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魔法少女と優しくて残酷な世界  作者: オカノヒカル
第九章【非日常とシュレーディンガーとお茶会】
36/63

「彼はこの実験を通して量子力学の矛盾を説明したかっただけなんだよ」

□叉鏡ありすの非日常 A5-6



「もしかしてシュレーディンガーの猫ってこと? たしかに、小説の世界は箱で主人公は猫と置き換えて、その作者が最終回で主人公を殺す傾向が五割くらいだったら、続きが書かれていない今の段階では、主人公Aは半分死んで半分生きている。つまり二重の存在だよね」

「そうそう。では、この場合の観測者とは?」

「え? もしかして読者ってこと? 読者が主人公Aの状態を確定するの? でもおかしいよ。読者がそれを読む前に、作者がそれを確定して書くんじゃないの?」

「発表される前の作品は蓋を閉じた箱の中の猫と同じだよ」

「じゃあさ、例えば素人の作家さんがいるとするじゃん。その人はプロじゃないから、誰も読む人がいないの。この場合、観測者不在だけど、どうなるわけ?」

「日の目を見ない作品は、いくらでも改竄……いえ、書き直しできるからね。主人公Aを殺さない作品に仕上げても、いつ作者の気が変わって殺してしまうかわからない。読者がいないということは箱の蓋を誰も開けていない事と同じなの」

「へぇー、面白いねぇ」

 なるほどと、一瞬だけ感心する。一見科学とは無関係のような文学の世界も、面白い部分で繋がっているのかと。けど……無関係? 自分で出した結論にわたしは引っかかる。

「うふふふ。ありすちゃんて、ほんと素直に納得するんだよね」

「え? え? もしかして今のも言葉遊び?」

 羽瑠奈ちゃんの片方だけ吊り上がった笑みを再び目にして、ようやく気が付いた。

「うん、まあね。これだけ素直に納得してくれるとカタリがいがあるわ」

 羽瑠奈ちゃんの言葉の「カタリ」は「語る」ではなく、「騙る」の方に聞こえてしまう。

「あうー、羽瑠奈ちゃんって結構いじわるなんだね」

「あら、いじわるだなんて、私は考えることが好きなだけ。家に帰ってもずっと部屋で考え事をしているよ」

「え? テレビとかスマホとか見ないの?」

「うちにはそういう俗なものは置いてないよ。パソコンは親が仕事で使うくらいかな。だから私はSNSですら手を出していないの。それで不自由はないもの」

 大昔の人間からすればそれは当たり前の事なのだろう。彼女が憧れる中世の人たちにそんな娯楽はなかったはずなのだから。

「なんか凄いね。わたしなんかそういう誘惑から逃れられなくて」

 個人的には『物語』という誘惑だけど……

「ありすちゃんも量子力学をかじったことがあるのなら、専門書を読んでみたり自分で考えてみたりすると面白いわよ。今までの自分の常識を根底から覆すことになるから」

「そうなの?」

「真面目な話、シュレディンガーの思考実験にしてもさ。もともとパラドックスだからね。彼はこの実験を通して、量子力学の矛盾を説明したかっただけなんだよ。ところが他の科学者達の反応からおかしな事になっていったの。生と死が二重に存在しているなんて普通に考えたらありえないでしょ。たとえそれが計算式の上だけでもさ。でも、そういう解釈もできてしまう。だから、私たちみたいに言葉の上だけで共通点を探し出そうってのは愚かしい話。本来、学問と空想はまったく別の物。だからね、そんな論理を日常の感覚に当て嵌めちゃいけないの」

 なぜか羽瑠奈の言葉には重みがあった。

「もし、当て嵌めてしまったら?」

「世界が崩壊するわ」



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