まっている。
早く着席しなさい。」
今日は必死に友達アピールする寒い人認定されたアーベントでした。
やっぱり面白い。
授業…というか、来月には精霊祭という名の文化祭が開催されるから、当日に何をやるかでクラス会議をしてる。
三回生にとっては将来を決める実力発表の場でもあるから、就職組の三回生は毎年必死になるらしい(ファンブックより。)
で、一回生である私達のクラスは普通に文化祭だから、クラスで何をするかの話し合いになったのだけど、「ダンスを踊りたい」「身分違いの恋が見たい」「サバを釣りたい」「タンスにゴン」とか…って、教室でどうやってサバ釣るのよ!
しかも「タンスにゴン」って何?!
私が内心戸惑いながらも傍観者に徹していると、不意にレヴァンと目が合った。
レヴァンは黒板を指差し、口パクで何かを伝えてくる。
その内容はすぐわかった。
(確かに馴染みないから、ウケると思うけどね?)
私に言えって押し付けたこと、後悔させるからね。
控えめに手を挙げる。
「よろしいでしょうか?」
全員が私に注目して、怯みそうになる。
教師が良い案でもあるのか、と私に問いかけたので、
「レヴァン兄様が昔、よく出来た物語を私に語って聞かせて頂いたことがありまして。
黒板に書かれた候補のいくつかが、その物語で満たせるかと思い、クラスの出し物を演劇として提案し、レヴァン兄様を監督兼脚本家に推薦いたします。」
レヴァンが考えた、という事にして私は彼に意趣返しをするとレヴァンは苦い顔をした。
やったね!
ちなみに物語というのは、灰かぶり姫。
監督と脚本はレヴァンに任せて、私は裏方に。
なんて思った私が浅はかでした。
「よろしくね、リディアンナさん。」
ニッコニコ顔のアーベント。
元々は私を主人公に据えた物語だから、とレヴァンは私を主役にして全員が納得。
嫌がらせなのか、王子様役をアーベントにしてみせた。
どうしてこうなった。
ちなみに、名前をそのまま使うのは気が引けたのか、レヴァンは役名じゃなくて私達の名前そのままを使う事に決めたようだ。
まあ、本番で間違えたりしたら困るしね。
こうして精霊祭に向けての準備と、劇の練習を重ねながらの忙しい日々が過ぎた。
アーベントは勉強は出来るしスポーツなんかも得意みたいだけど、相手に合わせるのが苦手みたいで、何度ダンスの練習をしても自分のペースで踊ろうとしてしまい、結果、私の足は何度も踏まれた。
「ごめんよ、リディアンナさん…」
「いえ、大丈夫です。」
申し訳無さそうに声を絞り出して、うな垂れたアーベントのその姿は本気で落ち込んでるようだ。
最初に踏まれて以降は、土魔法で守備力を上げて、靴にも硬化を付与しているから、即席の安全靴になってて踏まれても大丈夫だったりする。
ただ、踏まれるとつい「痛っ」と言っちゃうから、アーベントが罪悪感を感じちゃうんだよね。
彼は下手なんじゃなくて、速すぎるのが問題だしねぇ…
遅くしたら丁度いいのに…遅く?
「あっ!」
思いついた。
アーベントだから出来る方法が。
「ねぇ、こういうこと出来る?」
「え??あ、ああ、出来る…けど、あれ?」
なぜか戸惑ってるアーベントをよそに、私が提案した方法で踊ってみたところ、一度も足を踏まれずに一曲踊る事ができた。
ネタばらしするなら、彼が闇の魔法が得意だからこそ出来た事。
闇魔法の中には『行動を遅くする』ものがあって、アーベントが自分自身にデバフ、ダンスを踊りつつ微調整、ダンスが終わったら解除といった流れ。
これが上手くいったみたいで、アーベントが興奮したのか、私の手を取って喜んでいた。
「ありがとう!ほんっと、マジでありがとう!!
リディアンナさんのお陰だよ!」
「やったね、アーベント!これで劇も大丈夫だねっ!」
「うん、うん?」
アーベントが変な顔をする。
何かあった?
