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ドアマットヒロイン? いえ、ドアはございません  作者: 六軒さくみ(咲海)


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7/7

迂闊なのは厄介を呼ぶ体質

「死を選んだ花嫁」を沢山の方に読んで頂けて嬉しいです。

フランの話も宜しくお願いします。

人というものは、普通に生活している分には、危険と隣り合わせということはない。

もちろん、突発的に喰らってしまう危険も存在するが、貴族令嬢として生きてきた、フランの場合は、危険なんぞとは縁遠い場所にいたのだ。


フランの父はどこかの派閥に属して他人を蹴落としたり、

徒党を組んで王室の権力にたかったり、

娘を王太子妃や王子妃にしたいという野望もない人間なので、

常にその身を危険にさらされているとこととは無縁であった。


そのうえ父である伯爵は貴族議会に籍を置いてはいるが、発言力はさほど大きくなく、

なにより、権力や覇権争いにまったくといっていいほど興味はない人間だった。

これでも以外と領民の生活を考える良き領主ではあるのだ。

そのような事情から、フランの家は割と平和だった。

両親が聞き分けの良い都合の良い長女を犠牲にして成り立ってはいたが。


さて、男爵家のご令嬢の結婚式の衣装に刺繍を刺していたフランの頭は、仕上がりのことだけし考えておらず、自分の結婚は全く考えていない。

どころか、自分が伯爵家の令嬢で現在逃亡中であることもすっかり忘れている。

とにかく、今のフランは久しぶりに高級な絹に刺繍をさせる喜びに満ち溢れているので、自然と笑顔が出る。


最近知った鼻歌を歌いながら、刺繍を刺しつつ店番をしていた時、一人の女性がドアを開けて入ってきた


一目で高位貴族の女性だとわかる豪奢な身なり。

店内を見まわしてから、目に留まったハンカチを手に取る所作も洗練されており、とてもではないが、庶民向けの仕立て屋に来るような身分の人ではない。

と、思い当たるくらいにはフランにも貴族令嬢としての知識がある。


自分の記憶に間違いでなければ、この貴婦人は現在の宰相夫人であり侯爵夫人だ。

社交界では壁の花だったフランだが、これでも高位貴族令嬢の端くれ、同じ夜会に参加していたので、見間違える事は無い。


何か面倒ごとが起きそうな予感がして、フランはちょっとだけ、いやかなりこの場から逃げ出したい。


「あの…お店を間違いではございませんか」

「いいえ、このお店に用があってまいりましたのよ」


貴婦人が一枚のハンカチを差し出した。


「こちらのハンカチに刺繍をされた方を探していますの、ご存じかしら」


正直に答えていいのか、どうなのか。

フランはとっさの反応に困るってしまう。

どちらかといえば、フランはおっとりとした性分である。

わるくいえば、どんくさい。


そして、頭の中でいろいろと考えていたら、考えるのが面倒になったくらいには、動揺している。


「あの…私です」


返事をしてから後悔する。

後悔とはそういうものだよ、フランちゃん。


「あら、まあ。そうでしたの。こちらの刺繍が素敵なので、ぜひ、刺繍をお願いしたくて」

「あ…でも……」


なぜか頭で危険が告げる。

小動物並みに肝の小さなフランには、その手の危険回避の能力くらいはある。

でも、角の立つ、断り方は出来ない。


なにせ、相手は高位貴族。

下手に怒らせて、マダムに迷惑をかけるわけにはいかない。


「実は、いま、結婚式の衣装の依頼を頂いておりまして、新規のご依頼は、ご贔屓様に限定させていただいているのです」


大丈夫この言い方で、この人は納得するはずだ。

社交界に居た頃、この方はとても大変目立つ貴婦人だったが、性格が悪いとは聞いたこともない。


ハンカチの刺繍を気に入ってくれたのは本当だろうが、大金を摘んだり、無理強いしたりするほどの人ではないはずだ。

それに、侯爵夫人の実家には、あのマダムアレクシアンを抱えているはずだ。


「そうなのね、残念だわ」

「本当に申し訳ございません…」

「こちらの刺繍、デザインが斬新で、色合いも素敵なので、ぜひ、数枚欲しかったの」


気を緩めちゃだめだという声がするのだが、人は長時間の緊張には耐えられるようにできていない。

ましてや自分の刺繍が褒められたのだ

うれしくない方がおかしい。


「気に入ってくださったなら、光栄です」


