「汝(なれ)は魔法を使いたいのだろう?」
□叉鏡ありすの非日常 A1-1
消えてしまいたいと、わたし『叉鏡ありす』はよく考える。
けど、本当に現実から消えてしまいたい訳じゃない。
この場から消えてどこかへ行くことができないか、そんな魔法のような願いをいつも抱いていた。
悪意から身を守るには『逃げる』のが手っ取り早い。
力のないわたしは、戦う事を避けてしまう。
この前だって上手く逃げられなかった。そのせいで、大切にしていたウサギのキーホルダーを無くしてしまったのだから。
『本当に魔法が使えたら良かったのに』
そう。
わたしが非日常へと足を踏み入れたのは、白ウサギを追いかけて不思議の国に迷い込んだ少女と同じ、とても現実離れした出会いからだった。
「あれ? 三和土くん見失っちゃったな。しかもここどこ? みたいな……あー、迷ったのかわたし」
街でちょっとだけ気になるクラスメイトの男の子を見かけて、何かに誘われるように後を追いかけてたらすっかり迷子になってしまったというオチ。
べつに片思いをしている相手でもないのに、なぜだか目が離せなくなって付いて行ってしまったという情けない事実。
「うー……わたしはいつからストーカーにまで落ちぶれてしまったのだろう?」
思わず頭を抱えそうになる。
「まあいいや。住所を確認して地図でも探そう」
気持ちを切り替えて現状を把握することにした。
「あそこの本屋に地図帳とか置いてないかな?」
ふらふらと引き寄せられるように入ったそこは、正規の書店ではなくリサイクル品も置いてある古本屋だった。
それでも地図くらいはおいてあるだろうと店内を探し回る。
「……契約するがいい」
ゲームかアニメのデモをモニターで流しているのだろうか、耳障りな声が聞こえてくる。
「汝は魔法を使いたいのだろう?」
古本がメインで中古のゲームソフトなどあまり置いてないようにも思えるが、なぜかその音声は店内に響き渡っていた。
「おい! 聞こえんのか?!」
どこにモニターがあるのだろうかと、わたしは地図の事は後回しにする。どこのメーカーか知らないけど、興味の無かったわたしがとりあえず現物を見てみたくなったのだ。マーケティングとしては成功なのだろう。
ところが店内のどこにもモニターは見当たらず、中古のゲームソフトすら数枚あるだけだ。
「汝は魔法を使えたら良いと言ったではないか」
耳元でその声はした。ぞくりと背筋が凍える。