第1章 2話
〜第1章〜
2話
デジャビュ。それまでに一度も経験したことがないのに、かつて経験したことがるように感じること。広辞苑を引けばその言葉は、そんな意味で出てくる。だから今俺が感じているのはそれとは違うものなのだが、一番最初に浮かんできた単語はそれだった。まぁ、日本語が本来の意味で使われていないことは日常茶飯事であり、そんなことを気にするのは馬鹿らしい。それよりもよりも今の状況のほうが問題あである。
「ほら、早く構えなさいよ!!」
なぜお前はそんなに目をらんらんと輝かせている。
三枝は魔術で出した剣を振り回しながらにこにこ顔である。その後方、斜め45度くらいの位置に神崎教諭が立っている。そして俺は三枝とちょうど5メートル離れた位置に正対し、手には刃渡り20センチほどのナイフを逆手に構えている。普通の高校ではまずあり得ない光景。というか三枝に至っては銃刀法違反で逮捕ものである。
さて、どうしてこうなったものやら。
つい30分前の出来事が、なぜかひどく遠い昔のことのように感じられた。
HRの終わった後は、各々専攻の魔術クラスというものにわけられた。なんでも一般教養、主に数学や国語など、どこの高校でもやるようなものは今いるクラスで行うらしいが、魔術の教育はその例外となるらしい。誰もが同じ系統の魔術を操るわけではないので、それういうシステムになっているというのは昨日説明したらしいが、あいにくと俺はそのとき神崎教諭との戦いの真っ最中。もちろんそんなことは知る由もなし。それは三枝にしてもおなじだった。
「八雲さんと三枝さんは私の受け持ちとなりますので」
そこに登場するのがまたも神崎。お前は俺たちのストーカーか何かなのか?
「詳しい事情は授業を行う場所で説明しますので、今は付いてきてください」
あまり気のりはしないが、この学校で過ごすと決めた以上、それに反発するわけにもいかないだろう。仕方がないのでついていくことにする。隣で三枝が思いっきりしかめっ面をしているが、おそらくこいつも神崎教諭にはあまりいい印象はないのだろう。
連れてこられたのはまたまた何もない部屋。作り自体は昨日のものと変わらないが、今日のそれは本当に何もない。もう部屋というより箱といったほうがいいのではないだろうか?
「それで、なんで私たちだけ別なのよ?」
最初に口を開いたのはやはりというか三枝だった。
「せっかく私がここにいるって言ってあげてるのに、まさか昨日のあれがあったからって変な扱いしてるんじゃないでしょうね!!」
その可能性は高い気がするが、なぜこいつはそんなに上から目線なのだろう?もっとも、それで話が進むんだったら別に問題はない。というかそれが俺に向けられていなければ尚問題ない。
「今から説明しますのでこちらへどうぞ」
神崎教諭は俺たちを部屋の中央にいざなう。そして空中に向かって少し手を挙げる。すると、手を触れたあたりの空間が歪み、そこからホワイトボードが現れる。
「それでは説明に移りますね」
ホワイトボードと一緒に現れたペンで何かを書き始める神崎教諭。そりゃ説明してくれといったのはこっちだ。だが、説明する事項を増やせとは言っていない。
「まず魔術系統についての説明ですが……」
「その前にいきなり出てきたホワイトボードの説明から頼む」
この状況にさほど同様しないのはなぜだろう?隣の三枝は目を見開いて固まっているというのに。
「ああこれですか。昨日もお話ししたはずですが、私の魔術特性は時空の操作です。今、このホワイトボードを取り出したのもそれですね」
こともなげにそう言う神崎教諭。
「簡単に言えばワープみたいなものです。あなた方も漫画か何かでワープぐらいは知っているかと思いますが、あれの原理は自分がいる地点の座標と行きたいところの座標を結ぶことです。一枚の紙を想像してみてください。そしてその両端に黒い点を打ち、ちょうどその点が重なるように紙を折る。すると今まで遠いところにあったはずの点は見事に同一地点になるというわけです。私がやったのはそれの応用みたいな感じですね」
たった数行の説明で過去の科学者のすべてを打ち砕きやがったよこの野郎は。理屈はなんとなくだが理解した。だがそれを納得できるかは別問題。見てみろよ、三枝だってそんな説明じゃ……
「すごいじゃない!!魔術ってそんなこともできるのね!!」
いたく素直に納得してしまっているようだ。
「ますますおもしろくなってきたわね。さ、早く続けなさいよ!!」
もっともこいつがここにいる理由が『おもしろそう』ということに尽きている以上、理屈は関係ないのかもしれない。ようはおもしろいかそうでないか、それが三枝のすべてなのだろう。
「では、続けます。何度も言いますが魔術の特性は人によってまったく異なります。もちろん似た特性をもつものはいますが、完璧にすべてが一致することはありません。いうなれば人DNAみたいなものです」
「そうはいっても、魔術を教えることできる教師の人材もそうは多くありません。ですから我が校では、特性の似た人たちを分けるという形をとっています。代表的なのはエレメンタルでしょうか?その名の通り、自然要素、想像しやすいところでいきますと『火炎放射』『竜巻』など、いわゆる漫画やアニメなんかで良く出てくるあれですね」
なんとなく昔見たアニメの断片が頭で再生される。あれが現実に?
