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Chain  作者: ルナ
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第1章 4話

〜第1章〜


4話



 三枝との魔術訓練、もとい戦闘訓練が開始してから1週間がたった。もとが何も知らない素人だから仕方なくはあるのだが、三枝の成長はどうにもイマイチだった。右から来る攻撃には右に反応し、左からの攻撃には左に、上からは上に、下からには下に。ようは思考が単純すぎて攻撃にも防御にも虚実がない。フェイントにめっぽう弱いというのは戦闘においてマイナスにしか働かない。まして、三枝の魔術はいわゆる召喚。それも召喚できるのは無機物で、今のところはあの西洋調の剣一本だけだ。それゆえに通常の戦闘方式を理解し、実行できなければ三枝は戦うことはできない。もっとも、この学校の目的が魔術の制御である以上、無理に戦う必要など何もないのだが、それは三枝の負けず嫌いな性格が許さないらしい。


さらに困ったことに、俺たち二人のこの学校内での環境もよくなかった。入学式翌日の俺たち二人の起こした騒動は、どういったわけかあっという間に学校全体に広がっていた。おかげでこの一週間は針のむしろのような状態を強いられることになり、まったくもって居心地が悪かったのだ。そう言った状況と三枝の性格が混ざり合い、魔術訓練と称された戦闘訓練は毎日行われていた。


しかし今日は少し状況が異なる。あくまで魔術訓練の目的は魔術の制御にあり、戦闘能力の向上ではない。ゆえに今日は神崎教諭による召喚魔術に対する講義が行われている。しかし俺は今その場にいない。なぜなら俺は魔術なんて使えないのだ。校長の話によれば俺にもわずかながら魔力があるらしいが、何かを行えるほどの力はない。だったらそんな講義など聴くだけ無駄ちうことになる。そいうわけで俺は三枝の冷たい視線を背に価値ある自由時間を手にしたのだった。



「その価値ある自由時間を私との話にあてていいのですか?」


「用事があるから来てるんだけど?」


「それは失礼しましたね、八雲さん」


夕凪命。月影学園の校長であるこの年齢不詳の女性は、優雅としか言いようのない仕草で紅茶を飲む。まったくもって謎なのだが、どう見てもこの校長は10代にしか見えない。これも魔術の恩恵なんだろうか、と思っても仕方ないのではなかろうか。もっとも、まだ俺は魔術を完全に信じてはいないのだが。


「それで、今日は一体どういった要件なんでしょうか?」


「自分で言うのもなんだけど、今の俺は非常に危険だぞ」


「はぁ、危険ですか?」


何もわかっていないようなそぶりを見せる校長。


「一度ちゃんと聞いておくが、俺のことについてどこまで知っている?」


それはこの校長にはじめてあったときから感じていた疑問。はじめて会ったときとは言え、それはまだ一週間ほど前のことだ。だがこれだけは聞いておかなければならない。


「あんたと神崎が俺について知っているのはわかってる。だがそれがどこまでなのかがイマイチわからない。仮に本当に深くまで知っているなら、三枝とあんなことをさせとくわけもない。だからと言って何も知らないにしてもあの時、はじめてここであんたと話した時の言葉が引っ掛かる」


ついでに神崎教諭の視線も気になるが、それはこの場では伏せておくことにする。


「もう一度聞くぞ?どこまで知っている?」


返答次第ではこれからの生活が大きく変わってくる。別に深くまで知っているからどうというわけではない。俺自身それで困るわけでもない。だけど、周りへの影響がおのずと変わってくるのだ。とはいえ、結局何かをするのは俺なのだから、俺が困るということなのかもしれないのだけれど。


「………」


夕凪校長は何も答えない。空になったティーカップに紅茶をもう一度注ぎ、砂糖を2本、3本と入れていく。ひどく甘そうだ。


「私は甘いものが大好きなんですよ」


そう言いながらさらに砂糖を入れる。最終的には5本のスティックの砂糖を入れていた。あれではあの量の紅茶に溶ける砂糖の限界量を超えて、下のほうに溶け残りがあるのではないだろうか?


「結論からいえば、私はそこまで八雲さんのことについては知りません。過去にあったことを少しだけ聞いた程度です」


今までのゆるんだ表情はいきなりなりをひそめ、その顔に似つかわない真面目で、それでいて荘厳なものへと変わる。


「もうひとつ言うならば、八雲さんに魔力はまったくありません。先日は微弱ながらあると言ったのは、単に三枝さんがいたからです」


淡々と語る校長。俺はそれを黙って聞いている。


「にもかかわらず八雲さんがこの学校にいるのは私がそう計らったからです。この事実は誰も知りません。私が独断で行ったものです」


俺にはその言葉の真意がわからない。校長によれば俺には魔力がなく、本来ここにいる理由は何もないが、それでもここにいるのは校長が勝手にそうしたからだという。なぜ?俺は校長どころか知り合いと呼べる人間は一人としていない。知っている人間はいたが、


『そいつらはすでにこの世には存在していない』


「わけあって理由を話すことはできません。ただ一つ言えることは、私は八雲さんの過去について、その上っ面だけは知っていて、そのうえでこの学校にいてもらっているということです」


校長は伝えることは伝えたと判断したのか、それ以上は何も言わない。その表情もいつの間にかいつものやんわりとしたもの戻っている。おそらくこれ以上何を聞いても、情報を得ることはできないだろう。


「上っ面だけでも知ってるなら、三枝の訓練がどれだけ危険かわかってるんじゃないのか?下手をすればあいつは死ぬぞ?」


それゆえに単刀直入に言う。今日もっとも伝えたかったことを。


「今はまだ大丈夫だけど、いつまでも続く保証はない」


それほど俺は危険なんだ。それは一週間前の三枝の言葉であらためて自覚したこと。だからそれを伝え、警告する。だが、校長はもうその表情を変えることはない。ただ諭すように、


「それは承知の上です。ですから神崎先生をあなた方の担当にしているのですし、それに」


そこで校長は言葉を切る。


「それに、あなたが三枝さんのことをしっかり心配しているうちは問題ありません。むしろ私のほうが心配しすぎていたみたいです」

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