第1章 6話
〜第1章〜
6話
今日の昼食はラーメンが食べたかった。そう思い、学食の券売機の前で意気揚々と財布を覗き込んだ俺につきつけられるたのは無情の2文字。
「ラーメン各種350円、あんたの財布には336円。漫画みたいな展開よね。どうせなら349円とかだともっと面白かったのに」
そんなふざけたことをのたまいながら、三枝はこれみよがしに味噌ラーメンをすする。俺はと言えば、学生の味方、安さにかけては追随を許さないとまで言われる一品、素うどんを食べている。くそ、なんだこの敗北感は。ちなみにお値段200円なり。
「私にだけ授業をうけさせて一人でとっととどっかに行くから罰があたったのよ」
「俺が受けてもしょうがない授業だろうが」
「それでも一緒に受けるのが男ってものでしょ?」
どうやら三枝は一人で神崎の授業を受けたことがお気に召さなかったらしい。それに加えてその次の一般教養の授業までいなかったことも不機嫌に拍車をかけていた。
「だいたいね、なんで私があんなつまんない授業受けなきゃいけないのよ!?理論がどうとかこうとか言うけど、そんなのは実際に試すのが一番なのよ!!あんなのに時間をとられるくらいならあんたと戦闘訓練してた方がずっと有意義よ!!」
そしてまたラーメンをすする三枝。そんなに勢いよくすすると汁が飛ぶ、というかすでに飛んでいる。お前がかかるならそれはそれでいいけど、こっちにまで被害が及ぶからやめてほしい限りである。
しかしお気楽なものだ。三枝にとっては戦闘訓練の方が有意義なのかもしれないが、俺にとってはいつこいつに危害を加えてしまうかわからない状況だというのに。知らないのだから仕方がないのだが、そんなことを思われているとなると少し困る。言っているだけならいいが、万が一実行に移されでもしたら……。しかも目の前のこいつならそれを平気でやりかねない。ここは神崎教諭にしっかりと三枝を抑え込んで授業を受けさせてもらう必要があるな。
「そういやなんか面白い発見でもあったか?」
「面白いって何がよ」
自分でしゃべりたいことをしゃべったくせに、それを思い出したせいで余計に機嫌が悪くなったらしい三枝は眉間にしわを寄せながらこっちを見る。
「だから、お前に言わせればつまらない授業だったかもしれないが、何か新しい発見がなかったのかって聞いてるんだ。大体お前の魔術って召喚なんだろう?それなのにまだお前が召喚できたのは剣の一本だけだ」
「私が無能だとでもいいたいわけ?」
「ねじ曲がった理解をするは止めろ。そうじゃなくて、なんか新しいことができそうなことは教えてもらわなかったのっかって聞いてるんだ」
まったく、子供かこいつは。
「別に何もなかったわよ。なんか召喚魔術の歴史がどうとか、保存空間からの喚起がどうとか。半分以上聞き流してたから」
「お前な……」
「それにあの先生の専門は時空間魔術とか言ってたし。自分でも実際のところ召喚はよくわからないって言ってたしね」
それでいいのか神崎教諭。そこでふと思い出す。夕凪校長の話では、確か神崎教諭が俺たちの担当になっているのは俺の存在によるところが大きいと言っていた。だとすれば専門外でもしょうがないところはあるのだろう。
「何よ?どうかしたわけ?」
「別に。ラーメンの汁服に飛んでるぞ」
「へ?あ〜〜〜〜〜!いつの間にこんなに!?」
とりあえず三枝に俺が魔力をもってないことは言わない方がいいのだろう。別に言ってもいいのかもしれないが、なんとなく説明がめんどくさい。俺は三枝が染みになりかけているラーメンの汁との格闘をしり目に、自分のうどんの汁を全部飲み干すのだった。
午後の授業はあっという間だった。なにやら黒板に数式が書かれていた気もするが気のせいだろう。目が覚めたらすでに窓の外はオレンジ色、つまりはすっかり寝倒してしまったというわけなのだが。
「誰もいやしねぇ」
教室の中にはすでに誰の姿もない。もっとも現状、三枝以外のクラスメイトが話かけてくることはないので俺が寝ていたところで誰が気にすることもないのだろう。しかし三枝までもがシカトして帰りやがるとは。
いつまでもうだうだしていても仕方がない。座りながら長いこと寝ていたせいで体の節々がパキパキと嫌な音を立てる。校舎の中から出るころにはすでにあたりは夕闇に染まり始めていた。だいぶ日が長くなってきたとはいえまだ4月。夜の帳が下りるのは早い。一度空を見上げ、視線を前に戻す。
―ヒュン
俺の顔に向かってくる何か。
一瞬の対応だった。
前方から飛んできた何かを間一髪でかわす。次の瞬間にはポケットからナイフを取り出し、迎撃態勢に入ることができた。俺自身不意を突かれた攻撃に驚いたのだが、一番驚いたのはどうやら攻撃を仕掛けてきた側だったらしい。まさかかわされるとは思っていなかったのだろう。確かに死角からの完璧な攻撃だった。狙いも頭部という一撃で致命傷を負わすことできる箇所。一撃でやれなくても行動不能にはさせることができたはずなのだから。
しかし相手のその驚きもすぐになくなる。気持ちを切り替えたのか、次々と何かを飛ばしてくる。だが、今度はそれを余裕を持ってよけることができた。飛んでくる何かの速度はそれほど早くないうえに軌道も直線的だ。これならば先ほどのように不意でもつかれないかぎり対応が遅れることはない。
「チッ…」
それも相手にとっては予想外だったらしく舌打ちが聞こえる。そこで俺はようやく相手の位置を知ることができた。飛んでくる何かから、相手がいるであろう方向はわかっていたのだがその姿までは確認できていなかった。しかし今の舌打ちで完璧に補足した。その音の大きさで距離を測定。おおよそ10メートル弱、十分射程距離圏内だ。
―グッ…
身を低くし足に力込める。どうやら飛ばしている何かは無限ではないらしい。数十発に一度、攻撃が止む瞬間がある。時間にして1秒足らず。俺にとっては十分な時間。次にそれが訪れた時がこちらの攻撃の合図。
飛んでくる何かを紙一重でかわす。余計な動作を入れて態勢を崩さないようにする。そろそろのはずだ。ナイフを握る手にも力がこもる。
―ヒュン、ヒュン
まだ終わらない。今回は今までで最長の長さの攻撃だ。数十発で攻撃がやむと考えたのは早計すぎたのだろうか。そう思い、新たな攻撃手段を考え直そうとしたそのときだった。
―ヒュン、……
止まった。それを合図に一気に切り込む。駆け寄るというよりもほとんど飛びかかると言ったほうがいいかもしれない。相手との距離が縮まるのに1秒もかからない。攻撃はまだ始まらない。
殺れる
そう思った。だが俺のナイフが相手をとらえることはなかった。切り込んだその先に、すでに相手の姿はどこにも見受けられはしなかった。
確かに存在したでろうそれはすでにどこにもいない。現状を認識したころには、すでにあたりは闇に染まりきっていた。