「例をあげればきりがありませんので後はここで生活するうちに覚えてください。この高校だけでも多数の魔術特性をもつ人とたちがいますから、そのうち嫌でも覚えることになると思います」
なんだか非常に不吉なことを言われた気がする。嫌でもとかいう言い方はやめてほしいものだ。ただ、だんだんと魔術というものがわかってきた。もっとも未だに信じ切ってはいないので、それがあると仮定しての話だが。
「それで私の魔術特性ってなんなのよ!!もったいぶらずに早く教えなさい!!」
別にもったいぶってはいないだろう。ただ説明の順番があるだけだ。そう言ってやろうとも思ったが、今の三枝に何を言っても無駄だろう。その顔をみれば、三枝がどれだけ興奮状態にあるかは一目瞭然だ。
「ちゃっちゃと言いなさい!!もう早く魔術っていうのを使いたいんだから!!」
そう早口にまくし立てる三枝。その様子をなぜだか微笑みながら見ている神崎教諭。なんだこの母と子みたいな構図は?
「三枝さんの特性はその剣を発現させているところです。魔術特性では召喚系にあたりますね」
召喚。よく聞く単語だが、俺の知ってる召喚は全部生物が絡んでいる。だが三枝のはあくまで向無機物。召喚というにはなんだか違和感があるような。
「確かに召喚と言われると想像するのは有機物体でしょう。ですが、どちらも原理は同じなんです。有機物体を召喚するというのは、その召喚対象が生息している別世界からそれを呼び出すというものなんです。無機物体にしてもそれは同じで、別空間にある武器庫のようなものからそれを発現するというものです」
なるほど、簡潔な説明だ。つまり三枝はその武器庫から武器を発現することが魔術特性であるということか。だが、ここまで聞いてもわからないことがある。なぜ三枝はここにいるのか。召喚系の魔術特性は神崎教諭の口ぶりからしてそんなに珍しいものではないだろう。ならどうして三枝はそっちにまざらないのか?
「その疑問は簡単です。まず第一に無機物召喚系が今年度の一年生には三枝さんしかいないということ。そしてもうひとつは無機物の召喚。つまり武器を発現させるということはその発現させたもので戦う必要があるといことです」
こんな長ったらしい説明文とともに現在にいたるわけなのだが。ハイテンションな三枝に対して俺のテンションは真逆、超ローテンションだ。
「武器の扱いを学ぶには実践が一番です。八雲君はその相手には絶好なのであなた方二人のクラス編成というわけです」
三枝の後ろにいる神崎教諭のその言葉に対して俺は沈黙で返す。校長が知っているのだから、その部下が俺の過去について知らないわけはないが、それでも気分は悪い。
というより知っていてなぜ俺をここにおいておくのか。
普通ならありえないその考え。この学校に入ってから俺の頭痛の種は増えるばかりだ。あらたな頭痛の種に気分が最悪になりながら、俺は三枝に正対するのだった。