「アリスちゃんだよね?」
□叉鏡ありすの非日常 A4-1
カメラのシャッター音がした。
「何? 何? 何の音?」
学校帰りに公園の前を横切った所で、わたしは音のする方向へ振り向く。
一人の男が大きな一眼レフカメラを構えて、こちらをレンズ越しに見つめているようだ。
初めは風景でも撮っているのかと思っていた。
けど、立ち止まったわたしが歩き出すとレンズもそれを追いかける。
不審に思って再び立ち止まるとレンズはそれに倣って動きを止め、シャッター音を吐き出す。
なんでわたしなんか撮ってるんだろう?
疑問に思い首を傾げていると、男はカメラから顔を離して近づいてくる。
どこかで見たような気がした。小太りで大して暑くもないのに額から汗が吹き出ていて……。
「ひ……」
わたしは反射的にくるりと男に背を向け、逃げ出そうと足を踏み出したところで呼び止められる。
「アリスちゃんだよね?」
背筋に悪寒が走った。
「え?」
誰?
首だけ振り向いて、苦笑いをしながら男を観察する。二十歳くらいだろうか、油でベタついた長い髪を後ろで縛っている。
知り合いではないはずだ。前にネコ耳を付けた時に声をかけられたあの男と同一人物かどうかも思い出せない。もし同一人物だとしても赤の他人には変わりはない。
「な、なんでわたしの名前知ってるんですか?」
苦笑いはそのまま顔の筋肉を引きつらせていく。わたしはなんとか冷静に言葉を紡ぎ出した。
「いやぁ、こうしてお話するのは初めてかもしれないね」
男は名刺を取り出す。
そこには『Tweedledum』とあり、その下に『http』から始まるウェブアドレスのようなものが書いてあるだけだ。だが、目の前の男は典型的な日本人にしか見えない。
わたしが名刺と男を見比べて首を傾げていると、それに気付いたかのように呟く
「『トゥイードルダム』。呼びにくかったら『ダム』って呼んでくれていいよ。サイトでの管理人名だから」
「あのー? どこかでお会いしましたっけ? っていうか、どちらさまでしょうか?」
警戒しながらそう訊いた。名刺を渡されたので、カメラマンか雑誌の記者かと思ったのだが、それも違うらしい。
「アリスちゃんの写真」
男は唐突に言葉を吐き出す。どうも会話が噛み合わない。
「へ?」
「サイトに載せてもいいかな。ボクのサイトね、一日千くらいしかPVないけど、結構評判はいいんだよ」
「困ります」
ネットがどんなものかくらいは知っている。そんな所で自分の写真を晒されるなんて許可できるわけがない。
「そう、残念だな。じゃあ後で、アリスちゃんの所に今まで撮った分送ってあげるね」
「え?」
メモ帳を取り出してわたしに質問する素振りはない。まるで、既に住所を知っているかのようだ。
そう考えるとぞくりと背筋が凍える。
それとも……またこの公園で出会った時に渡すという意味なのだろうか?
わたしは二度とこの男には近づきたくなかった。それは本能がそう告げている。
今だって、逃げ出したい気分なのだから。
その時、沈黙を守っていたラビが叫ぶ。
「いかん! 邪なるモノの気配が増大している。近くにいるぞ」
わたしはラビへの『空気読めよこの野郎!』という怒りをなんとか静める。が、同時に恐ろしい事に気づいてしまった。
「え-?!! ちょ、ちょっと待ってよ。この状況でまさか、アレを付けろっての」




