序章 9話
〜序章〜
9話
感覚を研ぎ澄ます。全ての神経を目の前の相手に向ける。
――跳躍
教師との距離はおよそ5メートル。コンタクトまでは一瞬。普通の人間ならこの距離の攻撃のを避けることは出来ても、一瞬で数メートルの距離をとるのは不可能。
たかだが5メートルの距離が何十メートルにも感じる。ほんの一瞬のはずなのに。
その一瞬のうちに懐から取り出すはナイフ。先ほど彼女が剣を発現させたときにも出していたものだ。
教師との距離はもうほとんどないといってもいい。それでもまだ相手は動く気配をみせない。
それほど自分の動きに自信があるのか、または今度は避けずに真っ向から受け止めるのかは知らないが、注目すべき部分は一点だけ。
『足の動き』
移動するにしても、攻撃を受けるにしても、必ず重心の移動をする必要が出てくる。ゆえにそこに注目する。
そうすれば相手がこれからどういう動きをするのかが先読みができる。
ナイフの狙う先は上半身の中心。狙う的が大きいほど当たる確率は増す。
切っ先が風を切り衣服に触れるの刹那、教師がついに動いた。いや、正確には消えたといったほうがいいだろう。
さっきはまだしも、今の攻撃は自分のすべての神経を集中させていたのだ。動きはとらえられずとも、その兆候くらいは読み取れるはずだ。
にもかかわらずナイフの刃先を空を切り、勢いを殺しきれなかった体が前に流れる。
致命的な隙。
次にくるであろう教師の攻撃に耐えるべく、防御の姿勢に入るがおそらく間に合わないだろう。
これほどの動きをするものが今の隙を見逃すはずがない。
しかし、予想に反して何の衝撃もなかった。それどころか、体勢を立て直してもまだ何の攻撃もこないのだ。
「……どういうつもりだ」
今の局面、俺は確実で殺すつもりでいった。だが、目の前の相手はまた数メートルの距離をとるだけで何もしてはこない。
教師は相変わらずの笑みを浮かべている。その表情からは余裕以外のものが感じられない。
「何度も言いますが、私はあなたの適正をはかりたいだけです。あなたをどうこうするつもりはありませんよ?」
確かに、教師には敵意は感じられない。だからと言って信用しろというのは話が別だ。
「俺はこの部屋から出たいんだ。それ以外は断固断る」
「そうは言っても、あなたはここから出られません。それにもうわかったでしょう、あなたは私に触れることはできない」
「……ッ」
「もう一度いいます。選定を受けてください。危害を加えるつもりはありません」
静かに諭すような声。これでは俺が反抗的な子供のようではないか。そうなれば教師はさしずめ母親か?
笑わせるな。
だまされるな。
この世に魔術なんてものはない。あいつの言ってることに惑わされるな。
「どうあっても信じられませんか?」
「当たり前だ。魔術なんてものを普通の人間が信じられると思うか?」
「普通の人間ならそうでしょう。ですが、あなたには魔術の才能があるのです。ならばそれを信じることができる」
「だが、さっきは何も起きなかっただろう?」
「ですから、さらに詳しい選定を行うと行っているのです。いい加減理解してください」
できるか、この大馬鹿野郎。
会話の間も思考は脱出だけを考える。教師に対する攻撃はおそらく無駄だろう。どういう原理であれ、あのスピードをとらえることは不可能だ。
それに今の目的は教師を倒すことではないのだ。ならばやることはひとつ。
――チャンスは一度
ポケットの裏にそれがあることを確認する。たしかな重み…、あとはタイミングのみ。
「私としてもこれ以上は時間をとられたくありません。これ以上抵抗するというのなら実力行使もやむをえません」
時間はない。狙いを外すな。
「死んでもごめんだね」
「仕方ありませんね。では……」
言葉を最後まで言わせるな。ここで仕掛けろ。
今まで武器にしていたナイフを投擲する。避けるその機を見逃すな。
投げたその瞬間に背後の壁、さっきまで出口があった場所に走る。出口は見えない。だが少なくともさっきまではそこにあったのだ。ならば壁の向こうには出口がある。
ないなら作ればいい。
ポケットから取り出すは手榴弾。小型だが、それなりの威力はある。壁を破壊するくらいはなんてことはない。
――行け!!
手榴弾が壁にあたる。次の瞬間、部屋中に衝撃が走った。