そこからほんの少しだけ会話をしたのち、貴婦人は店を後にしたが、これがまた、別の厄介ごとに発展するのだ。





***




「会ってきたわ、この作者に」


執務している書斎にノックもなしに入ってきた姉を胡乱な目でみるも、見られた方は意にも介さない。

すこしは遠慮をして欲しいと声には出せない自分を情けなく思いつつも、この姉に逆らったところでやり返されるので、ローランドはため息を吐く。

そして、いつもの台詞を吐き出す。


「何度も言ってますが、せめて先ぶれをだしてくだいよ。もしくは最低限のマナーとしてノックしてくださいよ」

「それより、これ、このハンカチの刺繍の人を見てきたのよ、興味あるでしょ」

「仕事中ですよ」


やれやれ、とばかりにため息をつくと、姉は「サロンで待っているわ」と出て行ってしまう。

いつも思うが姉は突風みたいな人だ。

深く考えるだけ無駄だと、幼いころから経験を積み重ねているので、ローランドは手元の資料に意識を戻す。


そして仕事を再開して1時間ほどで、最低限のことを終えたローランドは、後のことを執事に任せると、姉の待つサロンに向かった。


お茶をすすってひとごこちつく間もなく、姉が弾丸のように話出すに至り、ローランドは「この人は紅茶一杯で一日はしゃべっていられる人だ」と内心で思っていたのは秘密だ。

ばれたら、剣で血のにじむお仕置きを受ける。

大体、剣術が趣味な令嬢なんか、世界広しといえど、この姉くらいだ。

名誉のために付け加えれば、ローランドとて剣の心得はあるし、決しては弱い方ではない。

が、である。


この姉は凌駕しているのだ。

弟すらも。



「会ってきたのよ、この刺繍をした人に。間違いないわ、あの方、貴族令嬢よ」

「随分と自信があるのですね」

「私のことを知っていたようだし、なにより一瞬、カーテシーをしようとしたのよ」


油断は禁物だよフランちゃん。


「それくらいで?」

「だからあなたは、朴念仁って言われるのよ。貴族女性、それも高位貴族の家の娘は立って歩いたその瞬間から、カーテシーを叩き込まれるの。そうすることで、目上にあったときに、自然と流れるようにカーテシーができるのよ」

「そんなものですか」

「姉の目に狂いはないわ。伯爵家以上のおうちの方よ」

「でも、一の核に居たんですよね? それにここ数年は爵位返上を聞いたことはありませんし、高位貴族の令嬢が問題も起こしていませんよ」


姉は思案顔をすると、暫く腕を組んで考える。

この人の好奇心は底なし沼に近い。

何度その餌食になったかわからない、ローランドは、その令嬢が迷惑をこうむることがないといいのだがと心配になる。

なぜなら、今、姉は新しい獲物を見つけた肉食獣の顔をしている。


はっきり言ってとても怖い。


「3年位前に、どこかの伯爵令嬢が大病して、領地に静養に行ってるって聞いたことがあるわ。父親はそれほどの権力持っているわけでもないし、そんなに目立つ家系でもなかったけれど、確か令嬢はお二人いて、姉君の方は、とてもつつましやかだったはずよ。妹君の方は派手な美人で、いつも比べられていて、気の毒に思ったものよ」

「それはもしかして、バンキンス伯爵家ですか」


良く知っているわねと姉が驚いた顔をした。


「いえ、年頃の娘が病気とは気の毒にと思ったことがあったもので。そうすると、なんですか。そのご令嬢は大病を患ったわけではなく、一の核で刺繍のお針子をしていると」

「さすがに飛躍しているかしら」

「バンキンス伯爵家に悪い噂はありませんよ。権力志向もなく、貴族院の発言力も強くない。普通の貴族です」


でも何かまだひっかかるのか姉は思案顔をしている。

そして、何か思いついたのか、両手をパンとたたいた。


やばいと思う。

姉のこの顔は絶対によからぬことを考えている時だ。

宰相殿を押し倒し婚姻に持って行った時も、同じ顔をしていた。


ローランドはとばっちりを食らう前に、その場を逃走した。



「ローランドの嫁にピッタリじゃない。親は王家から遠く、貴族院の発言力も弱い。権力志向もないのに、家は伯爵家。侯爵家とはバランスがとれるわ。そのうえ、刺繍好き。ローランドと趣味が合うじゃない。年齢は…25のローランドと釣り合えば、2,3歳は許容範囲よね」


姉はにっこり笑うと、どうやってハントしようかと真剣に考えだした。

標的になったフランには、逃げるすべはそれほど残されていない。

油断は禁物だと後にフランは後悔する。




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