なにかとても嫌な予感がする。
□叉鏡ありすの非日常 A5-1
夕闇に紛れて索敵するのが日課となっていた。もちろん見つけるのは敵である『邪なるもの』。
人の多い商店街を、あまり目立たないように歩き回って探す。
地味な作業だけにいい加減飽きてきた……。
「まだ駅の向こう側を探索していないぞ」
考えが顔に出てしまっていたのだろうか、ラビの言葉にも苛立ちが表れる。
「わかってるって」
場所を駅前のロータリー付近へと移動した時、見慣れた人影が視界に映る。
わたしと同じくらいの背丈で、一回り、いや二回りくらい太めの女の子だった。
その子は同じクラスの浮田珠子さんという。見た目の通りずんぐりむっくりした体型の為に、呼ばれる蔑称は『タマゴちゃん』。
浮田さんは封筒のようなものを手にして辺りをきょろきょろと見渡している。
まあ挙動不審な行動といえば、わたしだって人のことは言えないけど……。
知り合いを見つけたということで、急いでネコ耳の付いたカチューシャを外した。もちろん、いつでも装着できるように手に持ったままで。
浮田さんを見つけてから数分もしないうちに、またもや知り合いを見つけてしまう。
こちらもクラスメイトの氷月さんだ。わたしは彼女が昔から苦手だった。
そんな彼女が浮田さんに近づいていく。
そして、声をかけると浮田さんはペコペコと頭を下げながら持っていた封筒を彼女に渡す。
それは奇妙な光景でもあった。
たしかに同じクラスの者が、学校外で待ち合わせをするというのは普通に考えれば不自然ではないだろう。
けど、学校での彼女たちを知っている立場としては、違和感を覚えないわけにはいかない。
なにかとても嫌な予感がする。
違和感と、そしてとてつもない不安感を抱きながらわたしはその場を後にした。
今日はもう、敵を見つけられるような気分じゃない。
途中、何度もラビに心配されながら、とぼとぼと家路を歩いた。
自宅のあるマンションに辿り着くと、エントランス前のオートロックを解除して中に入り郵便受けを確認する。
働いている母親は帰りが遅いので、わたしが郵便受けの中身をいつも取り出しているのだ。
ダイレクトメールが何通か、それと母親宛の葉書が二枚、あとはわたし宛の封筒が一枚届いていた。
差出人を確認するために裏返すと、そこにはアルファベットでこう書かれている。
『HARUMIZU UKITA |(Tweedledum)』
ローマ字部分の名前に心当たりはなく、かといって括弧の中の外人名のような知り合いはいない。
もう一度表書きを確認する。宛名は『叉鏡ありす様』となっていた。
不思議に思いながらエレベータに乗る。
五階に到着してエレベータホールから数メートル歩くと自宅だ。中に入るとダイニングキッチンのテーブルの上に自分宛の封書以外を載せ、部屋へと向かった。
「なんだと思う?」
ラビに聞いてみるが返事は素っ気ない。「興味はないな」の一言だった。
レターナイフをどこにしまったのか忘れてしまったので、仕方なく指で封書の頭をびりびりと破く。そのまま逆さにして、机の上へと中身をぶちまけた。
どさりと写真の束が散らばる。
その瞬間、身体が固まったかのように停止した。ぞくりと背筋が凍えるのは、あの時と同じだ。
写真に写っているのはすべてわたしだった。
後ろ姿、物憂げな横顔、アップで撮られた正面の顔。そして、ネコ耳のカチューシャを装着した姿。
あの時、公園でカメラを構えていた男はたしか『ダム』って言ってたっけ?
どうしてわたしの住所を知っているの?
今の世の中、どこから情報が漏れてもおかしくはない……けど、これって明らかにわたしをターゲットに絞ってるよね? 情報が漏れて狙ったんじゃない、わたしが目的でその情報を調べたんだよね?
そういえばラビが言っていた。
『取り憑かれた人間は自覚のないまま他人を攻撃する』
という説明は、そのまま人間の悪意となんら変わらないような気がする。
あの男は、邪なるものに取り憑かれたからこのような行動を起こしたの?
それとも、もともとそのような性質だったの?
どちらにしても注意しなくてはいけないのは確かだ。
わたしはストーカーという可能性も考えて、不審者がいないかどうか窓から表を覗く。幸い外にはそれらしき人物は見あたらなかった。