「どうしたの、アーベント?」
「うん、リディアンナさんって、素はそういう喋り方なんだな、と。」
「………あ!」
盛大にやらかしてしまった…
こっちの世界だと、未婚女性が男性に対してタメ口で話したり、それなりに身分ある男性を呼び捨てにすると機嫌を損ねる。
私は相手によって使い分けるのも面倒だから、レヴァン以外の男性には上品になるよう心掛けてたけど、思惑通りになったことで興奮して素が出てしまったようだ。
「アーベント様、失礼な言葉を使用してしまい、申し訳ありません。何卒お許しを。」
やらかした以上は早めに謝るに限る。
理不尽に殴られるのも覚悟の上だ。
「いやいや、俺は気にしないから大丈夫だよ、リディアンナさん。
むしろタメ口の方が親しくなれた感じがしない?」
「アーベント様…」
私の言葉使いを気にする所か、朗らかに笑いながらアーベントはそう言った。
あ、ヤバい、ちょっとトキメキそうになった。
少しドキドキする胸を押さえて、ふと視線を逸らすとダンスを踊る予定のクラスメイト全員がニヤニヤと私達を見ていた。
「っ?!」
思わずビクッとしたタイミングで
「なぁんか、アーベント様とリディアンナさん、良い雰囲気だった気がしないかしらー?」
「だなー。ほっといたらその内付き合い出してそう。」
「ね。リディアンナさんは興味なさそうにアーベント様をからかっておられましたが、その胸の内はアーベント様への想いでいっぱいなのかしら?」
「おのれ、アーベントの奴ぅ!!」
「くっ、アーベントの想い人は俺じゃなかったのか…!」
「サバに当たって苦しめばいいのに。」
若干おかしな人がいたけど、この日はそんな感じで冷やかされ、ダンスの練習する空気ではなくなっていった。
まさか私がからかわれる日が来ようとは…
アーベントとの関係に若干気まずさを抱えたまま、そうしてやってきた精霊祭当日。
午前中、教室で軽く通し稽古をして、早めにお昼を食べてから舞台のある講堂へ移動。
二つの空き部屋を更衣室として使い、私は衣装に着替え、後は時間になるのを待つばかり。
「リディアンナさん。」
ふいにアーベントの声に呼ばれ、声がした方に振り向くと
「!!」
王子様の格好をしたイケメン…もとい、アーベントがいた。
「…?…リディアンナさん?」
はっ!?
思わず見惚れてしまった!
こいつはアーベント、アーベントなのよ?
遊ばなきゃ!
馬子にも衣装って!
王子様衣装だけじゃなく、普段見ないメガネ無しオールバックの髪型だったから見惚れてたなんて言えない!
てか、衣装!
これで黒だったら完全にラスボスの格好じゃん!
私の好みだよ!!
「え、と…良くお似合いです、アーベント様。」
……区切るなよ、私の口ぃぃぃ!!
「どうした、調子悪いのか?」
普段と違う私を心配してか、レヴァンも声を掛けてきた。
ちなみにアーベントと少し気まずくなってるのも察してる模様。
天井を仰ぎ見て少し考える風にして、アーベントを見た。
「アーベント、リディアンナはいざという時に弱くなる部分があるから、その辺りはリードしてやってくれ。」
「あー、そゆことか。りょーかい。」
本番に弱いと言われた気がして悔しいけど、誤魔化してくれたレヴァンにはマジ感謝!
そして去り際にレヴァンが
「アイツが好きなら言えばいい。」
とか言われたせいで気が遠くなり、気づけばアーベントとのダンスシーン。
どうやら私は、なんとかこなしていたらしい。
ただ、ここからのダンスはアーベントの顔を見ながらだから、もの凄い恥ずかしい。
アーベントも私を見てるんだよ?
恥ずかしいよっ!
「『ああ、なんて愛らしく美しいご令嬢なんだ!
どうか、どうか私めとダンスを!』」
「『はい…喜んでお受け致します。』」
なんとか言い切ったぁ!
後は顔を見ながらダンス…うん、無理。
絶対顔が赤いよ、無理だよぉ…
「…っ!?」
不意に腰に手が回され、アーベントと密着する感じで……近い近い近い近い近い!!
腰に手えぇぇ!!
