「泣いていい?」
□種倉ありすの日常 B4-3
「おい、そこのネコ耳。六十四ページの七行目から読んでくれ」
嵌められたと思ったときにはもう手遅れだった。
いや、たぶんナルミちゃんは嵌めるつもりはなかったんだと思う。
純粋に「かわいいのではないか?」というつもりで渡したのかもしれない。彼女はそういう性格だ。
状況を整理すると、ナルミちゃんがそのカチューシャをわたしの頭に装着した時、ちょうど一時間目の授業を担当する英語教師が入ってきた。
だから、自分の頭にある物体がどんな形状をしているのか確認する暇はなんかない。
さらに、事実が発覚するのが遅れたのは、わたしの席が一番うしろであったから。
教室に入ってきた英語教師はこちらをちらりと見てニヤリと笑った気がした。この時点で気づくべきだった。
けど、それはいつもの三つ編みの髪型でないわたしを見て新鮮に感じたのだろうと思い込んでいた。
十数分後、それは見事に裏切られる。
教師が発したその「ネコ耳」という言葉がクラス全員の好奇心を刺激してしまった。
八割の生徒が何事かと教室内をぐるりと見渡す。間違い探しの部類としては簡単な問題だった。
気付くのに時間はかからなかった。そりゃ簡単すぎるもん。
そして視線はわたしに集中する。それも頭上へと。
一瞬の静寂。天使が通り過ぎたのか? そう違和感を抱いたわたしの背筋を、嫌な感じの汗がたらりと流れる。
あとは祭りのようだった。
室内から歓声があがる。
クラスメイトからは「かわいい」とか「萌え~」「ネコ耳最高!」や「笑いすぎてお腹痛いよ」などとお笑い芸人を賛美するような言葉も聞こえてきた。
一瞬、何が原因で笑われているかがわからなかった。だが、すぐにその理由に気付く。あわてて外したカチューシャにはかわいらしいネコの耳が付いていたのだから。
「ねぇ、ナルミちゃん」
「はい。なんですか?」
天使のような笑顔のナルミちゃんがこちらを向く。その表情には一点の曇りもない。
「泣いていい? ていうか、なんでこんなもん持ってるの?」




