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魔法少女と優しくて残酷な世界  作者: オカノヒカル
第十三章【非日常と歪んだ世界】
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ずっと頭の隅に引っかかっていた事

□叉鏡ありすの真実 A7-7



 けど、わたしが黙っていたところで、羽瑠奈ちゃんが警察に捕まるのも時間の問題じゃないの?


 だって『公園での殺害』と違って証拠がありすぎるし……。


 後ずさりしようとしたわたしの足が止まる。

「公園?」

わたしはいつの間にか、当然のように羽瑠奈ちゃんと公園での事件との関連を見いだしていた。

 たしかにあの男は『羽瑠奈ちゃんが犯人かもしれないこと』をほのめかしていたし、今の彼女ならば人を殺すことなど躊躇しないだろう。


 ふと頭に浮かぶのはあの事件の日のこと。

 不条理な謎かけを解いてみたいのではない。ティーパーティーの続きをしようというわけではない。

 ただわたしは、ずっと頭の隅に引っかかっていた事を訊かずにはいられなかった。

「ねぇ、あの日……あの男の人が殺された日に、わたし羽瑠奈ちゃんと会ったよね。で、羽瑠奈ちゃんは映画……レンタル屋さんだからDVDかBlu-rayよね。それを借りに行くって言ってた。でも、よく考えるとおかしいんだよね。だって、羽瑠奈ちゃんの家ってテレビもパソコンもないって言ってたじゃない。だとしたら、借りたディスクをどうするつもりだったの? 誰かからポータブルプレーヤーを借りたのかな?」

「それはあれよ。友達の家で見るつもりだったから」

 羽瑠奈ちゃんは視線を逸らしながらそう答える。

「それからね。もう一つ疑問だったのが、あの日の羽瑠奈ちゃんの格好。もちろん、いつもゴスロリってわけじゃないと思うから、それはそれでいいんだよ。でもさ、黒い服を着るってのが羽瑠奈ちゃんの信条じゃなかったの。あの日はそれが崩されていたよ。まるで何かを恐れるように身体の防護に徹した服装だった。上下ともにデニム生地。これが何を意味するかは、なんとなくわかるよ。デニム生地はインディゴで染め上げられている。昔の人は毒虫や毒蛇を避ける為にこれを身に付けてたって話もあるよね。もちろん、どれだけ効果があったかはわからない。けど羽瑠奈ちゃん、ブーツまで履いての完全防備だったよ。もしかしたらと思うんだけど、あの時、わたしと会って現場の状況を聞かなければ、そのままあの公園まで行ったんじゃないの? 扉が開けられて蛇が逃げ出すのも計算に入れてたんじゃない? もちろん、これはわたしの想像。だから、間違っていたら間違っているって言って」

「……そうね、私だっていつも黒い服を着ているわけではない。それが効果的な場所を考えているわ」

 羽瑠奈ちゃんは視線を逸らしたまま歪んだ笑いを浮かべている。

 わたしが言っていることはあくまも状況証拠。決定的な根拠があるわけではない。否定されればそれ以上は追及する気はなかった。

 けど頭の中には、次から次へと疑問が湧き出てくる。思考を無理矢理停止させていたせいだろうか。

「あと、これも素朴な疑問。被害者が毒蛇に噛まれた事は話したけど、どの種類の蛇かはわたし言ってないよね? それなのに羽瑠奈ちゃんは、ヤマカガシに関しての症状をきっちりと説明してくれた。ううん、もちろん都内のこんな場所でコブラやハブがいるわけがないし、いくら本州に生息しているからといっても山奥にいるマムシが出てくるはずがない。こんな場所でもヤマカガシならギリギリでありえる……だから一般論として羽瑠奈ちゃんが説明してくれたのなら、わからなくはないの。けど……けどね、もしかしてって思うの。羽瑠奈ちゃん、ヤマカガシに噛まれたことがあるんじゃないかって」

「バカバカしい。私が毒蛇に詳しかったからといって、どうしてありすちゃんはそんな飛躍した想像ができるの?」

「だって、羽瑠奈ちゃんのその手の傷」

 羽瑠奈ちゃんの右手のほつれた包帯の端を引っ張ると、するりとその白い手が剥き出しとなる。

 親指の付け根にはぽつりぽつりと二箇所、点のような刺し傷の痕が残っていた。

 それは、よくみれば牙を持つ動物に噛まれたような痕にも見える。

「え?」

「それが毒蛇に噛まれたものだとしたら、ずいぶんと納得がいくの。神経にまで毒が回っていたら……この場合、一番に影響するのは指先ね。毒のせいで指先の感覚は普通じゃなくなる。いくら噛まれた患部が治ったからといって、他の箇所もすぐには治らない。そりゃ、ピアノを弾くのにも支障が出てくるでしょ。羽瑠奈ちゃんあの時言ったよね、気休めで湿布を貼ってるって」

「……」

「でもその痺れは毒によるものだから、湿布なんて付けるはずがない。わたしと会ったとき、毒蛇に噛まれた事を言うわけにはいかなかった。とりあえず差し障りのない症状だけを正直に告白した。違和感はあったんだよ。羽瑠奈ちゃんからは湿布の香りがしない。ついさっきだってあんなに患部に顔を近づけたのにね」

「……違う……違う」

 羽瑠奈はきちんと答えようとしない。口の中でぶつぶつとなにやら呟いている。

「で、どうして蛇に噛まれたのかな? おばあちゃんちに遊びに行ったとき? でもさ、それならなんで右手なの? ヤマカガシって、こちらからちょっかいをかけない限り、攻撃されることは滅多にないんだよね。たとえ歩いていて間違って踏んづけてしまったとしても、その場合噛まれるのは足だよね。けどさ。実際には手を噛まれてる」

「……違う……違う違う……違う違う違う」


「少し考えればわかるよね。羽瑠奈ちゃんは不注意に噛まれたんじゃない。蛇を捕まえようとして噛まれてしまった」



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