えーと、えーと、えーとぉ…
…そう!二曲目が始まる時に十二時の鐘の音が鳴るから、うん、全力で逃げよう!
「(リディアンナさん、もう少しで曲が終わるけど大丈夫?)」
動揺した私にアーベントが気遣ってくれた。
多分、レヴァンに言われたからもあるんだろうけど、それでも嬉しく思っちゃう訳で…
彼が好きなんだな、と認めてしまった。
そう思うともっと踊っていたいと思う反面、ダンスは終わり、名残惜しくても、二曲目が始ま……らない?
「え?」
思わず声を出してしまった。
戸惑う私にアーベントが膝まづいて、私の手を取る。
「リディアンナ嬢。
このアーベント、初めて貴女に会った時から心を奪われておりました。」
予定にないセリフ。
待って、どういうこと?
「この想いを伝える為、願わくば貴女と添い遂げたいが為、このような場を設けました。」
どうしてみんな見てるの?
レヴァンは止めないの?
「リディアンナ嬢、貴女を愛しています。
絶対に幸せにしてみせます。
どうか私と結婚を前提に…お付き合い…お願いします。」
ふと見たアーベントの顔は、凄く真剣で、でもその瞳は凄く不安そうで…
いきなりの事でどう返事をしようか、と目線を正面に向けるとレヴァンと目が合った。
レヴァンは、フッと笑って頷いてみせた。
本音を言え、と言われた気がした。
言っても、いいの?
本当に?
「アーベント様。婚約の申し出、とても嬉しく思います。
ですが私は人として未熟で、多くの事に無知で、そのような私がアーベント様の隣に立つなど畏れ多いことです。」
講堂に私の声だけが響き渡る。
もう、劇とは関係ないのかもしれないけど、それっぽくにはしておきたい。
「ですが。」
アーベントが私を好きだと、婚約をしたいと申し出たことを思うと、思わず笑みが浮かぶ。
「そんな事など些細に思えるほど、誰よりも貴方の近くで、貴方の隣にいたい。」
クラスメートだけじゃなく、観客も息を飲んでいるのが分かる。
「私もアーベント様をお慕いしております。
アーベント様の婚約をお受け致します。」
数秒間の沈黙。
筋書きもなくて、先のわからないこの劇がどこに向かうのか分からないけど、分かるのは…
「リディアンナ、嬢!」
アーベントがずっと必死な顔で、私の言葉のひとつひとつに表情を変えて、私が婚約を受けると言った時のこの表情が本気なんだと分かったから。
私も、多分初めて会った時からアーベントに惹かれていたから…
こうしてアーベントに抱き締められている事に、喜びを感じているんだと思う。
「リディアンナ…」
耳元で、アーベントが小さな声で、私を呼ぶ。
私は黙ってアーベントの顔を見上げ、瞳を閉じる。
私とアーベントは、こうして結ばれる事となった。
◆◆◆
「覗き見は趣味悪いよ、リディアンナ。」
その声にゾワリとしたものを感じで、透視の魔法を解除して咄嗟に顔を上げた。
目の前に立つのは私と同じ容姿をした男。
イレギュラー、存在しない者。
そして、私の記憶にもない。
「レヴァン…」
どういう訳か、この世界には居る筈の人が居なくて、居ないはずの者が居る。
この時代のリディアンナはまだ気付いてないみたいだけど。
「咄嗟にリディアンナと言ってしまったが……大人のリディアンナ?時間逆行?俺を知らない?平行世界における未来?」
私を観察してるレヴァンが非常に小さい声で考察してるけど、概ね合ってるのが悔しいわね。
彼は最も警戒すべきなんだけど…そうね、利用しよう。
「この世界において、リディアンナの言うラスボスはもう居な…っ!」
突然飛んできた氷の刃をギリギリで回避する。
「そうか、分かった。
お前は本来のリディアンナか。」
どうやら選択を誤って、彼に敵と認識されたようね。
リディアンナでも敵と認識すれば攻撃するのね、彼は…
ああ、失敗したわ。
まあでも、二つほど分かった事があるから、収穫としては十分ね。
「戻るわ、リヴル。」
私の声に反応して、私は『この世界』から姿を消す。
その直前にレヴァンが次の魔法を撃ち込んでいたのだから、末恐ろしいわね。
「お帰りなさい、リディアンナ様。
お怪我は大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫よリヴル。
