第1章 9話
〜第1章〜
9話
旧校舎の一件から早1週間がたとうとしていた。その間特に誰かからの襲撃があるわけでもなく、奇妙な事件が起こったわけでもない。強いて言うなら三枝がやたらと俺が何かを調べていることに興味をしめしていることくらいだろうか。とにかくこの1週間は平和そのものだったと言える。
「で、あんた一体何隠してるのよ?」
「だから俺は何も隠してないし、何も調べてないって言ってるだろうが。お前に耳はついているのか?」
「そんな言い訳が私に通じると思ってるわけ!?無駄よ無駄。さっさと吐いちゃいなさい、そしたら楽にしてあげるから」
こいつは一体何をどう楽にするつもりなのだろうか。なんとなく俺の肉体的負荷が容易に想像できるのは入学以来こいつと行動を共にしている弊害か。だとしたらなんとも嫌なことだ。それにしてもと、三枝を見る。いつものように無駄に人を威嚇するような目でこっちを見ているが、洞察力は相当のものらしい。俺とて三枝はもちろんのことだが、神崎教諭をはじめ、誰にも俺が何かを調べていることがばれないように慎重をきしてきたつもりだ。もちろんそれが完璧だったと言いきるわけではないが、そんなに簡単にばれるようなはずはないはず。
「なぁ、お前はなんで俺が何かを隠してると思うんだ?別にこれといって何か特別なことをしてるつもりはないんだが?」
基本的に校内ではほとんど三枝と一緒にいることが多い。お互い友達がいないということもあるが、どういうわけか俺も三枝も極力二人でいることを選択している。それゆえ一緒にいるときに何かを調べるようなことはもちろんしないし、わざわざ夜中に学校に赴いて一人で調査を行っているくらいなのだ。むしろばれる方がおかしい。しかし、三枝にとってそんなものはさしたることじゃなかったらしい。その証拠にその顔はさっきまでの威嚇に加えて呆れまで入ってきている。
「あんた本気でそんなこと聞いているわけ?そんなの目をみればぐわかるのよ!!あんたの目には明らかに何かを隠している人間特有のものがある。うまく説明できないけど私の経験上、そういう目をしてる人間はいいことにしろ悪いことにしろ何かを隠してるもんだわ!!」
なるほど。
目は口ほどに物を言う。昔の人はうまいことをいったものだ。三枝の言っていることには何の根拠もなく、言ってみればただの勘だ。だが俺にしてみればそれは下手な説明よりもよっぽど納得してしまうものになる。目というものはその人物の考えていることが出てしまう個所として代表格な部位。実際、簡易的な嘘を見破る手段としても相手の目を見ながらの質問と言うのは行われている。もっともその変化は極わずかなものであり、普通の人がそれを感じ取るのはほぼ不可能と言ってもいい。だが、稀に類稀なる洞察力と観察力でそれを感じ取る人間がいる。
「こいつもそう言う人種なわけか……」
「意味分かんないこと言ってないでちゃきちゃきしゃべりなさい!!ちなみに拒否権なんかないから」
と、感心している場合ではない。この場をどうやって凌ぐか、それが問題だ。いっそのこと話してしまって調査を手伝ってもらうのも一手かもいれない。そのほうが作業効率もあがるし、なにより夜にわざわざ学校に出張る必要もなくなる。
しかしだ、
今回は相手が悪い。何しろいきなり不意を突いて襲ってくるような奴が相手だ。俺一人ならまだしも、三枝まで守ってやれる自信は悪いがない。何よりも相手がこちらに対してなんら躊躇することなく攻撃してきていることから考えても、三枝に話すのは止めた方が賢明だろう。
「何、間抜けな顔して呆けるのよ!!ついに言葉も忘れちゃったの!?そんなんだったら鶏のほうがまだましよ、養鶏所にでも行って鶏に謝ってくるといいわ!!」
なぜに鶏に謝るのかは知らないが、三枝の追及を逃れる手段が浮かばない。この場を凌ぐだけなら逃げるのもいいが、さっきも言ったがこの学校で俺が話す相手は三枝しかいないし相手も同じ。次に会ったときに烈火のごとく詰め寄られるのは目に見えている。
どうしたらいいものか……
「仲がいいのは構いませんが、もう少し周りの迷惑というものを考えるべきだと思いますが?」
どうやらそんな風に頭をひねる俺を神は見離さなかったらしい。もっともそんなものは信じちゃいないが、このときだけは感謝してもいいかもしれない。
「先ほどから他の人たちが迷惑そうにあなた方を見ているのに気づいてなかったんですか?」
振り返れば神崎教諭がそこにいた。ちなみに言い忘れていたが、今俺たちがいるのは食堂であり、現在昼休み真っただ中。まわりには俺たちと同じく昼食を取りに来ている生徒が多数。そして俺たちを見る冷たい視線がさらに多数。
ぬかったぜ……
「別に周りなんて関係ないわよ!文句があるなら言ってくればいいんだわ!何のために口がついてると思ってるわけ!?」
なんとも自分勝手な意見なのに、こいつが言うと説得力がるように思えるのはなぜだろう。実に不思議なものである。
「それでなんであんたがここにいるわけ?私たちに何か用事でもあるの?」
教師に対しての口のきき方ではないが、俺も人のことは言えないし言うつもりもないのでスルーしておく。対する神崎教諭はと言えば、こちらも特にそれを気にした様子もなくいつものようにいたって冷静かつ無表情。そしてそのままとんでもないことを言い放ってくれた。
「別にあなた方に用があったわけではありませんが……、そうですね、ここはあなた方にも手伝ってもらいましょうか」
「手伝うって何をよ?めんどくさいのは嫌よ」
本当にこいつはなんというか、ここまで自己中心的を究めれば世の中もさぞ楽しかろう。
「たいしたことではありません。校内に侵入者が入ったようなので、その捜索を手伝ってもらおうかと思いまして」
実際、相当対したことだと思うのだが、もはや突っ込むのは野暮と言うものだろう。俺が何と言おうと、三枝のやつが目を輝かせ始めた時点でその後の行動は決まってしまうのだから。
まぁ、三枝の追及を逃れられただけよしとしよう。