虹の根元で宝探しを
「自分の夢を叶えるために、毎日努力しないとだめよ?」
それがお母さんの口ぐせである。
「夢を叶える」も「努力」もどういうことか分からないけど、いつも優しく笑ってそう言うお母さんは、きっと私が「努力して夢を叶える」事が出来たら喜んでくれるんだろうな…とは思うので。
とりあえずその日見た夢を現実にしてみよう、そう思った。
外を見ればちょうど降り続いていた雨も止んで、お日様が眩しいぐらいに輝いている。
お気に入りの赤い鞄に水筒とお母さんお手製のお弁当を詰めて、私は意気揚々と玄関を飛び出した。
今日見た夢を現実にするには…そう、まずは虹を見つけないといけない。
夢の中の私は、お気に入りの白いワンピースにお気に入りの赤い鞄を肩から下げて、雨上がりの森の中を散歩していた。
木々の梢から小鳥たちが楽しそうに歌う声が聞こえてきて、視線をそちらに向ければリス達が枝の上で追いかけっこしているのが見える。
雨上がりの世界。
太陽の光が雫にあたって何もかもがキラキラと輝いている。
そうして、思わず目を細めた先に…今まで見たこともないぐらい大きく、そして鮮やかな虹がかかっているのが見えた。
(虹の根元には宝物が埋まってる…って聞いたことがあるわ…!)
私は込み上げてくるワクワクを抑えきれずに、その大きな虹の根元…小さな丘の上の大きな楡の木目指して駆け出した。
少し水気を含んだ風が耳元をくすぐり、髪をなびかせて通り過ぎて行くのが心地よくて、我知らず走る速さがあがっていく。
丘の上に辿り着いた時には少し息が上がっていて、一息つこうと楡の木にもたれかかったところで…自分の背よりも少し小さな扉を木の幹に見つけた。
虹の根元にすっぽり包まれた木の幹に小さな不思議な扉…。
好奇心を抑えきれずにドアノブへと手を伸ばせば、つるりと冷たい感触が肌に気持ちいい。
はやる気持ちを抑えておそるおそる扉を開けば、上へと続く螺旋階段が目に飛び込んでくる。
階段を上がってみるかどうか、迷ったのはほんの一瞬で、気づけば一段ずつ上がるのももどかしく飛ぶように駆け上がる自分がいた。
(宝物は埋まってなかったけれど…あんなに大きな虹だったもの、もしかしたらあの上に虹の国があるかもしれないわ!)
目が回りそうになりながら駆け上がった階段の一番てっぺんで、一つ大きく息を吐いて呼吸を整える。
目の前には木の幹にあったのと同じデザインの、サイズだけを大きくしたような扉がある。
先程と同じようにドアノブの滑らかな冷たさを感じながら、少し力を込めて扉を押し開けば…そこに広がっていたのは今まで見たことのない世界だった。
『ようこそ虹の国へ!!』
花々が咲き誇る広場の入り口の看板に踊る文字を目で追って、驚きと嬉しさに自然と笑顔に成っていくのが分かる。
一度噛みしめるように瞳を閉じて…開いた後には辺りをぐるりと見渡す。
先程は看板に目を奪われて見えていなかったけれど、もう一度見てみれば私の腰ぐらいまでの身長で背中に羽を持った小さな人型の生き物が沢山いるのが分かった。
絵本に出てきた妖精に似ている気がする。
各々が楽しそうにリズムを取りながら、どこからか聞こえてくる音楽に合わせて体を揺らしている。
中には広場の真ん中にある大きな噴水を囲むように円形に並んで踊っている一団もあり、見ていると本当に楽しそうだ。
妖精に似た小人たちの他には色とりどりの花々にも負けない、色とりどりの鳥たちや小さな動物たちが思い思いに飛び跳ねている。
目にも鮮やかなその光景に瞳を奪われていると、くいくいと服の裾を引っ張る感触がした。
「ん?」
引っ張られた方…右下の方に目をやれば、ちょうど私の腰の高さから、笑顔でじっとこちらを見つめてくる小人と目が合った。
「虹のお祭りが始まるよっ!君も一緒に踊ろう!」
そう笑顔で言って服の裾を掴んだまま走り出す小人に、足がもつれそうになりながらついて行く。
少し視線を下げた先では、前を走る小人の帽子のぽんぽんが走るリズムに合わせてふわふわと揺れている。
(虹のお祭りってどんなのだろう…分かんないけど楽しそう!)
走るうちにワクワクが大きくなっていくのが分かって、たぶん、顔にやついてるんだろうな…と思うけど止められないから仕方ない。
今まで見たことがなかったぐらい綺麗な世界に、今、自分もいるんだ。
気付けば遠くにあった噴水がすぐ目の前にあって。
踊りの輪の中に引き込まれる。
初めて聞く音楽に初めて見る踊りなのに不思議と体が自然に動き出して、そのとても軽やかな動きはまるで自分の体しゃないみたいだ…。
と、思ったところで目が覚めてしまった。
(夢みたいな世界だ…と思ったら本当に夢だったんだよね)
夢と同じように森の中を歩いてきてみたものの、虹は全然見つからなくて足が疲れてきちゃったし、そろそろお腹も空いてきたしで、休憩しようと道のそばの切り株に腰掛けた。
大好きなツナと卵のサンドイッチを頬張りながら…疲れて下がっていた視線をこれじゃダメだと瞬きを一つながら上げて。
自分が今来た道の向こう、ちょうど家の方に大きな大きな虹が出ているのが目に飛び込んでくる。
虹の根元にすっぽりと包まれた家を見て、お弁当箱を片付ける時間ももどかしく、無理やり鞄に詰め込んで走りだす。
夢の中の大きな木とは少し違うけど…探していた扉は自分の身近にあったんだ、と新しいワクワクに自然と顔が笑顔になる。
先程までの疲れなんてどこかへ吹き飛んでしまった。
思いっきり走って走って…たどり着いた家の玄関のドアノブに手をかければ、中からお父さんと、お母さんの話し声が聞こえてくる。
「あれ?サリアは?」
「あの子ならお弁当を持って散歩に行きましたよ」
「そうか…今日はツイててな、いつもより高く薪が売れたからサリアにお土産を買ってきたんだが」
「きっともうすぐ帰ってきますよ」
そこまで聞いて、ガチャリとドアを開く。
「あら、噂をすれば、おかえりなさいサリア」
「おかえり」
「ただいま!」
ドアの向こうに虹の国はなかったけれど、大好きなお父さんとお母さんが笑顔で迎えてくれただけでサリアは満足だった。
そして、そこでお父さんの手の中にサリアへのお土産…一冊の絵本を見つけて、サリアはもっと幸せな気持ちになる。
『にじの国のにじまつり』
寝る前に読んでもらったら…今日の夢の続きがまた見れるような気がした。