「ごめんなさい。わたし、やっぱり魔法使いになれなくていいです」
□叉鏡ありすの非日常 A2-1
それは毛並みのフサフサした黒いネコ耳の付いたカチューシャだった。
たしか数年前にどこかのテーマパークで買ったことを思い出す。
「えー? なんで、よりにもよってコレなのよ!」
わたしが不満なのは、ラビからそれを装着しろとの指示を受けたからだ。そんなものを日常的に装着できるわけがない。
わたしだって羞恥心くらいは持ち合わせている。
「しょうがないじゃろ。それが一番魔力を込めやすいのだから」
鏡に映った自分の姿を見て、頬が熱くなっていくのを感じる。これじゃまるで罰ゲームだ。
「これって絶対につけないとだめなの?」
「魔力が安定するまでじゃ。汝の魔法が暴走したらとんでもないことになる。それに、これは敵の姿を認識するのに役立つのじゃ」
「だって、これで街を歩いたら頭のおかしい人だよ。とってもマニアックな人だよ。その手の店にスカウトされちゃうよ! その手のお兄さんにストーカーされちゃうよ!」
鏡を見ていて空しくなってきたわたしは、目を閉じて元凶であるカチューシャを外す。 このカチューシャは大昔、仲良しの友達とテーマパークへ遊びに行った時に買ったもの。
当時ならまだしも、日常でこれを付ける勇気はない。
それをラビが「これは魔力の制御に丁度良い」とマジックアイテムへ変えてしまったのだ。
さらに「魔法を使いたいのならこれを着けるべし」と鬼畜なことを言い放つ。
「ごめんなさい。わたし、やっぱり魔法使いになれなくていいです」
「今更何を云う。汝に選択肢などないのだ。事態は緊急を要するのだぞ」
だがラビは容赦なかった。一度は望んだ魔法使いだが、自分が考えていた魔法とはまったく違っていたのだ。できるならクーリングオフを適用したいくらいだと、密かに思う。
「ええーん。動けないぬいぐるみの癖に、言うことだけは偉そうだ」
わたしは涙目になりながら地団駄を踏む。
その時、頭上を風が通り過ぎる。それはとても奇妙な事であった。部屋の窓は閉め切ってある。扇風機もエアコンも稼働してはいない。
なんだか胸騒ぎがする。
「いかん! 我の居場所を気付かれたか!」
「え? 何?」
「邪なるモノだ」