貴女のお陰で怪我ひとつしなかったわ、ありがとう。」
私はリヴルを抱きしめて感謝の意を伝える。
短めの髪と男の子の服装を着ているけれど、彼女は女性だ。
それも、時間を管理するという『時守の魔女』。
彼女の能力なくして、私は過去の時代には行けない。
ふと外を見る。
窓から見える景色は相変わらず灰色だ。
『私が居る世界』は色を奪われ、多くの過去を奪われた世界。
その兆候は私が生まれる前からあった。
それを正そうとも思ったけれど、『時守の魔女』たるリヴルが言うには「20年より先の時代には行けない」との事だった。
色々と制約が多いのだとか。
その上で過去に行っても出来ることは少なく、私自身が知らない事には干渉できても、知っている事に干渉ができない。
つまり、私は過去の私が関わってる事に関われない。
だからこそ、あの時レヴァンがあの場に現れたことを幸運だと思いたい。
今の私が知らないのに、それなのに過去の私に近い人。
そして彼も『妖精王』である事。
彼を通して、二人で更なる過去へ行き、原因を取り除いて欲しいのだけれど…
「お願いよ、気付いてリディアンナ。」
祈りが届くように、と私は淡い期待と共に空を仰ぎ見た。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
重ねて、前作のビックリする程の評価に、読んで下さった方々に感謝です。
ラストに登場したリディアンナ(未来)は『色と過去を奪われた』と言っていますが、リディアンナ(転生)が知る3作のゲームではそんなシナリオは存在していません。
リヴルなら何かを知っていそうですが、さて…?
こちらの作品も楽しんで頂けたらと思います。
評価、感想、ご指摘などお待ちしてます。
下記は設定です。
【設定集】
『アーベント』人物
・商家の次男であり、リディアンナとレヴァンと同じクラスメート。
闇に対する適性は10、学力はクラス平均より少し下、赤点を免れる程度。
人柄はよく、気難しいレヴァンとも仲良くなれるほど。
リディアンナは勉強が出来ると評したが、商人として必要な勉強をしているだけであって、テストは毎回レヴァンに泣きついている。
・リディアンナへは一目惚れ。
作中では語られなかったが、リディアンナに近づく為にレヴァンと仲良くなった経緯がある。
演劇での告白は、リディアンナへの想いを知っていたレヴァンが、リディアンナもアーベントを好いている事に気付き、リディアンナにだけ内緒でラストを変えた。
尚、観客は知らないので、そういう物語だと思っている。
・ゲームの『黎明の聖女』では家族、親友、恋人に裏切られてウィザーズ・アカデミアを中退し、ラスボスに至る経緯がある。
そのラストバトル後、捨て身でヒロインである聖女を殺そうとするものの、弟子であるヒロインを守る為にリディアンナが庇って相打ちになる経緯がある。
『リディアンナ』人物
・ラストに登場した転生の記憶が無いリディアンナ。
少なくとも年齢は20代後半は過ぎており、15歳のリディアンナが居る時代に居た事から30代の可能性も。
・ゲームでは20歳の時にラスボスのアーベントに殺されている為、どうして生きているのかは不明。
尚、ゲーム上では『妖精王』として目覚めていないが、作中のセリフから『妖精王』に目覚めている模様。
・容姿はリディアンナの未来なのでそのまま成長させた姿だが、スタイルはグラマラスになっており髪は長く脹脛辺りまである。
瞳の色は青と赤のオッドアイと変わっていない。
『リヴル』人物
・未来のリディアンナが『時守の魔女』と呼ぶ少女。
・多くの制約や条件があるが、過去か未来へと時間転移が可能。
・作中では語られなかったが、日本人の転生者であり、この世界がウィザーズ・アカデミアである事を知っている。
『闇の魔法』魔法
・デバフの宝庫。
効果や能力を見ると、呪いや陰陽術によく似ている。
・3作目のラスボスであるアーベント戦では最初から使役された強力なモンスターが配置されており、攻撃をモンスターに任せ、自身はあらゆるデバフを撒くという嫌らしい戦いをする。