第1章 7話
〜第1章〜
第7話
翌朝、俺は早いうちに家を出ることにしていた。そのために昨夜は日付が変わらないうちに布団に入った。そのおかげか、いつもより1時間早く起きたのにも関わらず体がやたらと軽い。加えて天気もいいと来ている。
「これで早く学校に行く理由が調査じゃなければ最高なんだけどな……」
いつもと同じトーストとコーヒーの軽い朝食をとり家を後にする。正直、朝食なんかよりも早く学校に行きたかった。本当なら昨日の夜にそのまま調べたかったところだが、いかんせん周りが暗く、手持ちの装備で十分な光量を発するだけのものは持っていなかった。そういうわけで調査を今日の早朝に見送ったのである。
いつもと何の変わりもない通学路。一週間ほど前の入学式のときは満開だった桜は、春の風に吹かれすでに半分ほどになっている。あの時に感じていた期待感は今ではもうない。今あるのは漠然とした疑問。魔術という、その原理も何もあったものではない存在そのもの。そして自分がここにいる意味。疑問を解消しようとしてまた新たな疑問にぶち当たる。ここ数日の自分は、まるで終わりのない螺旋階段を上っているような気がしていた。
校門をくぐると、すぐに自分の調査すべき場所が見える。昨日の下校中に何者かに奇襲を受けた場所。もしかすると襲ってきた相手が隠蔽工作を図るのではないかと危惧もしていたのだがどうしゃら杞憂にすぎたらしい。現場には昨日の奇襲の後がしっかり残っていた。
校門に向けて歩いていた俺の背後側、つまり校舎の壁にくろずんだ後がいくつもついているのを見つける。近づいてよく調べてみると、それは黒いすすのようなまるで焦げたような痕。
「焦げた……」
通常すすが残るというのは何かが燃焼したときだ。もちろん例外はあるが、昨日の攻撃により自分についたわずかな傷跡も熱傷によるものだということを考えれば相手が飛ばしてきた何かは、高温の何かだったという推測は間違ってはいないだろう。その後もまわりを調べてみたが特に何も見つかるものはなく、ちらほらと生徒が登校してきたところで調査は打ち切りとなった。
「高温の物体を飛ばす、ですか?」
「ああ、魔術にそういったものはあるのか?別に形あるものじゃやなくてもいい。要は人に熱傷を負わせるほどの熱をもった小型の何かを相当数射出するような魔術があるのか聞きたいんだが」
結局、個人的にかなり不服ではあったがこの結論にたどりつくほかなかった。熱をもった何かと結論はつけたが、現場にそれらしき物体は何も落ちてはいなかった。回収したとも考えられるが、だったら壁についたすすをどうにかしないことに説明がつかない。それに決定的な要因は壁にすす以外に衝撃の後が見つからなかったことだ。飛んできたものが物体であったのなら、壁にぶつかった際に確実に傷ができる。1発や2発なら偶然で片づけることもできるが、数は多数、速度も相当のもだった。そういうわけで、まだ完全に信じていない魔術なるものの可能性をあたることにしたのだ。
「そうですね……」
神崎教諭は手を口元にあて考えるしぐさを見せる。その容姿のせいか、そういった仕草がやたら様になっている。
「可能性はいくつかありますが、炎に起因する魔術と考えるのが妥当でしょう。ですが、一口に炎と言ってもいろいろあります。火炎放射気のように炎を扱う魔術もあれば、熱量の変化を扱うものなどその応用は様々です。魔術の中で炎というもの使用者は多いのも原因の一端ではありますが、一番の要因はその扱いやすさでしょう。それほど安定した術式は魔術の中でも類を見ませんから」
「御託はいらない。俺が聞きたいのはさっき言った通り。あるのかないのか、それだけだ」
「結論から言うのであればもちろんあります。今も言った通り、炎に関する魔術は多種多様ですから。よって、それだけの情報ではその魔術の詳しい詳細まではわかりません。これで満足ですか?」
俺は答える代りに神崎教諭の顔から視線をはずす。やれやれ、と言う声が聞こえた気がしたが無視をすることにした。
今の話からすると、昨日のあれは魔術による可能性が高いということになる。魔術を信じるかどうかはこの際置いておくとして、可能性が高いのであればそっちから考える方が妥当だろう。何よりも情報がないのでは話にならない。ただでさえ今回自分が襲われたはっきりとした理由がわからないのであれば尚更だ。
「それで、いつまで私を蚊帳の外に置いておく気かしら?せっかく気を使って黙ってたっていうのに、話が終わってからも無視とはいい度胸じゃないの」
「入学式翌日を思い出すような凶悪な顔をした三枝がそこにいましたとさ。これで満足か?」
「何だろう、この湧きあがる殺意は…。今ならためらいなく人が殺せる気がするわ」
「そうか、お疲れさん」
「あんたね〜!!」
ちなみに今の時間は魔術訓練の時間であり、当然最初から三枝は隣にいた。もっとも、三枝に事情を話すのは何かと面倒な気がするので無しだ。神崎教諭に至っては質問はしたが、俺はこいつのことをまったく信用していない。ゆえに話す気など毛頭ない。
「何のことか教えなさいよ〜!!」
自分が何の事情も知らないのがよっぽど気に入らないのからしい。ここ一週間で三枝という人間性についてはそこそこわかった気がしていたが、どうやら俺が考えていた以上に自己中心的な人間のようだ。それはまるで小さい子供ような、
「おい、肩をつかむな。それから揺さぶるな」
「だったら早く教えなさいよ〜!!」
前言撤回、子供のようなではなく子供そのものだ。
人が人を殺す理由はいくつもある。怨恨・金銭トラブル・口封じ、その他あげればきりがないほどだ。そして加害者側の動機を他者が真に理解することなど不可能だ。だからこそこの世から殺人が消えることなどない。何をどうしても人が人を殺すという循環はなくならない。それはさながら無限に続く螺旋のように向かうところも見えずにただ続いていく。
だからこうして俺はここいる。人と言うものは変わったつもりでいてもその根幹はかわることはない。だからこうしてここいる。誰かを殺すために俺はここで待っている。